二十曲目『成功と暗雲』

「……出来ない」

「……難しいね」


 音叉の前で、やよいと真紅郎は深いため息を吐く。ウォレスに先を越されたのが、結構堪えているみたいだ。

 どうやったら魔力の調律、均一化と最適化が出来るのかコツが掴めず、やよいと真紅郎は頭を悩ませている。

 すると、そこに得意げな表情を浮かべたウォレスが二人の肩をポンッと叩いた。


「ハッハッハ! ヘイ、どうしたんだ? オレが、このオレが、この天才ジーニアスウォレスがレクチャーしてやろうか!?」

「うっさい! 調子に乗ってんじゃない、ウォレス!」


 アスカさんに天才だと褒められ、しかも成功しているウォレスに、やよいはウガーと怒鳴る。

 真紅郎も言葉にはしないけど、ジロッとウォレスを睨んでいた。

 上手くいかない現状に目に見えて苛立っている二人に、俺は声をかける。


「こればっかりは俺も感覚でやってるからなぁ。何かアドバイス出来ればいいんだけど」

「まぁ、オレもどうして出来たか分かってねぇからな」

「……包み込んで、どかーん」


 俺、ウォレス、サクヤは感覚派、真紅郎は完全に理論派だ。やよいは、どちらかと言うと感覚派だけど、今回に関しては感覚が掴めずにいる。

 どう教えればいいのか考えていると、やよいがぐぬぬとうめきながら俺たち感覚派の三人を睨みつけていた。


「この野生児三兄弟め……」

「兄弟じゃないし。というか、野生児は言い過ぎじゃないか?」


 やよいは俺とウォレス、サクヤを纏めて、野生児三兄弟と悪態を吐く。

 あんまりな物言いに乾いた笑い声を上げていると、真紅郎がやれやれと首を横に振った。


「ボクのベースはタケルが使ってるレイ・スラッシュと、本当に無縁の武器だからね。どうしても感覚が……」

「あたしだって、魔力コントロールを気にして戦ってないし。魔力を均一に、しかも最小限って……どうやっていいのか分かんないよぉ」

「ちょっと、私からお話があるんだけどいいかな?」

 泣き言を言う二人に、アスカさんは優しく微笑みながら口を開く。

 アスカさんは、うーんと顎に指を置きながら話を始めた。


「ねぇ。やよいちゃんと真紅郎は自分の楽器のチューニング、どうやってるの?」

「チューニング、ですか? あたしはチューナーを使ってますけど……」

「ボクもですね。絶対音感を持ってないので」


 二人が質問に答えると、アスカさんはニッと口角を上げる。


「じゃあね……今の自分の魔力を、緩んだ弦だとイメージしてみて?」


 そう言われた二人は目を閉じて、集中し始めた。アスカさんは二人を見つめながら、話を続ける。


「イメージしてる魔力で出来た弦を思いっきり緩ませて……Eの開放弦を弾いてみようか」


 目を閉じたまま、やよいはエレキギターの六弦、真紅郎はベースの四弦__一番太い弦を指で押さえずに鳴らした。

 チューナーがなくても明らかに外れているギターとベースの音が響き渡り、その音を聞いたアスカさんはうんうんと頷く。


「そうそう、イメージ通り弦が緩んでて外れた音が鳴ったね。じゃあ次に、頭の中でチューナーを想像しながら、もう一度鳴らしてみて」

 また音程が外れたギターとベースの音を聞いて、アスカさんは頬を緩ませる。


「どう? 頭の中のチューナーはどういう反応をしてたかな?」

「えっと、針が左に寄ってました」

「ボクも同じです」

「うん、それでいいよ。そこから、ペグを締めるイメージで魔力を引き絞ってみよう。音が合うようにね」


 普通の楽器のチューニングをするように、魔力をコントロールする。まさに、魔力の調律だ。

 最初、やよいと真紅郎はただEの音に合わせるように魔力コントロールしていた。それが上手くいかなかった原因だったんだろう。

 アスカさんがアドバイスした通り、魔力を緩ませてから徐々に引き絞るやり方なら、上手くいくかもしれないな。

 その証拠に、二人はペグを締めるイメージをしながら弦を鳴らすと、徐々に音が合うに連れて魔力も最適化されていっている。


「もうちょっと、かな?」

「うん、そうだね。もう少し締めてみよう」


 やよいと真紅郎は目を閉じ、開放弦を鳴らしながら音を合わせていく。

 そこで、サクヤが二人に声をかけた。


「……ほんのちょっと、締めるだけでいい」


 サクヤは唯一、絶対音感を持っている。そのサクヤが言うんだから、間違いないだろう。

 サクヤの耳を信頼している二人は力強く頷くと、同時に弦を響かせた。

 すると、何も反応がなかった音叉がブルブルと振動する。これは、二人の魔力が均一で最適化された証拠だ。

 やよいと真紅郎は驚いたように目を見開くと、ガッツポーズする。


「やった! 出来た出来た!」

「うん、成功だね! ようやく出来たよ!」


 喜ぶ二人にアスカさんは親指を立てて笑みを浮かべた。


「よく出来ました! これで全員、魔力の調律は成功だね! じゃあ、今度は……全員でやってみようか」


 これで個人個人の調律は成功。だけど、ここからが本番だ。

 今回の目的は、全員で揃って調律をすること。成功すれば俺たちの最強の武器、ライブ魔法の魔力消費を抑えることが出来るんだ。

 俺たちは音叉の前に集まり、集中する。


「ライブ魔法が発動出来る、最低限の魔力で合わせるぞ」

「オッケー! この天才ジーニアスウォレスに任せろ!」

「ウォレス、うっさい。集中出来ないでしょ?」

「少しずつ合わせていこうね」

「……気合いで、頑張る」


 俺たちはそれぞれ目を閉じ、魔力を練り始めた。

 ライブ魔法が発動する最低限の魔力を、全員で共有する。

 目を閉じて真っ暗になった視界で、俺たち全員の魔力が集まっていくのが見えた。


「ウォレス、もうちょい抑えてくれ」

「わ、分かってるって。これでいいだろ?」

「……やよい、ちょっと多い」

「え? ご、ごめん」

「みんな、いい感じだよ。でも全体的に、少し抑えた方がいいかもね」


 俺は魔力が不安定なウォレスに声をかけ、ウォレスは慌てて合わせ始める。

 やよいはサクヤの指摘に謝りながら少しずつ魔力を抑え、真紅郎は全体を見て指示を出した。

 そして、俺たちの魔力が完全に均一化し、ライブ魔法が発動する最低限に魔力が最適化される。

 その瞬間__俺たちの魔力に反応して、音叉がビリビリと振動しながら綺麗な音を響かせた。


「__出来た!」


 成功した俺たちはワッと喜び合い、達成感に浸る。

 見ていたアスカさんはパチパチを拍手をして、俺たちを褒め称えてくれた。


「お見事! これでライブ魔法を使う時、かなり燃費がよくなるはずだよ! みんな、お疲れ様!」

「ありがとうございます!」


 ライブ魔法の燃費がよくなれば、いずれ起こるマーゼナル王国との戦いがグッと楽になるはずだ。

 また一歩、俺たちは成長することが出来た。アスカさんにお礼を言って、成功した感覚を忘れないようにもう一度やってみようとすると__。


「あれ、アスカさん? どうしたんですか?」

 

 ふと、アスカさんの様子がおかしいことに気付く。

 さっきまで俺たちの成功を喜んでいたアスカさんだけど……今は、不穏な表情を浮かべていた。

 疑問に思って聞いてみると、アスカさんは真剣な眼差しで俺たちを見つめながら、ゆっくりと口を開く。


「ちょっと、状況が悪くなったみたい。みんな、落ち着いて聞いて」


 そして、アスカさんは俺たちに言い放った。


「__<ヴァべナロスト王国>が、闇属性の軍勢に襲われてる」

「え!? ヴァ、ヴァべナロストが!?」


 ヴァべナロスト王国。

 ガーディ__闇属性が世界に仇なす凶悪な種族として、世界中に悪評を流された<魔族>が集まる国。

 でも、本当は魔族なんて種族は存在しない。元は乱心したガーディの元からヴァべナロストに亡命した、マーゼナルの人たちだ。

 俺たちと一緒にマーゼナルと戦ってくれる味方が、闇属性の軍勢に襲われているらしい。


「軍勢って、どういうことですか!?」

「闇属性の影響で少ししか見えなかったけど、大量のモンスターがヴァべナロストを襲っているのが見えたんだ。しかも、その全てに闇属性の魔力を感じた」

「ヘイ、大丈夫なのか!?」

「……かなりの数のモンスターがいたよ。国を守ってる結界でどうにか持ち堪えてるけど、数が多すぎて長くは持たないかも」


 ヴァべナロストは独自の技術により、国全体を結界で守っている。

 その結界は外敵から身を守る撃退機能だけじゃなく、外から見えないように認識阻害の効果もある特別な結界だ。

 だけどヴァべナロストは一度、俺の宿敵フェイルに襲撃されているから、場所はもう特定されている。

 さすがの結界でも、数の暴力には抗えないはずだ。


「早く助けに行かなきゃ!」

「あぁ! 修行の成果を見せてやるぜ!」


 やよいは話を聞いて居ても立っても居られない様子で、ウォレスは拳を握りしめながら気合を入れる。

 真紅郎とサクヤも頷き、俺はアスカさんに目を向けた。


「アスカさん、俺たちをヴァべナロストまで戻すことが出来ますか?」

「うん、もちろんだよ。でも、直接は難しいかな。キミたちを神域に引き寄せた石板の近くになら、すぐにでも送れるよ」

「石板は<機竜艇>に置いたままのはずだよ」


 真紅郎が言った通り、俺たちをこの神域に引き寄せた石板は機竜艇__空を飛ぶ船に置いているはずだ。

 それに、俺たちは機竜艇に乗ってヴァべナロストに戻る道中だった。


「機竜艇も戦ってるだろうし、問題ないな!」

「分かった! すぐに扉を開くから、みんなは準備をしてて!」


 アスカさんは石版までの道を作り始め、俺たちはすぐにでも出発出来るように準備に奔走するのだった。



 

 

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