三曲目『突きつけられる無力感』

 俺たちが動き出すのと同時に、取り囲んでいた黒い騎士たちが統率の取れた動きで槍を構え、一斉に突き出してきた。

 襲いかかる無数の槍に、俺は一瞬で光属性の魔力と剣身を一体化させ、一息で薙ぎ払う。


「__レイ・スラッシュ!」


 放った白い三日月型の斬撃と、無数の槍がぶつかり合う。

 闇属性の魔力で構成されていた槍は白い斬撃が当たった箇所から、溶けるように霧散していった。

 だけど、あまりの物量に全てを消し去ることは出来なかった。


「ちく、しょう!」


 斬撃から逃れた槍を、姿勢を低くしながら避ける。

 そのままバックステップすると、すれ違うようにウォレスが駆け出した。


「__ドォリャアァァァァッ!」


 ウォレスは雄叫びを上げると、突き出されていた一本の槍を手で掴む。

 槍をメキメキと音を立てながら握りしめ、そのままその場で回転した。

 そして、槍を手放さそうとしない黒い騎士ごとグルリとぶん回し、他の黒い騎士にぶつけるように投げ放つ。

 すると、槍を握っていたウォレスの手が、ジュウッと焼けるような嫌な音を立てていた。


「アチチチチチッ!?」

「馬鹿野郎!? 槍は闇属性の魔力で出来てるんだ! 生身で触れば、侵食されるぞ!?」


 煙を手を熱そうに振っているウォレスに叫ぶと、ウォレスは熱さを堪えながらニヤリと不敵に笑ってみせる。


「ハッハッハ! 問題ねぇノープロブレム! 忘れたのか? オレがメディスンを飲んだのをよぉ!」

「薬……そうか、ライラック博士の薬!」


 自信満々にしているウォレスに疑問に思っていると、薬と聞いて思い出した真紅郎が声を上げた。


 そして、俺も思い出す。ウォレスが飲んだ__闇属性から身を守る薬のことを。


 闇属性の犠牲者。やよいの親友、シランの父親のライラック博士と旦那のジーロさんが作り上げた薬。

 それは、魔法を使う上で重要な器官の<魔臓器>を膜で覆うことで、闇属性の同化から身を守ることが出来る。

 副作用として、魔臓器の発達が阻害されて成長が見込めなくなるけど__ウォレスは自分から、その薬を飲んでいた。


「ハッハッハ! だから、オレには闇属性は効かねぇんだよ!」


 ウォレスはそう叫ぶと、一気に黒い騎士の軍勢に向かって飛び込む。

 突き出される槍を躱し、魔力刃でいなしながら懐へと入ると、ドロップキックをかましていた。

 蹴り飛ばされた黒い騎士を避け、別の騎士が槍を突く。どうにか避けたウォレスだけど、浅く頬を裂かれた。

 その傷からまた、焼けるような音と共に煙が上がる。


「アッチィ!? このぉ!」

「無茶だよ、ウォレス! 闇属性の同化からは薬で守られるだろうけど、皮膚や肉体までは守ってくれない!」


 闇属性によって皮膚に火傷を負っているウォレスに、真紅郎が必死に止めようとする。

 薬の効果で魔臓器は膜で覆われているから、闇属性に同化されることは防げるだろう。

 だけど、外側__皮膚や肉体へのダメージは、防ぐことが出来ていなかった。

 このまま受け続ければ全身に火傷を負い、最悪死にかねない。

 すると、ウォレスは真紅郎の制止を無視して走り出した。


「ウォレス!?」

「こうするしか、方法がねぇだろ!」


 また真紅郎が止めようとすると、ウォレスは怒号で黙らせる。

 そして、突き出された槍を掴み、手のひらの皮膚を焼かれながら声を張り上げる。


「闇属性に抵抗出来るのは、光属性を持ってるタケルと……メディスンを飲んでるオレだけだ! タケル一人に任せる訳にはいかねぇ! だったら__ッ!」


 ウォレスは掴んだ槍を黒い騎士ごと地面に叩きつけ、倒れている黒い騎士を踏みつけて鎧を砕く。

 煙を上げる手のひらを強く握りしめたウォレスは、歯を剥き出しにして熱さを我慢しながら、覚悟を決めたような表情で俺たちを見据えた。


「__オレが! 体張って前に出ねぇと、いけねぇだろうがよ!」


 薬を飲んでいるのは、ウォレスだけ。だからウォレスは自分から、例え肉を焼かれても前に出ると決めていた。

 光属性を持つ俺一人に負担をかけないように、薬を飲んでいない真紅郎たちを守るために。

 ウォレスの覚悟を知った真紅郎は、悔しそうに歯を食いしばる。


「__タケル! ウォレスの援護を!」

「分かってる!」


 その覚悟に答えないのは、男じゃない。

 止めたい気持ちをグッと堪えながら指示を出す真紅郎に、俺は前に出ながら返事をした。

 最前線で黒い騎士の軍勢を一人で抑えているウォレスを助けようとすると、高くジャンプした闇の兵士たちが俺に襲いかかってくる。

 全体重を乗せて振り下ろされた剣を避け、負けじと剣を薙ぎ払う。


「くッ!?」


 だけど、薙ぎ払った剣は別の闇の兵士の剣によって防がれてしまった。

 矢継ぎ早にまた別の闇の兵士が襲い掛かろうとして、真紅郎の放った魔力弾に阻まれる。


「このぉ! キャッ!?」

「やよい、危ない……ッ!」


 やよいが斧を振り下ろそうとすると闇の兵士が剣を振り、斧を弾いた。

 闇の兵士に邪魔され、やよいがバランスを崩す。その隙を狙って襲い掛かろうとする闇の兵士を、直前でサクヤが殴りつけた。

 だけど、サクヤの攻撃を闇の兵士は手のひらで受け止める。


「……離せ!」


 掴まれた拳を振り払い、後ろ回し蹴りを放つサクヤ。

 まともに蹴りを喰らった闇の兵士は、自分から後ろに飛ぶことで衝撃を殺した。

 そして、着地と同時に地面を蹴り砕きながら、サクヤに向かって切っ先を突き放つ。


「……くッ!」


 どうにか避けたサクヤは後ろに飛び、やよいの隣で拳を構える。

 二人を助けに行きたくても、他の闇の兵士によって邪魔された。


「この、どけよ!」


 闇の兵士と鍔迫り合いになりながら、怒鳴りつける。

 だけど、闇の兵士は無言で無表情のまま俺と鍔迫り合いを続けていた。


「力が、強い……<ア・カペラ!>」


 徐々に押し返されそうになった俺は、ア・カペラを使う。

 体から音属性の魔力が吹き出し、強化された力で闇の兵士を弾き飛ばした。

 そのまま紫色の魔力の尾を引きながら、一気に闇の兵士たちへと駆け出す。


「__このぉ!」


 剣で防いでくる闇の兵士を、力任せに剣で薙ぎ払う。

 向かってくる剣を避け、襟首を掴んで地面へと叩きつけながら、ウォレスの元へと急いだ。

 するとそこで、盾を構えた黒い騎士の軍勢が道を阻む。


「邪魔だって、言ってんだろぉぉぉッ!」


 怒声を上げながら、構えられていた盾に思い切り剣を叩きつけた。

 硬い感触に顔をしかめた俺は、そのまま盾を掴む。

 そして、地面を蹴って黒い騎士の軍勢を飛び越えた。


「あぐッ!?」


 だけど、飛び上がった俺の足を闇の兵士が掴み、顔から地面に落とされる。

 しかも、俺の足を掴んでいた闇の兵士が、俺をウォレスに向かって投げ飛ばした。


「がッ!?」

「うぉッ!?」


 投げられた俺はそのままウォレスにぶつかり、地面を転がる。

 慌てて体を起こすと、地面に倒れる俺とウォレスに向かって黒い騎士たちが槍を振り上げているのが見えた。

 __マズイ。咄嗟に反応しようと思ったけど、間に合わない。

 突き出された槍に思わず目を閉じると、上空からセレスタイトの雄叫びが聞こえた。


「__キュルオォォォォォッ!」


 セレスタイトは空中で身を翻し、長い尻尾を薙ぎ払う。

 尻尾は俺とウォレスを槍で貫こうとしていた黒い騎士の軍勢を、一撃で吹き飛ばした。


「サンキュー! セレスタイト!」「キュルゥ! キュルッ!?」


 助けてくれたセレスタイトにお礼を言うと、気にするなと言わんばかりに鳴く。

 すると、一体の大きな黒い影がセレスタイトに体当たりをしてきた。

 セレスタイトは驚きながら吹っ飛び、翼を羽ばたかせて堪える。

 そこにいたのは……セレスタイトに似た、黒いドラゴンだった。


「キュルルル……」

「グルルルル……」


 それはまるで、セレスタイトが生まれ変わる前の姿__<災禍の竜>と呼ばれていた時の姿に酷似している。

 闇属性の魔力で構成された、刺々しい漆黒の甲殻で覆われた体と同色の鱗を纏った逞しい四肢。

 大きな両翼と太く長い尻尾、意思を感じられない血のように赤い瞳。

 体格は互角。青白色のセレスタイトと漆黒のドラゴンは、空中で睨み合った。


「__キュルォォォォォォォォンッ!」

「__グルゥオォォォォォォォンッ!」


 そして、空中で相対したセレスタイトとドラゴンは、同時に雄叫びを上げる。

 ビリビリと空気を震わせる咆哮を合図に、二体は絡み合うように戦い始めた。

 交錯するように飛び、すれ違い様に爪や牙を突き立てようとする。長い尻尾がぶつかり合い、口から放たれたブレスを避けながら、上空へと飛んでいく二体。

 壮絶な光景に目を奪われそうになっていると、真紅郎が声をかけてきた。


「タケル、ウォレス! 大丈夫!?」

「あ、あぁ! 大丈夫だ!」

「オレもだ!」


 セレスタイトに薙ぎ払われた黒い騎士と闇の兵士たちは、即座に体制を立て直している。

 すぐに剣を構えながら、俺は思考を巡らせた。

 セレスタイトの助けはもう見込めない。このまま戦い続けるのは、正直無茶でしかない。

 だけど、もう少しなんだ。あと少しで、城下町にたどり着けるのに。

 あと少しなのに__ッ!


「タケル、撤退しよう」


 そこで、真紅郎が提案してきた。

 目を見開いて真紅郎の方を見ると、真紅郎は悔しそうに唇を噛みながら城下町を__闇属性がいる城の方を睨んでいる。


「真紅郎……だけど、あと少しで……」

「ボクだって分かってるよ。すぐ目の前だってことも、時間がないことも。でも、このままじゃ__ボクたちはここで、全滅する」


 倒しても倒しても増えていく、黒い騎士の軍勢。

 一人一人が強敵の、闇の兵士たち。

 頼みの綱のセレスタイトも、今は漆黒のドラゴンと激闘を繰り広げていて助けに来れない。

 ウォレスは身体中に火傷と傷を負い、やよいとサクヤ、真紅郎はかなり疲弊している。

 サクヤの頭の上にいるキュウちゃんも、肩で息をしていた。

 

 全員がボロボロで、体力も限界。その状態でこの軍勢を突破して城下町に行くのは__不可能だった。


 噛んだ唇から血を流しながら、真紅郎は拳を握りしめて俺を見つめる。


「ここでボクたちが……タケルが死ぬことは、この戦争の敗北を意味する。どうしてなのかは、言わなくても分かるよね?」


 闇属性に対抗出来るのは、光属性を持つ俺だけだ。

 だから、俺が死ぬことは許されない。もちろん、ここにいる全員も。

 分かってる。分かってるけど……ッ!


「タケル、ここは撤退しよう。悔しいのも分かるけど、死んだらそれで終わりなんだ」

「__ちく、しょう」


 ギリッと歯を食いしばった俺は、視線の先にある城を睨みつける。

 そこで、闇属性が俺たちを見て嘲笑っている気がした。

 悔しさが胸の中を渦巻いている。無力さに苛まれる。


 だけど、俺は決めた。


「__撤退だ! 全員、この場から逃げるぞ!」


 敵を目の前にして、撤退する。

 時間の猶予がないのは分かってる、それでもここで全滅するのは避けたい。

 俺の指示に、全員が悔しそうにしながら頷く。


「煙幕を張るよ! 全員一斉に、地面に向かって魔法を放って!」


 真紅郎が叫ぶと、それぞれが地面に向かって固有魔法を放つ。

 爆音が響き渡り、黙々と砂煙が上がった。

 砂煙の中、黒い騎士の軍勢が足並みを揃えて歩いている足音が聞こえてくる。


「ちくしょう……ちくしょう……ッ!」


 堪えきれない悔しさ漏れ出し、握りしめた拳から血が滴る。

 それでも、俺は背中を向け、走り出した。


「ちくしょう__ッ!」


 援軍が間に合わないからと、俺たちは単独でここまで来た。

 俺たちなら勝てると、無敵だと思って、戦うことを決めた。

 

 __それが、このざまだ。



「__アァァァアァァァアァァァァァッ!」


 情けない。情けない情けない情けない__ッ!

 自分の無力さを痛感しながら、俺たちはその場から撤退した。


 


 

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