第112話麗は「母」の願いを却下、「母」の落胆。

麗は叔父晃に「麗様」と呼ばれたことも思い出した。

子供の頃であったし、単なる冗談か、あやし言葉と思っていたけれど、それを聞いた父はそっぽを向き、母は顔を伏せた。

その意味はわからなかったけれど、その後、嫌なことが必ずあった。

京都から家に戻ると、必ず父から、殴る蹴るの暴力を受けた。


「酔っぱらって」

「本気で殴って蹴って」

「金属バットを持ち出すこともあった」

「一生懸命、頭だけは守った」

「胴とか脚は守り切れない」

「いつも、血が出るまで」

「母さんも蘭も、離れて泣いて見ているだけ」

「足がアザだらけで、びっこを引いて、学校であざけられた」

「面白がって、蹴飛ばしてくる奴もいた」

「由美だって、ヒソヒソと言うばかり、何の心配の言葉もなかった」


しかし、今は、その「嫌な思い出」の「麗様」を、母が言う。


麗は、母の願いを却下した。

「来なくていい、俺と九条様の話」

「何が関係がある?」

「そもそも、九条様から俺と対面で、話したいと言ってきた」

「母さんも蘭も、九条様に同席していいって、言われた?」

「言われてないでしょ?」

「その必要があれば、最初から九条様は言ってくるはず」

「俺の勝手で同席するのは、九条様に失礼では?」


母は粘る。

「そうだけど・・・それは、そうだけど・・・」

「確かに失礼だけど・・・怒られるかもしれんけど」


麗は、もう母と話したくない。

「堂々巡りは嫌い、この話はここまで」

そのまま、電話を切ってしまった。


麗は思った。

「蘭から電話が入っても出ない」

「どうせ、九条様のお話を一緒に聞きたいくらいでしかない」

「何様のつもりか?」

「父に暴行されても、結局止めるふりだけ」

「泣きながら見ているだけ」

「それでいて、自分の感情のままに馬鹿兄とか、黙っていれば言いたい放題」

「だから、母さんからも蘭からも、電話で話すことはない」

「顔も見たくない」

麗は、母と蘭も、着信拒否に設定してしまった。

もちろん、父の番号など、とっくに着信拒否設定済みになっている。



さて、麗から電話を切られてしまった「母」奈々子は、スマホを握りしめて泣くばかり。

「もう・・・だめかも・・・」

「どうにもならない」

「確かに、あつかましい」


長らく暮らしてきた家を見まわした。


「仕方ない、荷物をまとめるかな」

「どうせ、あの人とは住めない」

「いつか、犯罪者ということが、近所にばれる」

「そうなったら玄関から出られない」

「とても、住んではいられない」

「兄さんに頼んで、京都に帰るしかない」


蘭を思った。

「転校させないと・・・そこも京都か・・・」

「苛められるかな、京都は・・・新参者には、ひどいし」

「でも・・・ここには住めない以上は、仕方がない」

「これも・・・兄さん?」


落胆を続ける奈々子のスマホが鳴った。


電話をかけてきた相手を見ると、香苗だった。

「うわ!香苗・・・・」

奈々子は、また涙が激しくなっている。

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