第209話九段下九条事務所で担当理事就任を懇願される。

都営新宿線は九段下の駅に到着。

葵は麗に声をかけた。

「事務所まで、ご案内します」

麗は、いつもの無表情。

「わかりました、頼みます」

葵は、手を伸ばそうと思うけれど、麗のあまりの無表情さに、戸惑う。

「また手を伸ばして、大教室の時のように注意されても困る」

その思いが強くなり、結局、財団事務所に着くまで、全く近づくことも出来なかった。



その九条財団の東京事務所は、立派なビルの8階。

葵が扉を開けると、東京事務所の職員全員が待ち構えていた。


「麗様、お待ちしておりました」

おそらく東京事務所の所長が深く頭を頭を下げると、約20名ほどの職員も一斉にそれにならう。


麗は、戸惑った。

「いきなり入って、ここまで頭を下げられるのか」

「いくら九条家の後継といっても、たかが大学に入学したての一年生ではないか」


東京事務所の所長は、顔を上げた。

50代のいかにも柔らかそうな物腰。

そして名刺を麗に。

「ここの事務所を預かっております、高橋と申します」

「今後、どうぞ、ご指導を」


麗は、答えるのが難しい。

「いや、ご指導を・・・と言われましても」


その麗に葵が声をかけた。

「麗様、まずは応接に」

そして、高橋所長に指示を出す。

「高橋さん、ご案内をお願いします」


さて、その応接室は、相当に広い。

また、大きな窓からは、皇居が一望できる。


麗が、驚いて見ていると、高橋所長が説明をする。

「秋の天気が良い日には、富士山も見えます」

「ここの事務所は、江戸遷都以来、ここにあります」

「このビル自体が、九条家の物」


麗が頷いていると、紅茶とクッキーが妙齢の女性に運ばれてくる。

麗はその紅茶を一口飲んで驚いた。

「甘味が、上手に」

「京都九条家でも、ここまでは」


その麗に高橋所長が説明。

「日比谷の超名門ホテルの出身」

「珈琲や紅茶の淹れ方、知識は相当なもの」

「ここの事務所でも、様々な著名人との面談、相談がございます」

「規模は小さいのですが、厨房がありまして、簡単なパーティーが可能です」

「およそ、150人くらいは可能です」


麗が納得して紅茶をもう一口飲むと、高橋所長が、また頭を下げた。

「わざわざ、お呼び立てして申し訳ありません」

「本来はお迎えの車を出すのが筋なのですが」


葵が恥ずかしそうな顔で、麗に頭を下げる。

「私が、どうしても麗様と歩きたかったので、無理を通しました」


麗は、それはどうでもいいと思う。

それよりも、呼ばれた理由を知りたい。

少し黙っていると、高橋所長が麗に少し頭を下げて、話し始めた。


「おそらく、麗様は京都本家からご連絡を受けていると思われます」

「すでに九条家全体の理事」

「そして、そうなりますと、当然、この九条財団の理事にあらせられます」

「大旦那様のご意向もあるのですが、当事務所は、麗様を、ここの事務所の担当理事と期待しております」

「私はもちろん、全ての職員が懸命に心を込めてお仕えいたします」

「是非、ご引き受け願いたいのです」


麗は、あまり予想していなかった展開だった。

呼ばれたのは、単に執筆する文書の打ち合わせと予想していたから。

ただ、成り行きとして、「これも避けられない、名目だけの理事か」と受け取っている。

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