女神フィオリナの聖水


 水の流れは水龍となり、水龍はまた水となる。25階層フロアに満ちた水は、だんだんとかさを増し、足首も完全に浸かろうとしていた。

 

「あ、あのぅ……フィオリナたん……そろそろ、水を止めたほうがいいような……」

「一度解き放たれた水龍は止めることはできません」

「え? えと……それはどれくらいの量なのでしょうか???」


 ヒカルはすっかり忘れていた悪い予感が蘇ってくるのを感じていた。


「おおよそ100万ガロとなります」

「100万ガロ? ディアーナ解説!」

「えーっと……ヒカルにわかる数値だと……たぶん約400万リットルかな?」

「いや、ぜんぜん分からんし」

「んーっと……だいたい……25メートルプール約10杯ぶんかな?」

「え? えええええええええ! そ、それだと……」

「うーん、そねえ~このフロア……埋め尽くす勢いね」

「うわああああああ! ったく! なんだよ! どの女神もポンコツなのか!」

「ヒ、ヒカルさん……ご心配なく。わたくし10分以上息が止められますので」

「……いやいやいや、俺は無理だし~俺は死ぬし~そしたらみんな一緒だし~」


 ――ズザザザザザァァアアアア


 水かさはさらに増し、すでに膝上を過ぎ、腿にまで達しようとしている。


「ふ、ふはははははああ愚か者どもめ! ワシは30分は息をせずとも居られるわ! 自滅だなあ~あっはっはっは……は? アテッ! テテテテテッ! な、なんだこの水は!」


 少し高くなったところにいて勝ち誇っていたボーマンだったが、水に触れたとたん、足からジュワッと煙が上がり激痛が走った。


「あ、ボーマンさま、言い忘れました。この水龍の水は、聖水でできておりますので、お気をつけください」

「な、なんだとぉおおおおお! ふ、ふざけるな! た、直ちに止めろ! わ、ワシの負けだ! 止めろ! 止めてくれ~~~~い! うは! やめて! 助けて~~~~」

「うはっぷ……のわわわわわぁああああ」


 ボーマンも、ヒカルも、もちろん、ディアーナもエレナも水龍の起こす洪水に飲まれてしまった。


 ――4/30 

 ヒカル、溺死。


「ですよね~」


 溺死は苦しい。そう思っていたヒカルだったが、フィオリナの聖水に満たされたおかげでまるで光に包まれていいるように昇天。なんだかすがすがしい気持ちにさえなって復活していた。

 しかし――


「フィオリナたん! あれ? 息止めてられるんじゃなかったの?」


 そう、フィオリナは意識を失っていた。

 

「こ、こういう時は……あれだよな? じ、人工呼吸だよな? ふ、不可抗力だよな? い、いただきまーす」


 ――パコンッ


 ヒカルがまさにフィオリナに覆いかぶさろうとしたとき、目覚めたディアーナに頭をたたかれた。


「んなことする前に、はやく刻印消しなさいよ。フィオリナっち起きちゃうでしょーが!」

「あ、ああ~そうだったそうだった」


 ヒカルがフィオリナの胸の刻印をふき取った瞬間、ビクンっと体が痙攣し、フィオリナは目を開いた。瞬間、ヒカルの体が反応し、飛びのいた。


「あ、危なかった……またぶっ飛ばされるとこだったぜ。で~ボーマンさんよー」


 ヒカルは周囲を見回してボーマンを探した。が、見つけたのは昨日の夜のオヤジだった。


「あ、あれ? れれれ? おやっさんどーしたの? てか、ボーマン? なんでその姿に???」

「だ、だからダメだって言ったんだ。聖水は、聖水だけは、素の姿をさらけ出してしまう! こ、こんな姿を見られたら、威厳もなにもありゃしない! チキショウ~チキショウ! チキショウ! チキショウ! こ、こーなったら死んでやる!」

「は~あ? 乙女かよ。 ボーマンのおっちゃん、人生、悪いことばかりじゃねーよ。生きてりゃあ良いことだってあるぜ。なーに、ちょっとすれば、回復……するんだろ? その姿のことは黙っててやるから、な? がんばれよ!」

「お、おお。小僧! オマエ、いいやつだな! よし、通れ、20階層までの通行許可パスをくれてやる」


 こうしてひとつの戦いが終わった。しかし、ヒカルは知らなかった。これからが戦いの本番だということに……



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る