第78話麻央と麗の母奈々子 奈々子と蘭は涙を流す

麻央は、麗を少し愛撫した後、麗の母奈々子に連絡を取った。

「高橋麻央と申します、麗君の通う大学にて源氏物語の講義を受け持っております」

「夜分遅くに、申し訳ありません」


奈々子は「はい、何事でしょうか」と驚くものの、麻央が「三井芳香などの事情」を告げると、素直にお礼。

「本当に申し訳ありません、その状態ではご迷惑をおかけすることになりますが」

「本当に不出来で無愛想な子供ですが、少しの間、よろしくお願いいたします」

「三井さんという人の件が片付かないようでしたら、いずれは新しい場所を探すことになると思います」

「その際には、出来るばかりの、お礼をさせていただきます」


麻央は、意識して明るく歯切れのよい口調にする。

「いえ、お礼などは考えなくてかまいません」

「麗君は、とても優秀です」

「私の先生でもある源氏物語の権威、日向先生からも高い評価です」

「源氏物語や中世の歴史などに詳しく、香りなどの感覚や知識も普通の学生とは考えられないほどです」

「もし、麗君から承諾があれば、共同研究者として、協力をお願いしたいくらいなのです」

「新住居のほうも、こちらで問題なく準備も可能です」


奈々子は、高橋麻央に弁舌さわやかさに、押されるけれど気になる部分がある。

「やはり・・・源氏と香りか・・・血は争えないか・・・もともとは九条家の人」

「京都の実家の兄さんも、実の息子の隆君より、麗を評価していた」


しかし、そんな複雑な事情を、大学の講師に言うべきではない。

「ありがとうございます、こちらでも、早急に動きますので、それまでは」

と、頭を下げて、電話を切るしかなかった。


奈々子は、早急に自分が動くしかないと思う。

何しろ、夫には全く期待は出来ない。

夫は赤子の麗を九条の大旦那より預かった時点から、麗を好かなかった。

時々、幼い麗の顔に腫れがあるのは、おそらく夫からの暴力だったと思った。

「麗に聞くと下を向いて泣くだけ」

「とうとう、麗は私にも必要以外は何も話さなくなった」

「九条の大旦那と、私の実家からも、高額の養育費をもらって・・・勝手に使い込む」

「公務員の年収の三倍ももらって、単に迷惑料とか口止め料とか」

「出世まで面倒を見させて」

「最近は、九条家から連絡があったら早速、麗の私物を含めて部屋を全て処分してしまった」


泣き出した奈々子の部屋に、蘭が入って来た。

「母さん、麗兄ちゃん・・・」

蘭は不安そうな顔。


奈々子

「大学の先生から電話が入った、今は先生の家に」

「三井さんって人にストーカーされているみたい」

「その人は吉祥寺の香苗さんの店に、刃物を持って麗の住所を尋ねたとか」


蘭は拳を握りしめた。

「それは桃香ちゃんから聞いた!」

「今は大学の女の先生の所に避難しているのも聞いた」

「桃香ちゃんも、その三井さんって人に顔を知られているから、身動き出来ないって」


奈々子

「今の時点では、先生にお願いするしかないよ」


蘭は泣き出した。

「麗兄ちゃんに、逢いたいよ」

「可哀想過ぎる」

「麗兄ちゃんが何をしたっていうの?」

「一度も・・・一度も笑った顔見たことない」


奈々子は麗を抱きかかえた。

「ごめんね・・・蘭・・・心配かけて」

「麗は、何も悪くないけれど・・・」


蘭は激しく泣きじゃくった。

「一日一食だったって・・・麗兄ちゃん」

「桃香ちゃんが、あれじゃ死ぬって」

「だから一緒に住んでくれるって言ったのに・・・やっと明るい麗兄ちゃんが見られると思ったのに・・・」

「それも・・・難しくなって・・・出ていく?この家だって、帰る部屋がない!」


蘭は、しばらく泣き止まなかった。

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