第21話三井芳香の落胆、日向先生と高橋麻央の麗の評価が実に高い。

麗に逃げられてしまった三井芳香は、かなり落胆気味に、古典文化研究室に入った。

その目も虚ろ、何も考えたくない状態で、ソファに座り込んでいると、高橋麻央が入って来た。


高橋麻央

「あれ?麗君は?来ないの?」

三井芳香は、ムッとした顔。

「逃げられました、すれ違ったのに私の顔なんて、何も見ません」

高橋麻央

「確か昨晩、三井さん、酔いつぶれて・・・」

「それでも、嫌われるほどのことでもなく」

三井芳香

「料亭の女将と仲居と、仲良さげに話していたような気がします」

「私は頭痛でほとんど聞き取れなくて」

高橋麻央

「ふーん・・・仲良さげねえ・・・そんな人当たりがいいタイプではないよ、麗君は」

三井芳香

「地味というか、引っ込み思案というか、心に入り込めない壁がある感じ」

高橋麻央

「心の底は、それほど冷たくはないとは思う」

「頼れば、期待にこたえてくれるとは思うけれどね」


三井芳香は、ようやく思い当たるフシを言う。

「タクシーで迫ったら、身体をずらされました」

高橋麻央

「三井さん、お酒臭かったとか?」

「麗君、香りとか匂いには、敏感そうだもの」

三井芳香は、まだ悔しそう。

「女に恥をかかせるなんて・・・引っぱたきたくなります」


高橋麻央は、少し笑う。

「こらこら、暴行事件はいけません、教師として認められません」

そして三井芳香に問う。

「そこまで三井さんが怒る理由はあるの?」

「麗君に興味を持ってしまったの?」

「年上・・・年下も関係ないけれど」


三井芳香の目がきつくなる。

「じゃあ、高橋先生は、何も感じなかったんですか?あの子の才能のすごさとか深さとか」


高橋麻央は、また笑う。

「うん、それはすごいよ、麗君は、底知れない力量は持っている、何故、それだけの力量を持つかは知らないけれど」

「源氏の話題の中でも、かなりコアな部分をチラリと言う」

「白楽天、天皇家の故事、貴族の風習、日本書記、古事記の神話、万葉とか古今の和歌」

「源氏物語の前の宇津保とか落窪もサラリと、しかもポイントを外していない」


三井芳香は、ため息やら怒りやらで、言葉が止まらない。

「私は、感性だけで勉強しているだけ、そこまで読み込んでいません」

「情けないけれど、それが悔しい」

「あの青白い能面みたいな顔をして、態度が冷たい」

「心配してくれるような言葉を言いながら、それは表面的に過ぎない」

「ただ、酒臭いだけで嫌うって何事です?」


高橋麻央は、その三井芳香の言葉につき合わない。

高橋麻央も三井芳香に呆れたのか、少し話題を変える。

「日向先生が言うのにね、麗君は」


三井芳香の表情がようやく普通に戻る。


高橋麻央は、苦笑する。

「すでに知識と解釈は、講師レベル、つまり私のレベル」

「香料とか、衣服の知識は私を越えているかもしれないとね」


三井芳香の目が丸くなる。


高橋麻央

「日向先生は、何か気がついたみたいなの、麗君の・・・」

「うーん・・・素性とか、系譜っていうのかなあ」

「もしかすると、京都に御縁が深いのかなと、言っておられたの」

「それも、京都の中でも、源氏に深い御縁のある系譜」


高橋麻央は、そこで一呼吸置いた。

「だって、そうでなければ、あそこまで書けないもの」

「なんとか、つかまえておきたいなあ」

「あそこまでの力があれば、学生兼助手でもいいなあ」

三井芳香の嫉妬の目など見ない、高橋麻央は、麗の能面のような顔を、思い浮かべている。

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