第161話食べたいものを問われ、麗は佐保の料理を思い出す。

今夜の夕食は白だしのおでん、いかにも関西風の柔らかな味に仕上がっている。

しかし、麗はあまり食が進まない。

何しろ一日一食の生活を続けてきたこと、それが昨日から二倍以上になっていて、胃が食べ物を積極的には受け付けない。

そのため、口に入れるおでんは、大根を半分と、がんもどき程度。

そして、それだけで、満腹となり、箸を置いてしまう。


この麗の食事量は、大旦那も心配になる。

「ほんま、食が細いなあ」

「これから夏も来る、乗り切れん」

五月は、また別の不安。

「奈々子さんと蘭ちゃんが、同じアパートに住むようになるけれど」

「奈々子さんと蘭ちゃんの作るものを、素直に麗ちゃんが食べればいいけれど」

「奈々子さんもためらっとるし」

茜もその心配はある。

「そもそも食べることに価値を感じとらん」


しかし、そんな心配はともかく、麗が食べられないのだから、仕方がない。

夕食はそれで終わりとなり、麗は自室に入った。


そのまま、ベッドに横になっていると、ノック音。

ドアを開けると、茜が入って来た。


茜は心配そうな顔。

「なあ、麗ちゃん、口に合わんの?」

「大旦那も母さんも、うちも心配やけど」

「料理人もひどく心配しとる」

「それからお昼の料理も半分は残したやろ?」

「うちの叔父さんも叔母さんも圭子ちゃんも嘆いとった」


麗は、答えに困る。

「いや、もともと、食は細い」

「朝から晩まで、食べ過ぎくらいで」


茜はため息をつく。

「そうやなあ、一日一食、おにぎりだけ、後は珈琲飲むくらい?」

「急には食べられんのも、ようわかる」

「胃が受けつけんか」


麗は、この話はこれ以上は進まないと思った。

「ところで姉さま、その話で?」

そういえば、明日からの面談者情報の確認の話があったことを思い出す。


しかし、茜はすぐには、その話には移らない。

「なあ、麗ちゃん、何だったら口に入る?」

「マジで、カロリー不足や、500がせいぜいや」

「夏に倒れるよ、東京の夏も、京都の夏も暑いし」


麗は困った。

「うーん・・・」とうなるだけで、なかなか食べ物が出てこない。

それでも、ふと思い出したのが、自由が丘で佐保が作ったチーズフォンデュ。

「あれは美味しかったな」

しかし、それを思い出したところで、この九条家の料理人に、そんなスイスやイタリアの庶民料理を頼むのは、実に気が引ける。


茜は、そんな麗の表情を感じ取ったらしい。

「なあ、遠慮はいらん」

「まずは麗ちゃんに肉をつけることや」

「それが出来んと、心配でならんもの」

「東京に戻せなくなる」


その「東京に戻せなくなる」が、麗には重かった。

恐る恐る、思い浮かんだ庶民料理を茜に告げる。

「少し前に、チーズフォンデュを食べて、美味しかったかなと」


茜は、少し驚いた顔、しかし笑顔。

「そか、ありがと、何をためらう?」

「うちも好きや、大旦那も母さんも、食べることもある」

「西洋料理のシェフもおるし、何の心配もいらん」


その茜の笑顔で、麗もホッとした。

そして、無性に佐保に逢いたくなっている。


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