第189話順調な都内の生活の兆し しかし麗は京都に異なる感情

葵の話は、祭り見物では終わらなかった。

「今度、九段下の財団事務所にご案内をいたします」

「来週の講義終了後でいかがでしょうか」

麗は、断る理由がない。

「そうですね、なるべく早く折を見て」

「ただし、その前に葵さんと履修科目も異なると思いますので」

葵は、早速手帳を取り出して、麗に確認。

「麗様、来週の英語の授業の後などは、いかがですか」

麗は、ここでも断る理由はない。

「わかりました、空いているので、その日に」

葵は、そこまでの話をして、本当に明るい笑顔で、帰って行った。


葵がいなくなって、リビングに直美が入って来た。

「麗様、何か新しい予定でも」


麗は、素直に英語の講義終了後に、葵と九段下の九条財団事務所訪問する旨を伝える。

おそらくお世話係として、麗の行動予定の把握と管理は必須なのだと思う。

少し気になったのは、葵と話している際に、別室にいて顔を見せなかったこと。

また、荷物の搬入もあったはずなのに、物音一つ、別室から聞こえて来なかった。

「もしかして、余計な物音を出さないのは、身分格差を気にしているのか」と思うけれど、口に出すのは憚られる。

麗も、京都の女社会の身分格差の厳しさは、よく理解している。

ただ、ここは都内のアパート、そこまでは気にしないでもいいと思うけれど、不用意な発言やら指示を出して、その後の混乱やら人間関係のもつれになっても、それは懸念される。

麗は、そこまで考えて、特に他の女性との行動については、「用件のみ」を伝えることに決めた。


話題も変えた。

「引っ越しで力仕事があれば、やります」


直美は、驚いた顔。

「いえ、それは困ります」

「まさか麗様に、そんなことは」

「力仕事もありませんので」

「おやさしいお言葉、ありがとうございます」


「都内に来たばかりです、無理をしないで」

「あまり急ぐこともなく」


直美は、笑う。

「いえ、こういう仕事好きなんです」

「何より麗様とご一緒できて、お話もしていただける」

「こんな幸せはありません」


麗は、直美の笑顔に安心した。

「それでは荷物の整理など、よろしくお願いします」

「私は、自分の部屋にいます」

直美が笑顔で頷くと、麗にしては珍しい言葉が出た。

「落ち着いたら、近所でも散歩しましょう」


直美は、ますます元気になった。

「はい!うれしくてなりません!」


再び自分の部屋に戻った麗は、少しは読書をしたけれど、結局、いろいろ考える。

おそらく、いきなりの京都での生活で相当に神経を使ったこと、その疲れは出ていると思う。

思い出せば、実に重たいことの連続だった。

実の父と母を直接的に殺した医師を始末したこと、それに絡んで執事の鷹司が座敷牢に、結局麗が外出中に逮捕連行されたこと。

九条家と関係の深い筋との面会も、言葉遣いや発言には、実に神経を使った。

結果として評判は良かった。

しかし、あくまでも当初の話であって、それはご祝儀みたいなもの。

本当の評価など、そもそも京都人の世界、何一つ信頼できるものではない。

風呂の背中流しから始まってお世話係の話も、実に難しかった。

一つでも間違えた対応をすれば、九条家の中に、難しい人間関係が生じてしまう。

そして、九条家の中の人間関係の問題は、千年を超える関係者たちに、いらぬ心配を生んでしまうことになる。

香料店の隆もやはり不安。

「見舞いに行った時は、笑顔だったけれど」

「いつ何時、何が起こっても不思議ではない」

「もし、それが起こって、晃叔父の涙も見たくない」

「本当に、この東京にいても、いいのだろうか」

京都に戻る前の麗とは全く異なる感情が、芽生えている。

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