第248話五月の麗に対する思い

五月は、麗が可愛くてならない。

確かに、自分が産んだ子ではないし、香料店の従業員だった由美との子になる。

しかし、それは五月にとって、嫉妬には結びつかない。


「兼弘さんは、結局、夜の営みを恵理には、させてもらえんかった」

「恵理は宮家出身を気取り、兼弘さんを小馬鹿にしていた」

「兼弘さんを地下、下郎と叫ぶ声を何度も聞いたもの」

「それでいながら、結婚前に、どこかのやくざ者と関係して」

「生まれたのが結、九条家も体面があるから、それを隠す」


五月は、兼弘の苦悩を思いやる。

「辛くて、うちを抱いたのも、当たり前や」

「うちも、恵理に苛められるばかりの兼弘さんが、可哀想でならんかった」

「それで生まれたのが、茜やった」

「女子やったから、殺されなかった」


結果として寝取られた由美に、何の恨みもない。

「麗ちゃんを産んで、すぐ殺された」

「恨む暇もないもの、それ以上に麗ちゃんが心配でならんかった」

「いつ、恵理に殺されるかと」

「由美ちゃんを恨む以上に、恵理が恐ろしかった」

「変な態度を見せれば、うちも当然、茜も命がない」

「それで大旦那が晃さんと相談して、奈々子と宗雄に預けたんやけど・・・」

「両方とも・・・めちゃくちゃで・・・」


麗の無表情を思う。

「あんな能面になるのも当たり前や」

「笑っても泣いても、苛められ、放置され」

「そうなれば、懸命に耐えて、身を守るしかない」

「・・・よう・・・耐えて育ってくれた」


五月は、由美を知る者として、麗にどうしてもさせたいことがある。

「とにかく、早いうちに、墓参りをさせんと」

「うちも、気がおさまらん、由美に報告せなあかん」

「酷い扱いに耐えきって、こんなに立派に・・・」


涙があふれて来た。

「今度こそ、しっかり面倒見るよ、由美ちゃんの代わりとして・・・」

「絶対に、責任持って、麗ちゃんを笑顔にさせる」

「ごめんな、由美ちゃんも、空から見ていて、泣いてたやろ?」


五月があふれた涙を拭いていると、茜が入って来た。


「何かあったん?」

五月は、首を横に振る。

「ああ、昔のことを思い出した」

「茜は?」


茜は神妙な顔。

「麗ちゃんが、一人悩んでおって」

五月は、不安を覚えた。

「何や・・・難しいこと?」


茜は聞いたまま、見たままを言う。

「不動産の麻友が、麗ちゃんに奈々子さんが、うつ病やないかと」

「それで、麗ちゃんが、途方に暮れとった」


五月も、頭を抱える。

「はぁ・・・またしても面倒や・・・」

「せっかく麗ちゃんの笑顔が見られるかと思うたのに・・・」


茜も苦しそうな顔。

「麗ちゃんが言うのは、まず、医者に見せるしかない、当たり前やけど」

「あと、世話を頼むとしたら、蘭ちゃんは無理」

「強いて言えば、香苗さんやけど、仕事もあるし、住む場所も違うからって」

「本来は晃さんやけど、隆さんの世話と店のことで、精一杯のはずと」

「麗ちゃんは、大学も九条も京都もあきらめて、面倒を見るしかないとも」


頭を抱えていた五月が、ようやく口を開いた。

「それは・・・酷すぎる・・・麗ちゃんにも九条にも、京にも」

「また全てがぶち壊しになる、許されん、そんなの」

「麗ちゃんが住んでいたアパートの部屋に、医者か、カウンセラーを住まわせる」

「もちろん、一族の中から、学園の医学部から」

「その人に奈々子の診察とか世話、折に触れて麗ちゃんの健康も見させる」

「早速、人選や、学園にも相談や」

「だって、これ以上、麗ちゃんを苦しめとうないもの」

五月の目に力が戻り、茜もようやくホッとした顔になっている。

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