十曲目『悠久の旅人』

 俺のわがままを聞いてくれたベリオさんは、機竜艇の進路を変更する。

 鬱蒼とした森の上空を飛んでいくと、俺たちが災禍の竜と戦った場所__森の中央部に大きなクレーターがあるところにたどり着いた。

 森の木々が薙ぎ倒され、地面に亀裂が走り、災禍の竜との激しい戦いの傷跡が残されたままだ。

 機竜艇はクレーターに着陸し、俺たちは地上に降り立つ。


「久しぶりに来たけど、酷い有様だな」

「まぁ、仕方ないよ。それぐらい激しい戦闘だったからね」


 周りを見渡しながら言うと、真紅郎が苦笑しながら答えた。

 もしもこの周囲に人がいたら、どれほどの被害があったことか。それぐらい災禍の竜との戦いは厳しく、苛烈だったからな。

 すると、機竜艇からアスワドとミリアが降りてくるのが見えた。


「あれ? アスワドはともかく、ミリアも行くのか?」

「ええ、タケル様たちが戦ったという災禍の竜の話を聞きたいのもありますが……どこか、不思議な魔力を感じるんです」


 そう言ってミリアは閉じられた瞼で周囲を見てから、手を伸ばす。

 その手の先は、クレーターの中央に向けられていた。

 魔力を感じ取れるミリアがそう言うなら、やっぱり俺を呼んでいる大元はクレーターの中央にいるんだろう。

 手のひらに乗せた赤い鉱石をクレーターの方に向けると、ドクンドクンと脈打つ速度が速くなっていた。


「やっぱり、あっちか。分かった、ミリアもついて来てくれ。アスワドはいらないけど」

「あぁ!? やよいたんが行くなら、俺も行くに決まってんだろうが! どれだけシエンを説得するのに苦労したと思ってんだ、ゴラァ!?」


 ミリアにも同行して貰うことにしたけど、アスワドはいらないんだよな。

 するとアスワドは怒鳴りながら、やよいの隣にスススッと移動した。


「ねー、やよいたん?」

「うざ。離れて」

「んー、辛辣! でもそこがいいんだよなぁ!」


 やよいにあしらわれても、アスワドはめげる様子はない。

 すると、やよいがチラッと俺とミリアの方を見て、唇を噛みながらプイッとそっぽを向いた。

 まだ不機嫌みたいだな。理由は分からないけど、今はとにかくクレーターの中央に向かおう。

 俺たちはゆっくりと、クレーターの中央へ向かって歩き出す。

 災禍の竜を倒す時に俺が放った<レイ・スラッシュ・交響曲シンフォニー>で地面を抉った跡が、遠くに向かって一直線に刻まれている。


 そして、中央に置かれているのは__岩のタワー。


 まるでお墓のように岩が積み上げられたタワーの前に、俺たちは立ち止まった。


「あいつ、そういえばこのタワーを守ろうとしてたな」


 災禍の竜との戦いを思い出す。

 あいつは最後の瞬間まで、このタワーを守るように戦っていた。

 多分、災禍の竜にとって岩のタワーは大事な物だったんだろう。これがなんなのかは分からないままだったけど。

 ふと、鉱石を見るとタワーに近づくにつれてどんどん脈打つ速度が上がっていた。


「これに触れればいいのか?」


 そう思って俺は、岩のタワーに触れる。

 その瞬間__グラっと視界が揺れた。


「な、なん、だ__?」


 フワフワと宙に浮いたような浮遊感、グルグルと回る視界。

 冷たさを感じる岩の感触すらも遠く感じ、最後には意識が暗転する。


「ここ、は?」


 そして、目を開けると俺は、さっきの場所とは違うところで立っていた。

 昼間だったのに空は暗く、月が浮かんでいる。

 目の前にはクレーターでも岩のタワーでもなく、綺麗な泉が広がっていた。


「どこだここ? それに、みんなもいない」


 夜風に揺れる草木、月を映す泉、サラサラと流れ落ちる滝。

 どこか幻想的で不思議な場所に、俺一人で立っていた。

 周りを見ても、やよいたちの姿はない。ここはどこなんだ、と首を傾げていると__。


「__誰だ!」


 不意に、背後に気配を感じた。

 即座に振り返りながら魔装を展開し、柄の先にマイクが取り付けてある細身の両刃剣を構える。

 すると、後ろに広がっていた森からガサガサと物音が聞こえた。

 警戒していると、そこから一人の男が姿を表す。


「__あぁ、待って欲しい。争いは苦手なんだ、剣を下ろしてくれないかい?」


 優しい落ち着いた声で、男は柔和な笑みを浮かべながら俺に言ってきた。

 茶色の古ぼけた帽子に、同色のローブ。ヒョロッとした長身の男は、頬を緩ませながら近づいてくる。


「やぁ、待っていたよ。キミに会えるのを楽しみにしてたんだ」

「……誰だ?」

「うーん、誰だと言われると困っちゃうなぁ。名乗ってもキミはボクのことを知らないだろうし、もう誰もボクのことを覚えていないだろうからね」


 男は困ったように頭を悩ませると、ポンッと手を打ち鳴らした。


「そうだね、ボクのことは悠久の旅人、とでも呼んでくれるかな?」

「悠久の、旅人?」

「うんうん、気軽に旅人さんって呼んでいいよ? あ、もちろんただの旅人でも大丈夫。好きに呼んでいいよー」


 なんなんだ、この人は?

 敵意はないみたいだけど、どこか飄々としているというか……かなりマイペースだ。

 警戒していた俺は男__旅人の態度に気が抜けて、剣を指輪に戻す。

 すると、旅人は俺の前まで歩いてくると、手を差し出してきた。呆気に取られていると、旅人は首を傾げる。


「……あれ? もしかして、今だと握手ってない?」

「いや、あるけど。ただ、どうしていきなり握手?」

「いいから、いいから。はい、握手ー」


 突然の握手に戸惑いつつ、俺は旅人の手を握った。

 そして、旅人は嬉しそうに頬を緩ませると、スッと真面目な表情に変える。


「__ずっとキミにお礼を言いたかったんだ」

「会ったこともない俺に?」

「そう、キミに。会ったことも話したこともない、初対面のキミに」


 そう言うと旅人は頭を下げた。


「ありがとう。ボクの大事な友達・・・・・を救ってくれて」

「友達を……俺が? いつ?」

「友達も感謝していたよ。キミのおかげだって」


 なんだろう、どこか会話が噛み合わない。

 目の前にいるはずなのに、何故か遠くにいるような感覚だ。

 旅人はクスクスと笑うと、空に浮かぶ月を見上げた。


「もうすぐ、彼は・・生まれるよ」

「彼? 生まれるって、どういう……」

「ここから先は、ボクには見えない未来。彼はキミたちと共にありたいと願っているんだ」


 俺の話も聞かずに、旅人はどんどん話を進めていく。

 すると、旅人はクルッと俺に背中を向けた。


「ボクの役目はこれでお終い。さぁて、お別れだね」

「ちょっと、おい! 待てって!」

「あぁ、安心した。キミなら、ボクの大事な友達__彼を任せることが出来るよ」


 旅人は俺を無視しして、森に向かって歩き出す。

 機嫌がよさそうに、鼻歌・・混じりに。


「え? なんで、あなたは__」

「さぁて、これからどうしよう。そうだ、ボクは吟遊詩人・・・・。新しい歌を考えるとしようか」


 間違いない、この人は歌を__音楽を知ってる・・・・・・・

 この異世界には音楽という概念がなくなり、誰も音楽も歌も知らないはず。だけど、この人は歌を知っていた。

 どうして、という俺の疑問に答えずに、旅人はフラフラを森へ向かっていった。

 

「あ、言い忘れてた」


 旅人は俺の方を振り返ると、クスッと小さく笑みをこぼす。


「__ボクが彼の魂をキミたちの元へ導くよ。安心して、本当の彼は優しくて、純粋だから。ああなってしまったのは、悪意に飲まれてしまっただけなんだ」


 旅人の姿が静かに消えていく。呼び止めようとしても声が出ない。足が動かない。


 __ケル! タケル! 起きて!


 ふと、声が聞こえた。

 その声は__やよいの声だ。


「__さぁ、旅立ちの時だ。ボクもまた、旅を続けよう。悠久の旅に歌を携え、詩を認めながら世界を見て回ろう。いつの日か、彼にまた歌を聞かせるために」


 響き渡る旅人__吟遊詩人の言葉を最後に、俺の意識はまた暗転した。




 

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