十一曲目『生誕する青白色のドラゴン』
「__タケル!」
ゆっくりと瞼を開くと、目の前にある岩のタワーに手を置いたまま立ち尽くしていたことに気付く。
そして、やよいが俺の肩を掴んで何度も俺のことを呼んでいた。
「……戻って、きたんだな」
「タケル!? よかった、いきなり目を閉じて何も反応しないから……」
そう言って、やよいはホッと胸を撫で下ろす。
周りを見てみると、他のみんなも心配そうに俺のことを見ていた。
俺はニッと口角を上げて、みんなに笑いかける。
「悪い、ちょっと呼ばれてた」
「あぁ? おい、赤髪。誰がてめぇを呼んだってんだ?」
俺の言葉に、アスワド訝しげに眉をひそめていた。
ちゃんと説明しないと訳が分からないよな。俺は岩のタワーに触れた時、精神だけどこか別の場所に飛ばされたことを話す。
そして、そこで出会った悠久の旅人__吟遊詩人の男のことも。
すると、話を聞いた真紅郎が顎に手を当てながら首を傾げる。
「吟遊詩人? この世界には、音楽って概念が消費されてるのに?」
「ハッハッハ! タケル、
ウォレスが俺の肩を叩きながら、ゲラゲラと豪快に笑っていた。
たしかに、あれは夢だったのかもしれない。だけど、夢じゃないと心のどこかで確信を持っていた。
あれは、間違いなく現実に起きたこと。実際に悠久の旅人と出会い、言葉を交わしたんだ。
「……タケル。鉱石、変」
そんなことを話していると、サクヤが握ったままの俺の手を指差してくる。
握っていたのは、赤い鉱石。俺の指の隙間から赤い光が漏れ出し、一定のリズムで振動していた。
「もしかして、心臓の音か?」
一定のリズムで刻まれた振動は、まるで心臓の鼓動。
何かの生命に呼応するように、赤い鉱石は光と共に脈を打っている。
すると__ドクンッ、と一際大きな音が響き渡った。
「な、何、今の!?」
今の音は他のみんなも聞こえたようで、すぐに警戒し始める。
だけど、俺は静かに岩のタワーに向けて、赤い鉱石を乗せた手のひらを伸ばした。
「へ、ヘイ、タケル!? 大丈夫なのか!?」
「__心配ない。俺を信じろよ」
今の音は、赤い鉱石から響いている。
その鉱石を岩のタワーに触れさせようとする俺に、ウォレスが待ったをかけてきた。
でも、俺は頬を緩ませながら静かに岩のタワーに赤い鉱石を触れさせる。
そして、グラグラと地面が揺れ出した。
「きゃあぁぁッ!?」
「やよいたん!? おい、赤髪! てめぇ、なんでそう平然としてやがる!?」
いきなりの地震にやよいが悲鳴を上げ、アスワドが俺の肩を掴みながら怒鳴ってくる。
みんなが混乱する中、俺と__ミリアだけが、平然としていた。
「大丈夫ですよ、皆さん」
ミリアは胸の前で手を組みながら、優しく声をかける。
異常事態にも関わらず普段通りどころか、どこか慈愛に満ちた表情をしているミリアに俺以外の全員が目を丸くしていた。
多分、ミリアは感じ取っているんだ。目が見えない代わりに魔力を見ることが出来る、ミリアだからこそ。
すると、遠くの空に一筋の赤黒い閃光が伸びているのが見えた。
いや、それだけじゃない。一つ、また一つと閃光が増えている。
「おい、何か来やがるぞ……?」
アスワドがそう呟くと、天高く伸びていた合計四本の赤黒い閃光が弧を描きながらこっちに向かってきた。
四本の閃光が俺たちの頭上でぶつかり合うと、重なり合った大きな閃光が真っ直ぐに落ちてくる。
「タケル! ねぇ、タケルってば!」
「だから、大丈夫だって」
「なんでそんなに冷静なの!? おかしいでしょ!?」
やよいが俺の服を掴んで、グワングワンと体を揺さぶってくる。 落ち着かせようとしたけど効果はなく、やよいは俺とミリア以外の全員に向けて声を張り上げた。
「あーもう! 全員、戦闘準備!」
やよいの号令に、真紅郎たちは魔装を展開する。
真紅郎は銃型の木目調のベースを、ウォレスは二本のドラムスティックを構えて魔力で出来た刃を作り出し、サクヤは傍に魔導書を浮かばせて拳を構えた。
そして、アスワドは着ていた黒いローブを引っ張り、ローブを細身の曲がった片刃刀__シャムシールに姿を変える。
最後に、やよいは斧型のエレキギターを握った。
俺とミリア以外の全員が戦闘準備を整えているのを見て、俺はやれやれとため息を漏らす。
「大丈夫だって言ってるのに、心配性だな」
「タケルもいい加減、剣を構えてよ!? 明らかに異常でしょ!?」
「いらないって」
「なんで!?」
まぁ、たしかに異常事態だ。やよいたちが警戒するのも無理はない。
でも、はっきりと俺はいらないと答えた。理解出来ないと、やよいが叫んでいるとミリアがクスクスと小さく笑みをこぼす。
「やよい、落ち着いて下さい。これは__
ミリアがそう言うと、落ちてきた赤黒い光線が岩のタワーの頂点にぶつかった。
赤黒い閃光が弾けると、岩のタワーの上に巨大な生物が鎮座している姿が露わになる。
「おいおい、嘘だろ……」
ゴクリと、アスワドが息を呑んだ。
岩のタワーの上にいたのは__闇よりも深い、黒。
巨大な体格を腕と足で器用に岩のタワーを掴むことでバランスを取っている、黒曜石のような鱗と大きく広げられた一対の翼を持つ生物。
岩のタワーに長く太い尻尾を巻きつけたその生物は、首をもたげながら血のように赤い双眼を細めて俺たちを見つめていた。
その身に纏う威圧感と、圧倒的な存在感。自然界のヒエラルキーの頂点。生まれながらの強者。
生物の名は__災禍の竜。
厄災の権化が、俺たちの目の前に顕現した。
「復活しやがったのか__災禍の竜!」
シャムシールを握って今にも災禍の竜と戦おうとするアスワドの前に、俺は邪魔するように躍り出る。
「てめぇ、赤髪! どういうつもりだ!?」
「落ち着けって。なぁ、災禍の竜」
阻んだ俺を鋭く睨むアスワドを手で制止しながら、俺は災禍の竜に声をかけた。
すると、災禍の竜は喉を鳴らしながらバサリと翼を大きく羽ばたかせて、岩のタワーから降りてくる。
ズズン、と地面を揺らして着地すると、ゆっくりと首を曲げて顔を俺に近づけてきた。
「グルル……」
「よしよし」
じゃれつくように顔を押し付けてくる災禍の竜を優しく撫でると、やよいたちは口をあんぐりと開けて唖然としていた。
やよいたちが知っている災禍の竜は、まさに厄災の権化。凶暴で凶悪なモンスターだ。
でも、目の前にいる災禍の竜は違う。敵意もなく、前みたいに暴れたりもしない。
すると、ミリアが静かに災禍の竜に近寄っていく。
「なんて優しい魔力……生まれたばかりの赤ちゃんのように、純粋そのものですね」
やっぱり、ミリアには分かるみたいだ。
災禍の竜はミリアの方にも顔を寄せると、ぐりぐりと甘えるように鼻先を押し付ける。
ミリアはくすぐったそうに笑うと、災禍の竜の頭を撫で始めた。
「へ、ヘイ、ミリア……怖くねぇのか?」
「お、襲ってこないみたいだね」
「……本物?」
どこかほのぼのとした光景に、ウォレスと真紅郎、サクヤは呆気に取られている。
「どういうことなの? タケル、説明してよ」
「なんだってんだ……こいつ、本当にあの災禍の竜なのか?」
やよいは魔装を指輪に戻すと俺の服をクイッと引っ張り、アスワドは意味が分からないと言いたげに後頭部を掻いていた。
俺は災禍の竜とミリアを見つめながら、みんなに説明する。
「あいつは災禍の竜だけど、今までみたいに暴れたりしない。今のあいつは、生まれたてみたいなもんだよ」
「生まれたて?」
みんなが首を傾げる中、ミリアは災禍の竜の頭を撫でながら口を開いた。
「えぇ、そうです。タケル様の言う通り、生まれたてのこの子はあの恐ろしい竜とは違って敵意も悪意もありません」
「グルル」
ミリアの言葉を肯定するように、災禍の竜は頷きながら喉を鳴らす。
やよいたちがようやく納得して警戒を解いたのを確認してから、俺は災禍の竜に近づいた。
「さぁ、本当のお前をみんなに見せてくれないか?」
「グルル……」
災禍の竜は俺の呼びかけに静かに目を閉じる。
カッと目を見開くと、首をもたげて大きく口を開けた。
「__グルゥォォォォォォォォォォォォンッ!」
災禍の竜は天高く響き渡る雄叫びを上げ、足に力を込める。
そして、大きな翼を羽ばたかせると、勢いよく空へ舞い上がった。
吹き付ける風を腕で防ぎながら、俺は空を見上げる。
「グルォォォォォォォォォォォォッ!」
世界中に轟く、災禍の竜の咆哮。それは__
上空で止まった災禍の竜が自分を包むように翼を折り畳むと、岩のタワーが白く発光し始めた。
すると、岩のタワーから上空にいる災禍の竜に向かって純白の光の柱が伸びていき、災禍の竜は光の柱に飲み込まれる。
光の柱が消えると、白い光が繭のように災禍の竜を包み込んでいた。
「あぁ、本当に綺麗な魔力。目が見えなくても、分かります」
閉じられた瞼で、ミリアは上空にある白い眉を見つめて呟く。
誰もが神聖さを感じさせるその光景に、口を閉じて目を奪われていた。
__あの白い繭は、孵化寸前の
そのタマゴの頂点が光の粒子となって消えていき、徐々に中にいる存在の姿が見えてくる。
陽の光に反射する、青みかがった純白の鱗と甲殻。自身を包み込むように折り畳んだ空のように蒼い翼膜をした、背中に生える一対の翼。
太く刺々しかった長い尻尾は、滑らかでスラッと細長くなってユラユラと揺れていた。
「__キュルルル」
ふと、雛鳥のようにか細い声が聞こえてくる。
ググッと翼が広がり始め、隠れていた顔が露わになった。
以前の面影を感じさせる、赤い瞳。だけど、血のようだった瞳の色は、今はルビーのような光沢を放った赤になっていた。
そして、長い首をもたげながら、青白色のドラゴンは解放されたかのように両手足と翼を勢いよく広げる。
「__キュルオォォォォォォォォォォンッ!」
地獄から迫り上がってくるような低い咆哮から、鳥の鳴き声のように甲高い咆哮。
大気を震わせる産声を響き渡らせながら、青白色のドラゴンはこの世界に生誕した。
キラキラと白い光の粒子が降り注ぐ中、やよいが目を輝かせながらドラゴンを見つめる。
「綺麗……」
それはまるで、生まれたばかりの天使のようだ。
神秘的な光景に目を奪われていると、ドラゴンは翼を羽ばたかせて地上に降りてきた。
「キュルルル……」
ゆっくりと地上に降り立ったドラゴンは、純粋無垢な赤い瞳を俺たちに向ける。見上げるほど大きいのに、その姿は本当に生まれたての雛鳥のようだ。
すると、ミリアはドラゴンに向かって手を伸ばす。
「盲目の瞳でも、あなたの姿がはっきりと分かります。なんて美しく、なんて綺麗なんでしょう」
「キュルル!」
ミリアがそう言うと、ドラゴンは嬉しそうに鳴き声を上げながら鼻先を近づけていた。
優しく、慈しむようにドラゴンを撫でたミリアは、頬を綻ばせる。
「青白色の魔力、悪意を浄化する聖なる光__まるで、
そして、ミリアは小さく頷いてからドラゴンの頭をギュッと抱きしめた。
「災禍の竜という名のモンスターは、もうこの世界に存在しません。だから、僭越ながら私があなたに新しい名を与えます」
ミリアがドラゴンに付けた名前は__。
「__セレスタイト。天空のような美しい、天青石。人々を癒し、誰にも負けない強い精神を持った守護石です。今日からあなたは、セレスタイトです」
「キュルォォォォォォォン!」
災禍の竜……セレスタイトは嬉しそうに、歓喜の声を上げた。
そして、気に入ったのか名付け親のミリアにグイグイと額を押し付ける。
「あはは、くすぐったいですよセレスタイト!」
「キュルキュルキュー!」
じゃれあってるセレスタイトとミリアを見て、思わず笑みがこぼれた。
俺はセレスタイトに近づいて、手のひらに乗せた赤い鉱石を差し出す。
「セレスタイト、この鉱石はお前のだろ?」
「キュル!」
セレスタイトは頷くと、赤い鉱石に鼻先を乗せた。
すると、鉱石が赤く発光してセレスタイトを包み込む。
目を見開いて驚いていると、セレスタイトの巨体が赤い光と共に鉱石の中に吸い込まれていった。
「え、嘘だろ?」
信じられないことに鉱石の中を見てみると、小さくなったセレスタイトが丸まって眠っている。
どうやらセレスタイトは、この鉱石の中で過ごせるみたいだ。
赤い鉱石をポケットに大事に仕舞った俺は、みんなに声をかける。
「よし! ヴァべナロストに戻るぞ!」
こうして、厄災の権化と呼ばれていた災禍の竜は、セレスタイトとしてこの世界に生まれ落ちた。
あとは機竜艇に戻り、ヴァべナロストに寄り道せずに帰るだけ。
そして、ヴァべナロストに戻れば……とうとう始まる。
__ロイド救出作戦が。
気持ちを切り替えた俺は、機竜艇に向かって歩き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます