第310話麗と離れたくない葵は必死

ケーキを食べ終わり、麗と葵は、店を出た。

麗は、店頭で買った焼き菓子を葵に渡す。

「申し訳ない、蘭と美幸さんに」


その顔が面白かったようだ、葵はプッと笑う。

「お土産ですか?お情けが深い」


麗は、特に蘭に言及した。

「蘭は田舎にいた時よりは、少々健康体なので、独り占めしないようにと」

葵は、また笑う。

「あら、蘭ちゃん、可愛いのに、コロコロとして」

麗は、ななかな表情を崩せない。

「いや、蘭は歩く肉爆弾で」


葵は、面白くて仕方がない。

「それ、麗様からの一言で伝えても?」

麗は、その顔をやわらげる。

「それは困ります、必ずやけ食いをします」

「泣いて怒るかも」


そんな話を交わしながら、葵は麗と腕を組みたくなった。

そろそろと腕を伸ばすけれど、なかなか麗にスキはない。

「麗様と蘭ちゃんの、掛け合いも面白そうだなあ」

そんなことを思いながら、腕を差し入れるスキがないので、手を握る。

「麗様、せめて駅までは」


麗も抵抗しなかった。

素直に葵の手を握り返す。

葵は、ホッとした。

「いろいろ、おやさしいんですね」


麗は、恥ずかしいのか、別の方向を見ている。

「いえ、気が利かなくて、自分でもどうかなあと」

葵は、少し強めに握る。

「また、こうしてデートしたいな」

麗は首を傾げた。

「会う機会は多くて、それでも?」

葵は、その麗がもどかしい。

「麗様、それが女子というものなんです」

「うちは、ずっとでも、かまいません」

そして、明日も麗を独占したくなった。

「麗様、明日のご予定は?」


麗の声に、張りがこもった。

「明日の午後は、神保町の山本書店です」

「そこで、とある先生とお話をすることになっています」

葵には予想外のことだった。

「えっと・・・それは財団にも関係が?」


麗は首を横に振る。

「いえ、全く個人的なこと」

「以前にもお話した大学の図書館司書の山本さんのお父さんのお店」

「紹介をしてくれると言うので、ありがたく」

「西洋史の大家で、佐藤先生」

「我が大学にも講義に来ているのかな」


葵は、また複雑な思い。

できれば一緒に行きたいけれど、下手に同席を言い出して、お邪魔虫になりたくない。


麗は、そんな葵の表情を見る。

「佐藤先生は、小説もたくさん書いていて、全部が面白い」

「読みやすい文章ですが、私はほとんど読んであります」

「だから、コアな話になるかもしれない」

「一緒に聞いたとして、理解できないと、単語の羅列を聞くのみになってしまいます」


葵は、ここで本当に焦る。

麗とはできる限り一緒にいたい、しかし、お邪魔虫になるのも辛い。

西洋史の大家とコアな話をする麗につきあうほどの歴史の知識もない。

しかし、焦ったところで、すでに駅が見えてきてしまった。


「どうしよう・・・あかん・・・こんなことでは・・・」

それでも、財団の女子にかつて聞いた話を思い出した。

恐る恐る麗に言ってみる。

「麗様、靖国通りから、駿河台に向かう道に美味しい珈琲店があるとかで」

「純喫茶です」


麗の表情は、やわらかい。

「行ってみようかな」

葵は、必死に麗に指を絡める。


とうとう駅の改札口が見えてきた。

改札口を通れば、麗は渋谷方面に、葵は吉祥寺方面へのホームに、別れることになる。

ますます焦る葵に、麗は言葉をかけた。

「明日話題にしたい本について、後でメールします、読んでおいて欲しい」

「キンドルで読めますので」


葵は、絡めた指をようやく離した。

麗は、ホッとした顔、少しだけ葵に手を振り、渋谷行きのホームへと歩いて行く。

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