第28話叔父晃のお願い、「麗様」とは?麗の疑問。

叔父晃の声が、よりやさしくなった。

麗は、そういう時の晃は、実に大切なことを言うとわかっている。

また、麗は、そういう時の晃に逆らうことなどできないと思っている。


「逢ってもらいたいという人と言うてもな」

「はい」

「実はな、麗君も子供の頃から知っとる人や、心配せんでかまへん」


麗は、すぐに名前が出てこないのも、晃の癖とわかっているけれど、いつもの通りソワソワしてしまう。

「はい・・・と言いますと・・・」


晃の声が、少しだけ明るい。

「あのな、九条様の大旦那とお嬢様、といっても次女のほう、茜様や」


麗は、その名前に身体が震えた。

「え・・・僕・・・ですか?」

九条家の大旦那様と言えば、麗は確かに知っている。

京都の母の実家、その兄の晃が継いでいる古い香料店とも数百年の交流がある超名家、世が世ならば摂関家でもあった。


晃は、少し笑う。

「そうや、その九条様の大旦那と茜様が、麗君の顔を見たいとな」

「わざわざ、お電話までいただいて」


麗は、実に戸惑う。

「いや・・・僕なんか・・・子供の頃は・・・えっと・・・わけもわからず・・・」

「お邪魔したことはありますが・・・でも、身分違い・・・」


晃の声の質が変わった。

「いや、そんなことは思わんでかまへん」

「先方のお望みや、気にするほうが無礼や」

晃の声が強い。


麗は、そこまで言われると、もはや素直に、お願いを受けるしかない。

「はい、そう言われるのなら・・・わかりました」


晃の声が、またやさしくなった。

「麗君、今は四月や、いつが都合つく?」


麗は、予定表を見ることもない。

とにかくサークルに入っているわけではなく、講義に出席するだけ、週末の土日に妹と蘭が泊まりに来るくらい。

「晃叔父様、連休時期ではどうでしょうか」

「大学も休みになりますし、陽気もよく」


晃の声が、弾んだ。

「ああ、ありがたいことや、麗君、ええ子やなあ」

「うれしいわあ」

「先方には連絡しとく」

「その後は・・・麗君のアドレス教えてかまへんやろ?」


麗は、素直に納得。

「はい、連絡がスムーズになりますし、そのようにお願いいたします」


晃の声が、そこで湿った。

「ほんま・・・申し訳ないなあ・・・麗君」

そして麗が理解できないことを言う。

「いや・・・本当は・・・麗様なんや・・・けど・・・」


麗は、叔父晃が、昔から麗が好きではない冗談を言っていると思う。

子供の頃から、抱っこされるたびに、笑顔で「麗様や、麗様や」と、あやされた思い出がある。

そして、その「麗様や」の冗談を、耳にするたびに、母の顔は沈み、父は麗から顔をそむけたことを思い出す。


晃は、そこまで話し、ようやく電話を「ほんまにありがとさん」と終えた。

そして、麗は、実に疲れを覚えた。

食欲もなく、しばらくは放心状態となってしまった。

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