第37話麗のことで、何かが動き出す 麗の母奈々子の涙

桃香にとっても、「九条家の大旦那と茜」の名前は、実に重い。

世が世ならば、軽々しく口に出せないほどの雲の上の存在になる。

桃香も慎重な物言いになった。

「そうなの・・・ご心配なされて・・・」

「麗君・・・昔から大旦那と茜さんには、懐いていたけれど」


女将香苗はため息、そして意味深なことを言う。

「もしかすると、何かが動き出すかもしれん」

「何があっても、おかしゅうない」


桃香は、それでは意味不明。

「なんや?それ・・・」

「うち、さっぱりわからん」


女将香苗は、冷静に戻った。

「まあ。大人の事情という話や」

「子供たちでは、まだわからんし、知らんほうがいい」

「それより何よりな」


桃香

「うん・・・」


女将香苗

「まずは麗君や、麗君の身体を何とかせなあかん」

「そんな欠食生活では、危ない」

「九条家だけやない、麗君の京都の本家にも、申し訳ない」

「御縁が深い麗君が、欠食で倒れたなんて、仮にも料亭をやっているもんの恥や」

「しかも吉祥寺と久我山の、目と鼻の先におるんや」

「下手をすれば、うちらにも責めが来る」


桃香は、話の展開が重すぎると思うけれど、「大人の事情」と「子供たちではわからん」も、実に気になる。

「その大人の事情とか、子供たちがどうのって、教えてくれる?」

つい、聞き返すけれど、女将香苗は答えず、話をはぐらかす。


「いつかはわかる話や」

「実は早いかもしれん」


桃香は、ここで更に聞くことをあきらめた。

「わかった、どうせわかる話やろ?」

女将香苗は、言わないと言ったことは、決して言わないことを思い出す。


だから、まずは目の前の麗を回復させることを、優先しようと思った。

話題も桃香が変えた。

「とりあえず、コンビニの梅粥にする」

「他は、お茶だけにする」


女将香苗

「それは仕方ないわ」

「とにかく部屋を暖めて、薬もしっかり飲ませて」


桃香は、次の言葉を少しためらったけれど、口にする。

「無理やり起こすのもどうかと思って」

「・・・起きるのも何時かわからんし」


女将香苗は、少し間があいて答えた。

「しかたないやろ、あまり遅かったら泊まってもかまへん」

「うちから麗君の母さんに連絡する」

「桃香ちゃんなら、大丈夫や」


女将は、そこまで言って、電話を終えた。


そして10分後には、麗の母の奈々子から桃香に電話が入った。

「本当にごめんなさい、麗のために、お仕事まで休んで」


桃香

「いえ、奈々子叔母様、私も心配で離れられなくて」


麗の母奈々子がまた申し訳なさそうな声。

「本当に何も言わない子だから」

「東京に行ったきり、何の連絡もなく、こんなことになって・・・」

「嫌われたのかな・・・私・・・」

麗の母奈々子は、とうとう泣き出してしまった。

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