第270話麗の提案と、喜ぶ人たち

麗は、詩織と葵を見ながら、少し考えた。

「一度受けた仕事だ、ああだこうだとも言いべきではない」

「それと、いつも先延ばして、実がない京都人にはなりたくない」

「ここで、不用意に申し出を断って詩織さんを落胆させることは、今後の九条家にも、彼女の家にも得策ではない」

「それと、素直に一緒に大原に行くほうが、無難で得策ではないか」

「もちろん、それは恋愛とか、その後のこととは別件」

「問題は、詩織さんの隣に座っている葵さんが、どう思うのか」


そこまで考えた麗は、その顔を葵に向けた。

「葵さんは、大原には?」


葵の顔が、明るく変化した。

期待感を持った目で、麗を見る。

「はぁ・・・ひなびた場所で」

「たまには歩きたいなあと」


麗は、軽く頷き、そして提案。

「アジサイの時期にでも」

「行ける人で、大原散歩とか」

「私も、たまには京都のアジサイを見たいなと」


その麗の提案に、茜が笑い出す。

「麗ちゃん、そうなるとバスツアーになるよ」

「麗ちゃんが行くってなると、みんな行きたがる」


茜の笑顔につられたのか、詩織と葵も笑ってしまう。

詩織

「大勢で精進料理やろか」

「九条財団のバスや、予約せんと」


麗は、話の展開の早さに驚く。

そもそも、数人の大原歩きぐらいにしか、考えていなかったから。

ただ、そのバスツアーも有効だと思う。

何しろ、無用な差別をして、変な嫉妬を生まないのだから。


詩織が麗に尋ねた。

「麗様は、今まではアジサイはどこで?」

麗は、ためらうこともないので、素直に答える。

「鎌倉かな」

「円覚寺、明月院、鎌倉の長谷寺、江ノ電から見るアジサイも風情があります」

葵もすっかり笑顔。

「特に明月院は有名ですよね」

麗の言葉が珍しく続く。

「はい、全て同じ色の、青いアジサイ」

「アジサイを抱いたお地蔵さんもいます」

「菖蒲園もあって、それも美しい」

「狸が出ますなんて立て札もあります」


茜がまた笑う。

「麗ちゃん、見たん?その狸」

麗は「まさか、見ません」と首を振る。

葵は詩織の顔を見た。

「あらーー・・・見たいわぁ・・・なあ、詩織さん」

詩織も笑い出す。

「そや、大原ツアーの後は、鎌倉、関東ツアーや」

葵は詩織の手を握る。

「九条財団にお任せを、手配したします」

麗も、その話に乗った。

「鎌倉からとなると、横浜も近い」

「鎌倉で精進料理を食べて、横浜で中華とか」

詩織は手を打って喜ぶ。

「ああーー!麗様!うれしい!」

葵も興奮。

「はぁ・・・行きたいところばかりや・・・」

「思うだけでも気が晴れるのに、行けるなんて」


茜は一緒に旅行話に興じながら、うれしくてならない。

「ほんま、このリビングにこんなに笑い声が響くのは初めてや」

「恵理と結を放り出して」

「満を持して、麗ちゃんを迎えた」

「そして、麗ちゃんを中心に、本当の九条家が始まる」

「麗ちゃんも・・・少しずつ顔もやさしくなって、面白いことを言うようになってきた」

茜は、何よりも麗のやわらかくなった顔が、好ましくてならない。






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