第333話理事会で麗は石仏調査の考え方を述べる。

理事会は、銀行、不動産、学園、財団の業務報告、寺社衆の情勢報告と続く。

麗は、説明を聞きながら資料にメモを取る。

何しろ、次席理事に就任したとはいえ、まだ初回の理事会出席、大学一年生で東京住まいなので、余計な発言をする気持ちは、全くない。

ただ、麗としては、次席理事に就任した以上は、時間を見つけて、それぞれの本部事務所に出向こうと考えるくらいの気持ちはある。

とにかく説明を聞いて資料を読む程度では、全く実感がないのだから。


全ての報告が終わり、大旦那が麗に話を振った。

「石仏調査の現段階での素案はどうや」

「麗が考えとる段階で構わん」


麗は、いきなりの話で戸惑ったけれど、素直に思うことを述べる。

「先週に話がまとまった段階」

「正式には、来週が第一回準備会議」

「明日の午後、そのための事前会議を関係筋の娘さんたちを含めて、九条家で」


そこまでは、先週決めた話なので、理事全員が頷く。

麗は、話を進める。

「あくまでも、私限りの素案の素案になります」

「原則として、なるべく多くの人に参加して欲しいということ」

「夏の暑い時期を含んだ調査となるので、決して無理なことをしないこと」

「当然、寺社、行政、各自治会の完全な合意のもとに進めること」

「あまり、先を急がないこと」

「丁寧な仕事にすること」

麗は、ここでお茶を一口飲み、のどを休める。


大旦那は、頷く。

「まあ、それで問題はない、無理はしない、それも仏心かもしれん」


麗は、また付け加えた。

「それらを踏まえて、石仏調査については、一人一体に限定しようかと」

「場所、写真は必須、経緯はわかる範囲で、それから周囲の住民の声もわかる程度」


銀行の理事が面白そうな顔。

「はぁ・・・それなら楽過ぎやと思いますが」

「参加される人も、楽になる・・・苦しむこともない」


不動産の理事も、虚をつかれた顔。

「何体も調べなければならない、そんな仕事感とか、やらされ感もなくなりますね」

「笑って取材して、終わりに」


学園の理事は、麗に尋ねた。

「それで、もっと調べたいというお人が出て来ると?」


麗は、首を横に振る。

「京都の夏は暑く、あくまでも調査する人の、健康を配慮してのこと」

「石仏調査で、健康を壊しては洒落にもなりません」

「それどころか、こんな企画を考えた九条家に反感を抱く」

「調査参加者の安全性を確保したうえで、行いたい」

「ただ、一体でも調べてくれた方には、その名を永遠に記し、出来る範囲でお礼をいたします」


財団の理事は、感心したような顔。

「確かにあまりにも楽過ぎと思いましたが、それなら気軽に参加できます」

「気軽に参加して、名が永遠に残る」

「石仏調査に、ますます気持ちが入るような」


麗は、その財団理事を、少し抑える。

「場所と写真が第一、それ以外も調べられる範囲で構いません」

「無理して調べて、苦しまれても、これは問題になるので」


寺社衆の理事が、麗の真意を読んだ。

「つまり、そこの場所に仏がおられる、それが大事なのですね」


麗は頷く。

「その通りです」

「ただ、謙虚な心で拝む、それがその人と、仏の出会いなので」

「由来、経緯は、別の人の仏との出会いになる」

「ですから、経緯とか深い歴史調査は、わかる範囲内で、無理をして欲しくない」


大旦那が話をまとめた。

「まあ、あまりにも楽な仕事かもしれん」

「ただ、麗の心は、無理をさせたくない、そんな仏心を感じる」

「細かい段取りはともかく、基本は麗の考えでどうや」


大旦那の話が終わると同時に、全員が賛成の挙手となっている。

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