第331話九条家理事会を前にして

京都駅で一行は、別れた。

麗と佳子は九条家の迎え、奈々子と蘭は香料店からの迎え、花園美幸と葵は、それぞれの家からの迎えだった。

麗と一旦別れることになるそれぞれが、名残惜しそうな顔をしていたけれど、麗は先を急ぐ。

何しろ、今日の午後は九条家全体の理事会。

初めての出席であり、麗の役目としては自己紹介程度になるといっても、会議資料をある程度は、読み込まなければならない。


蘭だけが麗に声をかけた。

「理事会、がんばってください」

「それから明日もよろしく」

麗は、蘭の頭を少しなで、九条家迎えの黒ベンツに乗り込んだ。


さて、黒ベンツに乗りこむと、麗は運転手の三条執事長に謝意。

「いつもありがとうございます」


三条執事長は、うれしそうな顔。

「大旦那をはじめとして、皆で待ち焦がれております」

「理事会の準備も、万端整っております」


その後は無言。

麗が目を閉じて少しうとうとすると、九条屋敷に到着した。


玄関に入ると、茜と五月、九条家の使用人全員がお出迎え。

三条執事長の「ようこそ、お戻りで」の声掛けで、一斉に頭を下げる。


麗は、「お待たせいたしました」と、無味乾燥な感じ。

それでも、全員が笑顔になるので、気恥ずかしさも覚える。


茜が麗に声をかけた。

「麗ちゃん、遠路お疲れさん、大旦那がお待ちです」

麗は、黙って頷く。

それでも佳子が寂しそうな顔で姿を消すことに、少し心が痛む。


麗が茜と五月とリビングに入ると、大旦那が、相好を崩してソファから立ち上がる。

「よう、戻った、うれしいなあ」

「奈々子も復活させてくれてありがとな」

麗は、慎重な対応。

「いえ、ご心配をおかけして、大旦那をはじめとして、皆様のご協力のおかげで」


大旦那、麗、五月、茜がソファに座ると、お世話係の涼香がお茶を持って来る。

五月が説明。

「この一週間のお世話係は涼香になります」

涼香は緊張気味に、麗に頭を下げる。

「涼香です、ふつつかではありますが」

麗は、やわらかな顔で頷く。

「はい、西洋史とか、外国語に堪能とか、いろいろ教えて欲しいと思います」

涼香の顔が輝いた。

「はい、何なりと」


ただ、麗の関心は、涼香よりも午後の理事会にある。

涼香から視線を外し、大旦那に質問。

「今日は、初めての理事会になるのですが、先般お聞きしたように、自己紹介でよろしいのでしょうか」


大旦那は、少し笑う。

「ああ、自己紹介もいらんかもしれん」

「関係筋との顔合わせもあったし、葵祭でも言葉を交わしとる」

「まあ、三条執事長が司会するから、それに合わせて、対応すればかまわん」

「何も、難しいことはない、経営上の問題が出とるわけやないしな」


それでも五月が、大旦那を補足する。

「九条家全体の理事、次席として選任されます」

「その際に、所見など、大まかでかまいません」


麗の顔が、少し厳しくなる。

やはり最初の所見、気を遣う。

「わかりました、大まかになるとは思いますが、出来る限りの話を」


ただ、麗としては、「とにかく無難に、京都を褒める、持ち上げる話」にしようと考えている。

麗自身の京都に戻るまでの、「京都嫌い」からすれば、考えられないことになるけれど、「あえて本音を語る必要はない、波風を立てない」と決めた。


「是非もない、そういう立場」

「心にもないことを語るのも仕事か」

麗の心は、それを思った時点で、再び深い霧の中に入り込んでいる。

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