第173話麗の思考は続く 茜の涙

麗の思考は続く。


「正妻とか本妻とか、妾とかあるけれど」

「特に一夫一妻制でない時代の日本は、天皇家や最高級の貴族の家では、一夫多妻がほとんどだった、江戸将軍家には大奥があった」

「つまり、後継者を確保することが大前提」

「一夫一婦制を通したとして、子供に恵まれなければ、天皇家は断絶、もちろん最高級の貴族の家も同じ」

「そこに政治的な混乱が生じてしまう」

「子供が生まれない、あるいは生まれても、早死にすると困る」

「だから保険の意味を込めて、多妻制を採用した」

「もちろん、トルコや中国の巨大な後宮制度には及ぶべくもないけれど」


「どこかの本に、天皇の子作りは政治行為であったとも書かれていた」

「有力な貴族の娘を妻を迎え、その妻との間に子を設ける」

「最有力者の娘を皇后に迎え、健康な男子が生まれ育ち、次の天皇になるのが、一番の政治的安定になる」

「それが崩れれば、天皇を支える貴族の順位にも変動がある」


「桐壺更衣と光源氏に対する弘徽殿女御の怒りは、桐壺帝がその順位を無視したことに原因がある」

「桐壺帝は落ちぶれた貴族の娘の桐壺更衣ばかりを寵愛し、筆頭貴族の娘で一番寵愛を受けるべき自分には見向きもしない」

「そこに弘徽殿女御を支えている筆頭貴族とその一門にも、桐壺帝に対する不満が高まる」

「そんなことで、いつ政変が発生しても、おかしくはない」

「弘徽殿女御にとってみれば、桐壺更衣などは地下の女」

「その地下の女が、自分より桐壺帝の寵愛を得るなどは、プライドを傷つけ、疎ましいことでしかない」

「しかも地下の女から生まれた光源氏は、我が息子より美しく才能にあふれ、世間の人気を独占してしまった」


麗は自分の立場を思う。

「父だった兼弘さんの正妻は、恵理」

「しかし、父さんと恵理の間には子がなかった」

「父さんと恵理は、子供の俺から見ても、仲が良さそうには思えなかった」

「つまり、恵理から見れば、九条家後継の父さんは格下」

「とても本音として、子作りなどは考えなかったのと思う」

「結果論になるけれど、父さんとしては、九条家のことを考えた」

「まずは五月さんとの間に子を・・・それが茜姉さん」

「茜姉さんは、女の子、だから九条家は継げない」

「その五月さんが妊娠中に、俺の本当の母さん・・・由美と・・・か・・・」

「それを知った恵理に激怒され、母さんは殺され、父さんも結局は殺された」

「それに宗雄が加担、執事の鷹司も加担か・・・」

「実に、おどろおどろしい」


そんなことを考えて、また気が重くなった麗ではあるけれど、当面の課題である「お世話係とのお茶会」は明日のことになる。

「使用人の資料でも見ておかないと、恥をかくかもしれない」

「何しろ、面識がなさ過ぎる」


麗がようやくベッドから起き上がり、机の上のPCに向かうと、ドアにノック音。

ドアに近づくと、「茜だよ」との声で、ドアを開けると、そのまま入って来る。


茜は笑顔。

「麗ちゃんのことやから、下調べでもするのかと思うてな」

麗は驚いたけれど、頷く。

「さすが姉さま、助かります」

茜は麗に後ろに回って肩を揉む。

「まったく・・・若いくせに、コリコリや」

麗は素直に肩揉みを受ける。

「急に生活が変わって、落ち着かなくて」

茜は麗を後ろから抱きしめる。

「このまま麗ちゃんが京都に住めばええのにね」

「東京に帰しとうない」

麗は困った。

「それは・・・無理」

茜は、麗の肩に顔をつけた。

「だって・・・ようやく、血のつながった可愛い弟と一緒になったんや」

「それが、あと少ししたら東京に?またお別れ?辛いよ、姉さんは」


麗も、その茜の気持は痛いほど感じる。

「それは同じだよ、僕は初めて血のつながった人と話をする生活をしたんだから」

「だって・・・今までは・・・」

麗の肩は、茜の激しくなった涙で濡れ始めている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る