十五曲目『強欲の研究者』
「__ここ、は?」
フェイルが指を鳴らした時、ボクたちは黒い渦に飲み込まれた。多分あれは、アスカさんが使っていた転移魔法と同じものだろう。
周りを警戒しながら、ベースを構える。どうやら、ボク一人だけのようだ。
「みんなバラバラにされたみたいだね」
そう呟きながら、飛ばされた場所を見渡すと__ここは、資料室みたいだ。
白を基調とした広い部屋にはズラッと綺麗に本棚が並べられ、本も綺麗に収まっている。
整理整頓が施されたこの資料室は、初めて来るところだ。城のどこかにある部屋だとは思うけど、城で生活していた時にはこんな部屋は来たことがない。
そこで、正面に人の気配を感じた。
「……おや、客人とは珍しいですね」
資料室の奥、広い空間が広がっている一角に、ひょろっとした長身の男が椅子に座っている。
緑色の長髪の丸眼鏡をかけた、白衣を着たその男は読んでいた本を閉じると、目の前の丸テーブルに置いてから柔和な笑みを浮かべてボクに声をかけてきた。
初めて見る人だ。それに、どこか
警戒を解かずにその男にベースの銃口を向けると、男は小さく笑みをこぼして丸テーブルに置いてあったカップを手に取った。
「おやおや、そんな無粋な物は下げて頂けませんか? ここは資料室、戦う場所ではありませんよ? そうですね、ご一緒に紅茶でもいかがですか?」
そう言って男はカップを口元に持っていき、優雅に紅茶を飲み始める。
今のところ敵意は感じられないし、嘘を吐いている訳でもない。
だけど、それが逆に不気味でさっきから感じている違和感が深くなってきた。
とは言え、ここでこちらから攻撃する訳にもいかない。仕方なく、ベースを下ろしてから男に歩み寄る。
「……あなたは、誰ですか?」
男から少し離れた位置で止まってから、問いかける。
すると、男は頬を緩ませながら口を開いた。
「あぁ、そうでした。まだ自己紹介がまだですね。初めまして、私の名前はノレッジ。マーゼナル王国で研究員をしている者です」
ノレッジ……聞いたことがない名前だ。
だけど、マーゼナルで研究員をしているということは、ほぼ間違いなく闇属性側の人間だろう。
それに、わざわざフェイルがただの研究員のところに飛ばすはずがない。
つまり、この人は__敵だ。
「初めまして、ノレッジさん。ボクは真紅郎と言います。それで、あなたは闇属性陣営の人ですよね? フェイルにボクと戦うように言われたんじゃ……」
「そう! 闇属性! 闇属性ですよ!」
突然、ノレッジは勢いよく立ち上がり、両手を広げて天を仰ぎ始めた。
さっきまでの柔和な笑みが、欲望に満ち溢れた歪んだ笑みに変わっている。
「闇属性! 全てを飲み込む、意思を持った属性! あぁ、素晴らしい! 既存の魔法体系とは一線を画した、まさに未知! そして、偉大なる存在!」
ノレッジは声高々に闇属性の素晴らしさを語りながら、自分を抱きしめるように両腕を体に回した。
目は虚ろで、顔を紅潮させながら恍惚な表情を浮かべ、口からはヨダレが滴っている。
「私は未知を探究する研究者! 私が知らない事柄が、この世界にはまだまだまだまだ多くある! あぁ、なんてなんてなんて素晴らしい! 私の知識欲が、全てを知りたがって止まらない! 止まれない! 止めたくない! 止めようとも思わない!」
語るにつれてどんどん興奮していくノレッジは、その場で踊るようにグルグルと回り始めた。
「闇属性は偉大で素晴らしい存在! 私にこの世界の隠された真実を、まだ見ぬ知識を与えてくれた! しかも、それだけじゃない! 闇属性は私に、
ノレッジが言う異世界は、ボクたちの世界のことだろう。
闇属性はこの世界だけじゃなく、ボクたちの世界までも手中に収めようとしている。その甘言に、ノレッジも乗ったみたいだ。
すると、ノレッジはピタリと止めて天井に向かって手を伸ばした。
「あぁ、異世界。見たこともない別の世界。私の知らない知識、異世界の知識! 素晴らしい、素晴らしいすばらしいスバラシイィィィッ! 欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい! 知識を、異世界の知識を、その全てを、私は知りたくて知りたくて知りたくて仕方がないッ! この世界を犠牲にしても、他人を生贄に捧げても、我が身を賭しても! 必ず欲しい! あぁ、欲望が、知識欲が止まらない! 止まらない止まらないトマラナイィィィッ!」
頭を抱えながら長髪を振り乱し、目に狂気を宿したノレッジはおもちゃを欲しがる子供のように暴れ回る。
最後に大きく仰け反りながら叫んだノレッジは、スッと上体を戻すと__目を丸くしながら、ボクを見つめた。
「……おや、客人とは珍しいですね。初めまして、私の名前はノレッジ。マーゼナル王国で研究員をしている者です」
ゾワリ、と寒気を感じた。
そうか、最初に感じていた違和感は、
ゴクリと息を呑んでから、ベースの銃口をノレッジに向けて睨みつける。
「__あなたは知識欲という欲望に、その強欲に狂っている」
このノレッジという男は、間違いなく狂人だ。
だけど、自分では狂っている自覚がなく、まるで常人だと言いたげに自然に振る舞っている。
それこそが、ボクが感じていた違和感。
ノレッジは自然に振る舞おうとしてもその身から漏れ出した狂気を、無自覚に嘘を吐いて隠そうとしている。
嘘を見抜けるボクだからこそ、感じる物だろう。
すると、ノレッジは思い出したようにポンッと手を鳴らした。
「あぁ、そうでしたそうでした。たしか、あなたは真紅郎でしたよね? フェイルから命令されていたんです__キミを、ここで殺すようにと」
ノレッジは「ですが」と首を横に振る。
「キミは私が求めている、異世界の住人。ここで殺すのはもったいない。非常にもったいない。貴重な情報源を自分の手で殺めるなど、研究員としてあるまじき行動。そうは思いませんか?」
そう言ってノレッジはため息を漏らすと、丸眼鏡を指で押し上げながら__狂気に染まった目を向けてきた。
「なので、キミはここで殺さずに捕らえます。そして、異世界について色々と教えて頂きます。あぁ、黙秘権はありませんよ__あらゆる手段を使ってでも、話して頂きますので」
丸テーブルに置いていた本を手に取ったノレッジは歩き出し、本棚に向かった。
本棚の前に立ったノレッジが手に持っていた本を本棚に押し込むと、ガタガタと周りの壁や本棚が動き出す。
そして、重い音を立てながら本棚は床に沈み込んでいき、壁が反転して無数の鏡が現れた。
本棚が並んでいた資料室は一転して、鏡張りの部屋に変貌する。
「何を……?」
「さて、始めましょうか」
ノレッジはそう言うと、指揮者のように右手をクイッと動かした。
すると、壁の鏡が動き出し、無数の鏡が空中を舞い始める。
鏡はノレッジを守るように空中に浮かぶと、その場で動きを止めた。
「真紅郎、でしたね? 私は
「……はい?」
この場から動かないって、どうやって戦うつもりなんだろうか?
そう考えていると、ノレッジは椅子に腰掛けて優雅に紅茶を飲み始めた。
戦うつもりなんだろうけど、ノレッジからは戦意も敵意も感じられない。本当に、その場から動かないつもりみたいだ。
「だったら、お言葉に甘えて__ッ!」
だけど、関係ない。敵なことには変わりない。
早いところノレッジを倒して、みんなと合流しよう。
銃口をノレッジに向けたボクは、指で弦を弾き鳴らして魔力弾を放った。
放った三つの魔力弾は、一直線にノレッジに向かっていく。
「その程度ですか?」
そのまま直撃する前に、ノレッジはつまらなそうに呟いてボクの方を見ないまま、右手をクイッと動かした。
すると、空中に浮かんでいた無数の鏡がノレッジを守るように動き出す。
ボクが放った三つの魔力弾は鏡に阻まれ、防がれた__と、思っていた。
「なッ!?」
三つの魔力弾は鏡に当たった瞬間、爆発することなく
それぞれ別方向に跳ね返された魔力弾が、また別の鏡に当たるとボクの方に飛んできた。
慌ててその場から横に飛び込むと、さっきまでボクがいたところに正確に魔力弾が通り過ぎ、床に着弾して爆発する。
ゴロッと受け身を取ってからすぐにベースを構え直すと、頬に冷や汗が流れた。
「なるほど……その鏡は、魔法を反射するんですね?」
「ご明察。中々、頭の回転が速いようです。なら、分かりますね……キミの攻撃は、私には当たらないということが」
紅茶を嗜みながらノレッジは頬を緩ませる。
この人は、ボクにとって相性が最悪の敵だ。
すぐに思考を巡らせ、どう戦うのか作戦を考える。
そして、ボクは弦を弾き鳴らして魔力弾を放った。
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