第261話麗の慎重 音楽係美幸と音楽室の改装

茜が部屋を出て行った後、麗はようやく一人の時を迎えることになった。

ピアノを弾くことを実質断り安心した気持ちと、期待する人には申し訳ないとの気持ちが交錯する中、ベッドに横になる。


「まあ、湯女は断り、共寝は断り、ピアノも断る」

「がっかりさせたかな、あるいは狭量とも」


少々の反省もあるけれど、慎重さは貫きたいと思う。

「何しろ、九条家に本格的に入って、戻って、一か月も経たない」

「実質、一緒に暮らしたのは、十日にも満たない」

「そんな新参者が、はしゃいでどうする」

「うかつにピアノを弾いて、下手を下手と言われれば、まだいいけれど」

「下手をお世辞で上手と言われて、本人はそれに浮かれるなんて、馬鹿の極みだ」

「そもそも俺は地味だ、見世物ではない」


ただ、「見世物」という言葉が浮かんだ時点で、葵祭を思い出した。

「大旦那は、関係が深い寺社に紹介すると言っていた」

「そうなると、そこで見世物になる」

「それに九条家と関係が深いとなると、相当な寺社か」

「面倒なことだ、結局、京都のお偉いさん連中に顔をジロジロ見られて、ご挨拶か」

「どうせ、九条家の後継、当主になれば、そんな連中と長い付き合いかな」


結局不機嫌になった麗は、風呂に入ろうと思った。

「湯女も断った、少し場所を変えて一人になれば、気も少し晴れるかもしれない」

そのまま、ベッドから降りて部屋を出て、少し歩くとお世話係が一人立っている。


麗は、そのお世話係の名前を懸命に思い出した。


「確か、音楽係の、美幸さんと聞いた」

「音大卒とか」


ただ、ピアノ演奏を断った以上、特に美幸に用事はない。

それに、現時点でのお世話係は佳子であって美幸ではない。

だから、特に声をかける必要は全くない。


そんなことを思い、麗が少し会釈して通り過ぎようとしたけれど、美幸から声がかけられた。


「あの・・・麗様」

美幸は、少し、緊張しているような顔。


「はい、何か」

麗は、出来る限り、柔和な顔にした。

「冷たい」と言われることに、少し心配がある。


美幸は、ますます緊張した顔。

それでも意を決したのか、震えながらも用件を言う。

「失礼とは思いますが、麗様がピアノを練習なさるのなら、お付き合いをさせていただきたく・・・あの・・・どうでしょうか・・・」

「私もピアノ科ですので」


麗は、また答えに難儀する。

「演奏ではなくて、練習の付き合いか」

「それでピアノ科とくれば、レッスンになるのか」

「実に断りづらい」

「茜姉さんが、美幸さんに言ったのかもしれない」

「練習をしてからと言ったからか、しかし・・・そう何度も断れない」


麗は、考えるのが面倒になった。

条件もつけた。

「わかりました、実に下手です、笑ってください」

「それで、聴くのも美幸さんだけにお願いします」


途端に美幸の顔が、明るく輝いた。

「ありがとうございます!案内します!うれしいわぁ・・・」

そのまま、麗の手を握り、廊下を進む。


その美幸に案内されたピアノのある部屋は、以前、麗が記憶していた部屋とは異なっていた。


美幸

「最近、大旦那様の御意向で、ここの部屋を改装しまして」

「防音と音響設備も、お整えに」


確かに、麗が目を見張るような「音楽室」に改装されている。

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