六曲目『シランからの手紙』
ライラック博士の家から出た俺たちは、裏庭に向かっていた。
その裏庭の一角にある、アングレカムの花が咲き誇る場所。花に囲まれたその場所に__シランが眠る、お墓がある。
そして、俺たちは緑色のローブを纏い、シランのお墓の前に並んでいた。俺たちの世界では喪服は黒だけど、この異世界では緑衣を纏うのが通例だ。
__人は死後、大地に帰り、残された者たちために自然の緑へと還る。
その言葉通り、シランは大好きな花たちが咲いている緑の丘で、静かに眠っている。
この異世界では、手を合わせて祈る習慣はない。その代わりに、俺たちは空を見上げて目を閉じた。
柔らかな風が頬を撫でて、通り抜けていく。すると、やよいはお墓の前でしゃがみ、頬を緩ませた。
「__シラン、久しぶりだね? ごめんね、あんまり顔を見せられなくて」
やよいはお墓の前にシランが大好きだったアングレカムの花束を備え、微笑みながら語りかける。
その顔は優しくて、どこか寂しさを感じさせた。
「あたしは元気だよ。みんなもいつも通り、バカみたいに元気。色々大変だけど、なんとか頑張ってるよ」
クスクスと笑いながら、やよいはシランに今までのことを報告する。
シランが息を引き取ってから、俺たちは本当に色々な旅をしてきた。命の危険もあったし、それ以上に楽しいこともあった。
その多くのことを、やよいは楽しそうにシランに話し続けると……ふと、表情を暗くさせる。
「……あたしたち、今まで以上に危険な戦いをしないといけなくなっちゃった。でも、大丈夫! あたしたちRealizeが揃えば、無敵なんだから! だから、心配しないで見守ってて。この世界は、あたしたちが守るから」
これから始まる、マーゼナルとの全面戦争。今までで一番危険で、熾烈な戦いになるのは簡単に想像出来る。
もしかすると、死ぬかもしれない。死ぬつもりも、死なせるつもりもないけど……戦いに、絶対は存在しない。
それでも、やよいは笑ってシランに誓っていた。これは、やよいの誓い__絶対に生き抜くという、覚悟だ。
それから、やよいはシランに語り続ける。これ以上聞くのは野暮だな。
俺は真紅郎たちに目配せして、この場から離れる。やよいが満足するまで待つことにしよう。
「きゅ! きゅきゅ! きゅー!」
すると、キュウちゃんが鳴きながら俺の裾を噛んで、引っ張ってきた。
いきなり騒がしくなったキュウちゃんに首を傾げながら、俺はしゃがみ込んでキュウちゃんの頭を撫でる。
「どうしたんだ、キュウちゃん?」
「ハッハッハ!
「きゅ! きゅきゅ!」
ケラケラと笑うウォレスに、キュウちゃんは違うと言いたげに声を張り上げた。
本当にどうしたのかと思っていると、キュウちゃんは俯きながらググッと力を込め始める。
「きゅうぅぅ……きゅッ!」
「うぉ!?」
そして、キュウちゃんの額にある蒼色の楕円形の宝石が、眩く光り輝いた。
突然のことに驚いていると、宝石から何かがポンッと出てくる。
それを咥えたキュウちゃんは、俺に向かって差し出してきた。
「なんだ、今の? それに、これは……手紙か?」
キュウちゃんの額の宝石が光ったかと思ったら、そこから出てきたのは羊皮紙__手紙だ。
意味が分からないことだらけだけど、とりあえず手紙を受け取って眺めてみる。
「誰のだ? ん、名前が書いてるな」
丁寧に折り畳んである羊皮紙に、名前が書かれていた。
そこに書かれていたのは__シランという文字。宛名は、やよいだった。
「これ、もしかして……シランからの手紙か?」
「ちょっと、今の何? どうしたの?」
シランから、やよいに向けられた手紙だ。どうしてこれをキュウちゃんが、と目をパチクリさせていると、やよいが今の光を見て近づいてくる。
一仕事終えた、と言わんばかりに息を吐いているキュウちゃんから、俺はやよいに目を向けた。
「それが、なんかよく分からないけど……キュウちゃんが手紙を持ってたんだ。いや、持っていたというか、取り出したというか」
「は? 何言ってるの、タケル?」
「どう説明していいか……とにかく、これ」
あとで説明するとして、とりあえず手紙をやよいに手渡す。
やよいは訝しげに受け取ると、羊皮紙に書かれたシランの名前を見て、目を見開いた。
「シランからの、手紙?」
「あぁ。やよい宛だ」
「……読むね」
やよいは恐る恐る羊皮紙を開き、内容を読み始める。
文章を目で追うと、やよいの頬に一筋の雫が流れた。
「シラン……ッ!」
そこから涙がどんどんこぼれ落ちていき、やよいは膝から崩れ落ちる。
ひらりと落ちる手紙を拾った俺は、やよいに声をかけた。
「やよい、読んでもいいか?」
「うん、いいよ。大丈夫」
涙を拭いながら、やよいは頷く。
やよいの許可を貰った俺は、手紙を読み始めた。
「__これを読んでいるということは、無事にキュウちゃんが渡してくれたんですね。ありがとうございます、キュウちゃん」
手紙を届けたキュウちゃんへのお礼から始まった、シランの手紙。
自慢げにしているキュウちゃんを見てから、俺は集まってきた真紅郎たちに聞かせるように、文章を声に出して読み進めた。
「この手紙を読んでいる時、私が生きているかどうかは分かりません。二度と目を覚さないかもしれないと思い、やよいに何も残せないことが怖かったからこの手紙を認めています」
文章でも、シランの優しさが伝わってくる。
自分が死ぬことよりも、やよいに何も残せないことの方が怖い。この手紙は、やよいに向けたシランからの遺言だ。
「やよい。あなたはきっとこれから先、危険な旅が待つ受けているでしょう。時には心が折れそうになり、絶望することがあるかもしれません。その時に一緒にいられないと思うと、悲しくて仕方がありません」
ふと、俺の頭に何かの映像が過った。
月夜が照らす部屋の中、やよいのことを想って優しく微笑むシランの姿。
「だけど私は、やよいの味方です。誰がなんと言うと、ずっとずっと、やよいの味方です。やよいが嫌だって言っても、ずっと親友です。だからもしも、やよいが大変な時に少しでも元気になって貰うために、親友の私からこの言葉を送ります__ッ」
文章を目で追っていた俺は、ブワッと涙が出そうになった。
言葉を詰まらせた俺は一度深呼吸してから、シランがやよいに向けて送る言葉を__紡いだ。
「__暖かな陽は多くの希望を咲かせる。やよいは、私にとって太陽です。やよいが笑顔でいればきっと、多くの希望が味方してくれます」
ふわり。優しい風が吹き抜け、アングレカムの花が揺れる。
アングレカムの緑白色の花弁が陽の光に惹かれるように風に乗り……やよいの周りで、舞い踊っていた。
それはまるで、シランがやよいを抱きしめているかのように。
「やよい、笑って下さい。辛くとも、悲しくとも……笑顔を絶やさないで下さい。私が大好きなその笑顔があれば、どんな苦難も乗り越えられます。多くの希望が、やよいを支えてくれるはずです。頑張って、ずっと見守ってるから__」
__愛しの親友へ。シランより。
そう締めくくり、手紙を読み終える。
涙を拭い、やよいは立ち上がった。そして、アングレカムの花に囲まれたシランのお墓を見つめて__。
「__うん! ありがとう、シラン! あたし、頑張るから!」
太陽のような笑顔を、向けていた。
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