五曲目『宣戦布告』

 突然現れた大軍に、黒い騎士と闇の兵士たちが動きを止める。

 さすがにこの人数を相手に、すぐに向かってくることはなさそうだ。

 するとそこで、アスワドが鼻を鳴らす。


「ハンッ、来ないなら好都合だ。おい、赤髪」

「ん? どうし__ッ!?」


 アスワドは俺を呼ぶと、襟首を掴んできた。

 何を、と言う前にアスワドはグッと俺を持ち上げる。


「うぉりゃあぁぁぁッ!」

「え、えぇぇぇぇぇぇぇッ!?」


 そのまま投げ飛ばされた俺は、一気に後ろへと宙を舞った。

 ギリギリで受け身が間に合った俺は、いきなり投げてきたアスワドに向かって叫ぶ。


「おい、アスワド! いきなり何をするんだ!?」

「あー、聞こえねぇー」

「この……ッ!」


 俺の怒鳴り声にアスワドは小指で耳をほじくっている。

 その態度にイラッとしていると、レイドが声をかけてきた。


「タケル、貴殿たちは戦いでかなり疲弊しているだろう? 一度、旗艦の機竜艇に乗るんだ」

「旗艦……ベリオさんが乗ってる機竜艇のことか?」


 俺の問いにレイドが頷くと、ベリオさんが操っている機竜艇からワイヤーが降りてくる。

 ワイヤーは俺だけじゃなく、やよいたちの方にも降りていた。

 レイドは機竜艇を見上げると、頬を緩ませる。


「これに捕まれば、巻き上げてくれる。そこで、司令長官・・・・に会ってくるんだ」

「司令長官? うぉッ!?」


 司令長官って誰なのかと聞こうと思ったけど、ワイヤーを掴んだ瞬間に勢いよく巻き上げられて最後まで聞けなかった。

 そのまま俺とやよいたちはワイヤーに巻き上げられ、機竜艇の内部に飛び込む。

 すると、そこでは髭面の屈強な男たち__ドワーフ族が待っていた。


「おぉ、来たな来たな!」

「おら、すぐに操舵室に向かえ!」


 ドワーフ族に背中を押され、俺たちは操舵室へと向かう。


「おぉ、来たな馬鹿ども。おら、早く入れ」

「タケル兄さんたち、すぐに入って! あまり時間はないよ!」


 そこで待っていたのは、舵輪を握るベリオさんと景気を確認しているボルク。

 そして、もう一人の姿。


「__待っていましたよ、皆さん」

「ミリア!?」


 フワフワとした金髪の少女、ヴァべナロスト王国の第一王女。

 ミリアが、中央の椅子に座っていた。

 非戦闘員のミリアが機竜艇に乗っていることに驚いていると、ミリアはやれやれと呆れたようにため息を漏らす。


「まったく、皆さんは本当に無謀ですよ。私たちが間に合わなかったら、どうなっていたことか……だから止めたというのに」


 闇属性が動き出して時間の猶予がないと判断した俺たちは、単独でマーゼナルに向かった。

 それをミリアは止めようとしたけど、俺たちは制止を振り切り……結局、何も出来ずに撤退を余儀なくされた。

 ぐうの音も出ないほどの正論に黙り込んでいると、ミリアはクスッと小さく笑みをこぼす。


「ですが、それでこそタケル様たちとも言えます。とにかく、今は傷ついた体を癒しましょう。ボルクさん、お願いします」

「はいよ! はい、タケル兄さんたち、これを飲んで!」


 ミリアに言われてボルクが俺たちに手渡したのは、緑色の液体が入った瓶。


「ヘイ、これって<ポーション>か?」


 ウォレスの言葉に、ミリアは静かに頷く。

 ポーションはヴァべナロストで作られている、<アレルイヤ>と言う花を使った怪我を治す薬だ。

 肯定したミリアに俺たちは目を見開いて驚き、真紅郎が口を開く。


「でも、アレルイヤの花は……」

「はい、ほとんどを焼かれてしまいました。そのポーションは数少ないアレルイヤの花を薄めて作っていますので、通常のポーションよりも回復量は少ない簡易・・ポーションと言える代物です」


 ミリアの説明を聞いてから、俺たちは簡易ポーションを飲み干す。

 すると、戦いで受けた傷が治っていき、疲労もだいぶ回復した。

 これで簡易か、と驚いていると、ボルクが俺たちそれぞれに一本ずつ簡易ポーションを手渡してくる。


「皆さんに一本ずつ、それと下にいる六聖石とシリウスさん、ユニオンマスターと各連合の隊長にお渡しています。本当なら、全員にお渡ししたかったのですが……」

「いいのか、貴重なポーションを俺たちにも」

「もちろんですよ。皆さんはこの戦いにおける、最重要人物ですから」


 そう言うことなら、と俺たちは魔装の収納機能で簡易ポーションを仕舞う。

 そこでふと、ずっと気になっていたことをミリアに聞いた。


「なぁ、ミリア。みんなはどうやってここまで来たんだ? 援軍が集まるのに二日はかかるって聞いていたのに……」


 闇属性が動き出し、戦うために人を集めようとしたけど二日はかかると言われた。だから、俺たちは先に闇属性を叩こうと飛び出した。

 それが、一日も経たずにこうして大軍が集まっている。しかも、魔力の渦を通って。

 すると、ミリアは頬を緩ませながら答えた。


「それはですね、ある魔女様・・・が手を貸して下さったんです」

「魔女様……って、もしかして先生!?」


 魔女と聞いて、すぐに誰なのか察した。

 それは、ハイエルフ族の魔女。アスカさんの師匠にして、俺を助けてくれた人だ。

 ミリアは頷くと、思い出したように口を開く。


「そうでした、魔女様から伝言です。『世界の観測者の私は、直接戦いに関与することは出来ない。けど、このぐらいなら手を貸すわ。タケル、頑張りなさい。元の世界に戻るついでに、この世界も救うと言ったのだから』と、言っていました。長年の研究でようやく習得した、<転移魔法>の実験も兼ねてだけど、とも」

「先生……」


 身に纏っている、先生から貰った真紅のマントを握りしめる。

 先生が転移魔法を使って、みんなをここまで転移させてくれたようだ。

 素直じゃない先生に思わず笑みをこぼしていると、ミリアは頭にケーブルが伸びている機械のようなものを被る。

 すると、操舵室の真ん中にある羅針盤が動き出し、映像が空間に投影された。

 映像に映し出されているのは俺たちが乗っている旗艦の機竜艇と、四隻の機竜艇。さらに、下にいる大軍と敵軍の姿。

 そこで、計器を確認していたボルクがミリアに声をかける。


司令長官・・・・、映像は問題なく届いていますか?」

「えぇ、大丈夫です。しっかりと見えています・・・・・・


 今、ボルクはミリアのことを司令長官と呼んだ。

 さらに、ミリアは瞼を開き、光を通さない盲目・・翡翠色の瞳で映像を見ていた。


「し、司令長官? み、ミリアが?」


 目をパチクリとさせながら聞くと、ベリオが鼻を鳴らしながら答える。


「あぁ、そうだ。そこのおてんば王女は、機竜艇艦隊および下にいる全軍の総指揮・・・・・・だ」

「そうだぜ! 魔力を見ることが出来る王女様の力と、俺が作ったこの羅針盤! 羅針盤の映像を機械を通して頭で見て、魔力感知で全体の指揮を取って貰うんだ!」


 ミリアは盲目の代わりに、魔力を見ることが出来る。その力を、羅針盤と合わせることによって、全体を見渡せるようになったみたいだ。

 口をあんぐりとさせて驚いていると、ミリアはクスクスと小さく笑う。


「私が出来ることは、このぐらいしかありません。ですが、私はこの力で皆さんの__タケル様の、お力になれればと思っています」

「ミリア……」


 ミリアは微笑みながら、真剣な眼差しで俺を見つめた。

 献身的なミリアに俺は思わず俯く。

 俺は、ミリアに告白されて断った。それでも、ミリアは俺のために戦ってくれる。

 少しばかり罪悪感のようなものを感じていると、察したのかミリアは首を横に振った。


「いいんです、タケル様。例えこの恋が叶わなかったとしても、私はタケル様のことが好きです。そして、この世界が大好きです。だから、私は戦います。大好きな人と、大好きな世界を守るために」


 真っ直ぐなミリアの想いに、俺はパチンと頬を叩く。

 そして、頬を緩ませて笑みを浮かべた。


「ありがとう、ミリア。俺たちと一緒に、戦ってくれ」

「__はい!」


 俺の言葉に嬉しそうに返事をするミリア。

 すると、やよいが後ろから肘で突いてくる。


「痛ッ!? な、なんだよ」

「ここにいるのは二人だけじゃないんですけどー?」 

「ハッハッハ! やよい、嫉妬ジェラシーかよ、おぐッ!?」


 やよいは俺をジト目で睨むと、茶化してきたウォレスの腹部に拳をめり込ませた。

 がっくりと膝を着くウォレスに、真紅郎とサクヤは呆れたように肩をすくめ、キュウちゃんはため息を吐く。

 いつも通りのみんなに笑みをこぼしていると、下で動きがあった。


「__闇属性! 聞いてるんでしょ!?」


 ビリビリと声を張り上げたのは、レイラさんだ。

 レイラさんは城にいる闇属性に呼びかけると、怒りに染まった顔で叫ぶ。


「私の旦那を勝手に操って、私たちを追いやって! よくもやってくれたわね! 旦那も、大事な娘も、この国も! 全部返して貰うから覚悟してなさい!」


 レイラさんがそう宣言すると、黒い騎士たちが同じ声で一斉に笑い出した。


「く、クククッ。レイラ、哀れな女よ。わざわざそれを言いに、こうして命を無駄にしに来たのか」

「闇属性……ッ!」


 闇属性の声に、全員が武器を構えて警戒する。

 だけど、闇属性は何もしないでただクツクツと嘲笑していた。


「たかだか三千ほどの兵で我と戦おうとは……まったくもって、哀れな奴らよ」


 すると、敵陣営の地面から闇属性の魔力が吹き出す。

 そこから現れたのは、新たな黒い騎士。

 いや、それだけじゃない……黒いヘドロで作られた四足歩行の人型、狼、上空に飛び上がったワイバーンや鳥型など、さまざまなモンスターが現れる。

 一気に兵力を増やした闇属性陣営に、羅針盤を通じて魔力で感知したミリアは唇を噛んだ。


「敵兵力増大、その数__一万・・

「い、一万だって……ッ!?」


 俺たちが減らした以上に、闇属性は兵力を増やしている。

 あまりの数に驚いていると、闇属性は震え上がるような高笑いを響かせた。


「クハハハハハッ! どうする哀れな生物たち! この数を相手に勝てるとでも思っているのか!? そして__タケル!」


 黒い塊が蠢いているかのように数を増やした敵に、全員が圧倒されている。

 すると、闇属性が俺の名前を叫んだ。


「お前は先程、旅を通じて結んできた絆の力が武器だとのたまっていたな? そのような目に見えないようなものを武器だと、それで勝てると思っている哀れな考え__まったく、本当に度し難い」

「なんだと……ッ!」


 ギリッと歯を鳴らして、俺は操舵室から飛び出した。

 俺の後を追って、やよいたちも走る。向かった先は、機竜艇の甲板だ。

 甲板から闇属性がいる城を睨みつけていると、闇属性は地獄の底から這い上がってくるかのような低い声で呟く。


「__何が絆だ、馬鹿馬鹿しい」


 闇属性は苛立たしげに嘲笑いながら、鼻を鳴らした。

 そして、闇属性の敵軍がザッと一歩前に出る。


「見よ、この兵力差を! お前の言う絆の力とやらで、これらに勝てると本気で思っているのか!? だとすれば、救いようのない馬鹿だ! そんな馬鹿に命を賭けようとする無様なこいつらも救いようがない!」


 闇属性の言葉に呼応されるように、敵軍がまた一歩前に出る。


「せめてもの救いを、我が与えてやろう! 全てを飲み込む闇の中で、馬鹿な自分を反省する機会を! 無駄な行いをした愚かさを呪う時間を与えてやろう! 喜べ、有象無象の馬鹿どもよ!」


 闇属性はそう宣告すると、敵陣営からどす黒い闇の魔力が噴き出した。

 全てを飲み込む圧倒的な絶望を前に、伝声管からミリアの声が響き渡る。


「__全軍! 例の秘薬・・・・を!」


 すると、下にいた全員が懐から一本の瓶を取り出した。

 目を凝らすと中身は、赤い半透明の液体。


「あれはまさか__ッ!」


 間違いなく、その液体は闇属性の同化から守る薬。

 闇属性に対抗出来る薬だけど、飲めば二度と魔臓器の成長出来ない__未来の可能性を・・・・潰す副作用がある。

 だけど、みんな一斉にその薬を飲み干し、瓶を地面に叩きつけた。


「そんな……そんなことしたら、みんなもう……」


 その光景を見て、やよいは唖然としている。

 いや、やよいだけじゃなく甲板にいる全員が唖然としていた。

 すると、伝声管からミリアの声が響く。


「ここにいる全員が、覚悟を持ってこの戦いに臨んでいます。副作用のことを知ってもなお、全員が自分で選択しました。これで、心置きなく戦えます」


 闇属性の侵食、同化から身を守るには、薬を飲むしかない。

 例え未来の可能性を潰すことになっても、自分たちが住む世界を守るために__全員が、自分で薬を飲み干した。

 すると、セルト大森林連合の中で、ケンタウロス族のケンさんが前に出る。


「__我ら誇り高き戦士、ケンタウロス族とエルフ族! 我らが肉体は戦うためにあり!」


 ケンさんが高らかに声を張り上げると、ケンタウロス族たちが一斉に蹄で地面を踏む。

 腹に響く重い音が響くと、続けてエルフ族の少年、リフが続けて声を張り上げた。


「__我らが武器は敵を屠るためにあり!」


 すると、ケンタウロス族に乗っていたエルフ族が杖や剣を掲げる。

 そして、ケンさんとリフは同時に叫んだ。


「__我らが心は、守るためにあり!」


 ケンタウロス族、エルフ族が同時に左胸を右拳でドンッと強く叩く。

 最後に、ケンさんは甲板にいる俺たちを見上げてから、ニヤリと笑った。


「__助けるのに理由はいらず! 叫べ! この場にいる歴戦の戦士たちよ! 戦場に赴く誇り高き戦士たちよ! 諸君らの雄叫びと覚悟は、眼前に立つ一万の敵をも怯ませるであろう!」


 ケンさんの叫びに、戦場にいる全ての味方陣営が鼓舞され、雄叫びを上げながら武器を構える。

 すると次は、シリウスさんが声を張り上げた。


「正義のために戦うユニオンの者たちよ! 世界を守るためにこの場に立つ全ての者たちよ! 我らは共に戦う同志にして、一人一人が当千の力を持つ強者だ! 恐れることはない!」


 その言葉に、また雄叫びが上がる。

 今度はレイラさんが声を張り上げた。


「騎士たちよ! 家族を守るため! 故郷を守るため! 魔法を、剣を、槍を、銃を持って戦え! 我らの力を見せつけてやれ!」


 また、雄叫びが上がる。

 闇の魔力を噴き出している敵軍に負けずに、味方陣営から眩い様々な色の魔力が虹のように噴き出した。

 全てを飲み込む黒色と、全てを照らす虹色。せめぎ合うように向かい合う両陣営。 

 その光景を見て感動に胸を打っていると、ミリアが俺を呼んだ。


「タケル様__宣戦布告を」


 鼓動が速くなる。魂が燃え、歓喜している。

 魔装を剣に変え、切っ先を甲板に突き刺しながら、柄の先に取り付けていたマイクを口元に持っていく。

 そして、ゆっくりと深呼吸してから__マイクに向かって、声を張り上げた。


「__ハロー、闇属性! 何がせめてもの救いを与える、だ! 神様気取りで調子に乗ってんじゃねぇ!」


 マイクを通した俺の叫びが、戦場に轟いていく。


「絆の力が馬鹿馬鹿しい!? お前のやろうとしていることの方が、百万倍も馬鹿馬鹿しいぜ! お前こそ、見てみろ!」


 腹から声を出し、人差し指を闇属性がいる城に向かって伸ばす。

 

「一万の兵力? 全てを飲み込む闇の力? くだらねぇ! そんな独りよがり・・・・・の力で、俺たちに勝てると思ってんのか!? それこそ、度し難いほど愚かな考えだな!」


 俺の言葉に、闇属性の魔力の力が強まった。

 まるで怒り狂っているかのように蠢く黒い魔力に、俺は鼻を鳴らす。


「この世界は滅ぼさせねぇ! 俺たちの世界も手を出させねぇ! お前の目論見なんて、俺たちの力でぶっ飛ばしてやる!」

「思い上がったな、矮小な人間がぁ……ッ!」


 怒りを露わにしながら、闇属性が呟く。

 だけど、怒ってるのはこっちの方だ。


「__お前が始めた、このくだらない戦争に! 俺たちと、ここにいる全員をひっくるめた__Realizeが、音楽と絆の力を轟かせてやるよ!」

 

 これから始まるのは、世界の命運を賭けた戦争。

 闇属性が始めた、このくだらない戦争を__音楽と絆の力でぶっ壊してやる。

 俺は思い切り息を吸い込み、魂の底からマイクに向かって声をぶつけた。


「__Realize!」


 さぁ、始めよう。

 最初で最後の、大舞台だ。

 全力で、全員の力で、闇属性を__ぶっ飛ばせッ!


「__俺たち最高ウィーアーロック!」

『__イェアァァァァァァァァァァァァァッ!』


 俺の渾身の叫びを合図に、雄叫びを上げた味方陣営が走り出す。

 同時に、敵陣営も走り出した。

 走り出した両陣営は徐々に近づいていき、戦場の中央でぶつかり合う。


 本当の最終決戦が、始まった。



 

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