第22話三井芳香は麗を痛めつけようと探しはじめる。

麗はいつもの通り、アパート直近のコンビニに寄った。

あまり食欲が無いので、おにぎりを二つ買う。

「これで全く問題が無い。昨日できなかった読書に励む」

一日の摂取カロリーは総じて500にも満たないけれど、麗は「身体は悲鳴をあげるわけではない」と、全く無頓着。

そのままアパートに入り、さっそく大学図書館で借りた「古代ローマ帝国歴史大全」を読み始めている。



さて、三井芳香は、とにかく麗が気に入らない。

源氏物語研究の権威にして尊敬する日向先生の高い評価、高橋麻央の「学生兼助手にしてもいい」などという自分を飛び越えての評価に対する嫉妬。

それに加えて、昨晩の麗の自分を嫌がるような素っ気なさ、冷たさに腹が立つ。

「今まで、男子学生にそんな態度を取られたことないもの」

「告白されたことも多かった、冷たくお断りするのが、快感でもあったのに」

「それが何?あの麗って子、まるで嫌そうに私を避けて、逃げて」


三井芳香は、腹が立って仕方が無いので、麗の授業を受け持つ高橋麻央に迫った。

「私、麗君のアパートから近いはず」

「だから、直接出向いて引っ張って来ます」

「なので、正確な住所を教えてください、久我山とだけは知っていますけれど」


しかし、高橋麻央の返事は厳しい。

「あのさ、麗君は私が無理やり連れ込んだだけ」

「そのまま、面白いから無理やり料亭まで付き合ってもらったけれどね」

「来週にも講義はあるけれど、またその時に声をかける」

「それとね、あくまでも、麗君の個人情報なの」

「麗君が自ら教えてくれない限り、無理」

「サークルとかに入って仲間になったわけでもない」

「講師にも守秘義務があるの、勝手に教えられません」


三井芳香は、本当に悔しいけれど、高橋麻央の返事は正論。

「そうなると近所を歩いて麗を見つける?」

「学内なら、麗の授業の前後を狙う?」

「うーん・・・そうなると私・・・まるでストーカー?」

「それも、マジで気に入らない、でも、このままでは気持ちがおさまらない」


三井芳香は、この時点で気持ちを固めた。


「何があっても、麗を見つける」

「そして、無理やりでも、私がゲットする」

「ゲットして、振り回して、ひれ伏すまで痛めつける」

「何としても、あの能面の麗の泣き顔を見たい」

「そして泣き顔を笑い飛ばしてやる」

「かつて私が冷たく拒絶した男どものように」


源氏物語の資料を読み始めた高橋麻央には、ただ単に「失礼します、今日は帰宅します」

との一言だけ、自分を見る高橋麻央の顔など見ない。

廊下を歩く足もいつもよりも速い。

そして最寄りの駅から井の頭線に乗り、久我山駅に到着。

自分の家に荷物を置いて、すぐさま外出、麗のアパートを探しはじめた。


しかし、麗が近くに住んでいるとは言っても、三井芳香は、その番地までは把握していない。

そして、4月の夕闇時は、これでなかなか寒い。

三井芳香は、歩きながら麗も歩いてはいないかと探すけれど、そもそも麗が家から出て歩いているという根拠など何もない。

肌寒さの中、30分も歩いて探し回り、結局何の手掛かりもない。

肌寒さだけではない、頭痛も始まってしまった。


「風邪かな・・・あの麗のために・・・」

「この私が風邪?」

「見つけたら絶対にうつしてやる」


そう思って更に歩くけれど、全く見つからない。

結局、歩くのも寒さと頭痛で限界、三井芳香はプライドも健康も麗に崩され、失意の中、自宅に戻るしかなかった。



さて、麗は、三井芳香のそんな動きなどは、知ることもない。

「古代ローマ帝国歴史大全」の内容に魅了され、おにぎり二個は完食。


朝に続いて電話がかかってきた妹の蘭に、「今日も夕食はしっかり食べたよ」と、胸を張って報告をしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る