八曲目『ほんの少しの自由』
<サーベル時渓谷>と呼ばれる断崖絶壁を切り崩して出来た国、ムールブルク公国。
風の国とも呼ばれているムールブルクの上空を飛んでいた機竜艇は、ゆっくりと地上に向かって着陸していった。
すると、地上にずんぐりむっくりとした髭面の男__ドワーフ族の一人が機竜艇に向かって手を振っているのが見える。
ドワーフ族の男の手信号に合わせて機竜艇は地上へと降り立つと、ゾロゾロと大勢のドワーフ族が集まってきた。
「親方ぁ! 待ってましたよ!」
「フンッ、それで?」
「へい、問題なく作業は進んでいます!」
機竜艇から降り立ったベリオさんは、弟子のドワーフ族の男と何かを話している。
そう言えば、ベリオさんが故郷のムールブルクに戻ってきた理由を、まだ聞いていなかったな。
俺が聞こうとすると、その前にボルクが大量の荷物を抱えて船から降りてきた。
「ごめん、タケル兄さん! ちょっとどいて!」
「お、おぉ、悪い。その荷物は?」
「これ? 親方の荷物だよ。ほら、全員運んで運んで!」
ボルクの声にドワーフ族たちは機竜艇の中に入っていき、ボルクと同じように大量の荷物を運び出し始める。
「ヘイ、なんか一気に忙しねぇな」
「うん、そうだね。あまり邪魔しない方がいいかも」
忙しそうにしているドワーフ族たちとベリオさんを見て、ウォレスと真紅郎が声をかけてきた。
頷いてから、俺たちは機竜艇から離れる。すると、ミリアが目を閉じたまま周りをキョロキョロと見渡していた。
「風が気持ちいい国ですね」
「風の国って呼ばれてるぐらいだからな」
気持ちよさそうに風を感じているミリアは、何かを思い付いたのか俺の腕をギュッと掴んでくる。
「タケル様! この国のこと、教えて頂けませんか?」
「え? 俺が? 俺よりも真紅郎の方が詳しいと思うけど……」
「いえ、タケル様に教えて頂きたいのです! ダメでしょうか?」
悲しそうに顔を俯かせるミリアに、俺は慌てて首を横に振った。
「いや、ダメじゃないって! 俺でいいなら、知ってることを教えるよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
嬉しそうに笑みを浮かべるミリアに、俺は乾いた笑い声を上げる。
なんか、今日のミリアはいつもより積極的というか、はしゃいでるようだ。
まぁ、ずっとヴァべナロストから出られなかったんだから、はしゃぐのも無理はないか。
すると、ドワーフ族の男と話していたベリオさんが、俺たちに向かって声を張り上げてきた。
「おい、そこの暇人共! そんなところに突っ立ってるなら、荷運びを手伝え!」
「ハッハッハ! いいぜ! 力仕事なら、このウォレスに任せろぉッ!」
ウォレスはムンッとポーズを決めてから、豪華に笑って荷運びの手伝いを始める。
それを見た真紅郎は苦笑いを浮かべると、俺に目を向けてきた。
「ボクも手伝ってくるよ。タケルはミリア様とお話ししてて」
「いいのか?」
「もちろん。馬に蹴られたくないからね」
「……馬?」
目を逸らしながら頬を掻く真紅郎に、首を傾げる。
馬ってどういう意味だと聞こうとすると、やよいに足を蹴られた。
「あいたッ!? おい、やよい! いきなり何するんだよ!?」
「あ、ごめーん。足が長くてぶつかっちゃったー。あぁ、あたしも手伝ってくるからー。タケルはミリアと仲良くやってればー?」
結構痛くて文句を言うと、やよいは悪びれもなくそのまま機竜艇に向かっていく。
なんなんだよ、とため息を吐いていると、通りかかったサクヤが俺をチラッと見て、呟いた。
「……鈍感」
「きゅきゅー」
サクヤに続いて、頭の上にいたキュウちゃんが呆れた様子で首を振る。
そのままサクヤはやよいの後を追っていき、俺とミリアだけが取り残された。
「本当になんなんだよ……」
「ふふ、まぁいいじゃないですか。二人でお話ししましょう?」
クスクスと小さく笑いながら、ミリアは俺の腕をギュッと抱きしめる。
よく分からないけど、あまり気にしないでおこう。
「それより、近くない?」
「気のせいですよ」
フワッと香る甘い匂いと、腕に感じる柔らかな感触に気恥ずかしさを感じていると、ミリアはそのまま俺の腕を抱きしめたまま歩き出した。
目が見えなくても僅かな音と魔力感知によって、ミリアは見えてるかのように普通に歩くことが出来る。
そんなミリアは俺を引っ張りながら、色々とこの国について聞いてきた。
「タケル様、ムールブルク公国はどのような国なんですか?」
「そうだな……この国は崖の上に暮らしている人を<
「崖人と、川人ですか?」
「あぁ。崖の上には貴族の人が、下には平民が暮らしてる。んで、川の近くに住んでる人は、川の水を使って鍛治をしてるみたいだ」
<サーベルジ大河>と呼ばれる大きな川の近くには、木造の住居が並んでいる。
そして、カンカンッと鉄を打つ音が遠くから聞こえ、モクモクと煙突から煙が上がっていた。
その光景を盲目のミリアは見ることは出来ないけど、鍛治をする音は聞こえるのか耳を澄ませて頬を緩ませる。
「本当ですね、音でも分かるぐらい活気に溢れています」
「豊富な資源も近くの山から採れるし、鍛治に適してる環境みたいだな」
「えぇ、そうですね。ベリオ様のように卓越した職人が多くいるのでしょう。今後、ムールブルクとも国交を深めていきたいですね」
「ヴァべナロストの魔法技術とムールブルクの職人が合わされば、物凄いのが出来そうだ」
「ふふ、楽しみです」
そんなことを話していると、ミリアはふと真剣な表情を浮かべた。
「ヴァべナロストの外は、本当に様々な国や世界が広がっています。目は見えなくとも、空気や風、雰囲気を感じて、色々な国の素晴らしいところを知りたいです」
ミリアの言葉はまるで、それが難しいことのような口振りだ。
闇属性に命を狙われているから、という理由だけじゃないだろう。
ミリアはヴァべナロスト王国の王女、次期女王だ。そう簡単に自由に動き回れるような立場じゃない。
「……なぁ、ミリア」
__本当は、ミリアはどうしたい?
そう言おうとして言葉を詰まらせると、ミリアはどこか儚げな笑みを浮かべた。
「いいんですよ、タケル様。分かっていますから」
そう言うとミリアは俺から離れ、グッと背伸びする。
「だから、私は今回の旅を忘れません。ほんの少しでも、
「ミリア……」
「それに、タケル様とこうしてゆっくりお話し出来たこともです。私の一生の思い出です!」
ミリアは花が咲いたような笑顔を、俺に向けて言った。
これ以上、何かを言うのは野暮だろう。
「そっか。それは何よりだ」
小さく笑みをこぼしながら言うと、ミリアが頬を赤くさせてモジモジとしているのに気付いた。
どうしたのかと首を傾げていると、ミリアは意を決したように口を開く。
「それと、もう一つ……一番の思い出が欲しいです」
「ん? 一番の思い出?」
「えっと、その……もう少し、勇気が出たらお話しします。それまで待ってて下さい」
ミリアは恥ずかしそうに、俺に背中を向けた。
よく分からないけど、いずれ話してくれるなら待つしかないか。
そこで、遠くの方から声が聞こえてきた。
「ヘイ、タケル! こっちの用事は終わったぞ! 戻ってこーい!」
「ウォレスだ。ミリア、戻ろう」
「……はい」
ウォレスに呼ばれた俺たちは、機竜艇に戻る。
そこではドワーフ族が機竜艇を眺めながら、羊皮紙にメモを取っている姿が見えた。
ドワーフ族に何か話していたベリオさんは俺に気付くと、鼻を鳴らす。
「フンッ、ようやく戻ってきたな。ヴァべナロストに戻るぞ」
「用事は終わったの? というか、そもそも用事ってなんだったんだ?」
「……いずれ分かる」
結局、ベリオさんはムールブルクに帰ってきた理由は教えてくれなかった。まぁ、もういいけどさ。
俺たち全員が機竜艇に乗り込むと、ベリオさんは舵輪を握りしめながら声を張り上げた。
「よし! ヴァべナロストに戻るぞ! 機竜艇発進!」
翼を広げた機竜艇が、空へと舞い上がる。
甲板にいた俺はチラッとやよいの方に目を向けると、目が合った。
「__タケルのバカ」
ボソッと呟いて、やよいはフイッとそっぽを向く。
不機嫌そうなやよいに困りながら、俺たちはヴァべナロストに戻るのだった。
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