二十九曲目『次の目的地』

「と、言ってもやることは決まってるわ……マーゼナル王国に報復するわよ! これだけやられて黙ってられないわ!」


 今後の方針に議題が移った途端、レイラさんは怒りを露わにしながらはっきりと言い放った。

 すると、ローグさんがやれやれとため息を吐きながら口を開く。


「待て、レイラ。少し落ち着け」

「これが落ち着いてられる!? あっちから仕掛けてきたんだから、こっちだって徹底的に……ッ!」

「__落ち着けと言ってるんだ」


 勢いよく立ち上がったレイラさんを、ローグさんはギロリと睨み付けて押し止めた。

 睨まれたレイラさんはグッと黙り込み、静かに席に座る。それを確認してから、ローグさんは話を続けた。


「もちろん、ワシだって今すぐにでもガーディをぶった斬ってやりたいわい。だが、冷静になれ。頭に血が上ったままでは、ただでさえ少ない勝ちの目を掴み取ることも出来ん」

「そうだな。今回はどうにか勝ったが……正直、状況を見ればほぼこちらの負けだ。タケルがいなければ、間違いなくこの国は滅ぼされていた」


 ローグさんに続いて、ヴァイクが悔しげに顔をしかめながら話す。

 今回の襲撃の首謀者、フェイルはここにいるレイドやローグさん、ヴァイクと世界でも指折りの実力者相手に圧倒していた。

 俺だって白い魔力がなかったら、負けていただろう。はっきりと言われたレイラさんは、ギリッと歯を食いしばる。

 ローグさんはジッとレイラさんを見据えて、やれやれと首を横に振った。


「レイラ、お前はこの国に暮らす民と騎士団の命を背負う女王だ。そんなお前が、怒りに我を忘れてどうする? お前の判断が、この国の命運を左右するんだ。怒りは心に留め、冷静に判断しろ」

「……分かってるわよ」


 ローグさんの言葉で落ち着いたのか、レイラさんはゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着かせる。だけど、心の中に留めた怒りは収まることなく渦を巻き、イラついていた。

 すると、ずっと黙っていたレンカが腕組みしながら話を戻す。


「それで、どうするのかしら? 今回の襲撃で終わるはずがないし、悠長に構えている時間はないわよ?」


 ずっと隠れ潜んでいたヴァベナロスト王国も、今回で完全に場所が割れてしまった。そうなると、いつになるかは分からないけど……いずれ攻め込んでくるだろう。

 こっちは怪我人が多いし、街もまだ復興作業中。攻めるにしても、守るにしても、今の状況じゃ勝てる見込みはない。

 全員が黙り込んでいると、レイドが口を開いた。


「マーゼナル王国の戦力がどれほどのものか、まだ完全に把握出来ていない以上……闇雲に攻め入るのは愚策だ。やはり、当初の予定通りにマーゼナル王国と友好関係にある国に真実を伝え、離れさせるべきだろう」

「そうね。ただでさえマーゼナル王国は謎が多い。そこに他の国に協力されると、圧倒的な戦力差に押し潰されちゃうわ」


 前に話し合った方針を改めてレイドが言うと、レンカが賛成する。他のみんなも同じ考えのようで、頷いて返していた。

 俺たちが話し合って決めていた予定。それは、マーゼナル王国が本当はどんな国で何をしようとしているのかを他の国に伝えて、マーゼナル王国を孤立させること。

 そして、もう一つ__。

 

「__<ユニオン>に協力を求めることも、だな」


 俺が口を開くと、レイドは険しい表情で頷いた。

 ユニオンは国家を跨ぐ、完全中立組織。正義のためなら例え国が相手でも取り締まる、ユニオンに協力を求めること__それが、マーゼナル王国に勝つための大事な鍵になる。

 だけど、このヴァベナロスト王国に暮らす人たちは、ガーディによって世界を滅ぼそうとしている<魔族>と呼ばれるようになり、敵対視されている。

 だから、レイドたちがユニオンに協力を求めるのは不可能だ。


 だけど__幸運にも俺たちは旅の道中でユニオン各支部のトップ、<ユニオンマスター>の知り合いが何人かいる。みんないい人たちで、俺たちがお願いすれば力になってくれるはずだ。


 それに、マーゼナル王国の支部にもアシッドという……一応俺たちの味方もいる。アシッドにマーゼナル王国の内部調査をして貰うことも考えていたけど、一つ問題があった。


「どうやって接触するのか、まだ決まってないんだよなぁ」


 アシッドと話がしたくても、アシッドがいるのはマーゼナル王国__敵の本拠地だ。

 そんなアシッドとどうやって接触するのかまでは思い付かず、結局そのままだった。


「それに、知り合ったユニオンマスターたちと話をしたくても、また全部の国を回るのは難しいね」

「あまり目立つ行動も避けたいよなぁ……」


 今まで出会ったユニオンマスターは、それぞれ離れた国にいる。全員に話して回るには時間がかかるし、目立つ行動をすればマーゼナル王国に勘付かれる可能性もあった。

 どうしようかと悩んでいると、ウォレスが頭をガシガシと掻きながら天井を見上げる。


「あぁぁ! 面倒臭ぇホワットアボザー! 一箇所に集まってくれれば楽なのによぉ!」

「ウォレス……それはさすがに無理でしょ」


 やよいが呆れたようにウォレスを嗜めていると、レイラさんが不意に呟いた。


「__それが、あるのよ。一箇所に集まる時が」

「……え!? 嘘ッ!?」


 ウォレスの無理な思いつきがまさか本当に実現することに、思わず驚きの声を上げる。

 レイラさんはコホンと咳払いしてから、話を続けた。


「ユニオンについてあまり詳しくないけど……どうやら一年に一度、ユニオンの本部に各国の支部のユニオンマスターが一堂に会する日があるらしいわ」


 ユニオンの本部か。まぁ、支部があるなら本部もあるだろう。

 話を聞いた真紅郎が顎に手を当てながら、レイラさんに問いかけた。


「その本部はどこなんですか?」

「ここから北にある豪雪地帯、<ドルストバーン山脈>と呼ばれる大山脈のどこかにあるらしいけど……さっきも言ったけど、詳しく知らないから正確な場所までは分からないわ」


 ドルストバーン山脈……聞いたことがないところだ。

 大山脈と言うぐらいだから、かなり広いだろう。探すのも一苦労になりそうだな。

 次にサクヤが首を傾げながら「……いつ、あるの?」と聞くと、今度はレイラさんの代わりにローグさんが答える。


「今のを聞いてワシも思い出したわい。たしか__太陽が沈まない夜・・・・・・・・に、各国のユニオンマスターが集まり、会議を行うと」

「ヘイ、ちょっと待て。太陽が沈まない夜って、そんなのあるのか?」


 訝しげに聞くウォレスに、真紅郎は「あるよ」と言ってから説明し始めた。


「白夜、って聞いたことない? 北極とか南極の自然現象なんだけど」

「あ! それ、前に授業で聞いたことある!」


 真紅郎の説明に、やよいが反応する。俺も聞いたことがあるけど、詳しくは知らないんだよな。ウォレスはさっぱり知らないのか首を傾げていた。

 とにかく、その白夜がある日に本部でユニオンマスターが集まるんだな?


「ちなみにローグさんは本部の場所は分かりますか?」

「すまんな、ワシも詳しくは分からん」


 真紅郎の問いにローグさんは申し訳なさそうに首を振る。他の人も分からないみたいだし、本当に行って探さないといけないようだ。

 でも、これなら一発でユニオンに協力を求められそうだな。早いとこ向かいたいけど、そもそも白夜っていつなんだ?

 そんなことを考えていると、察したのかレイラさんが答えてくれた。


「白夜はおよそ一ヶ月後・・・・よ」

「一ヶ月後……本部があるドルストバーン山脈まで、どれぐらいかかりますか?」

「そうね……ワイバーンに乗って、二ヶ月ってところね」


 ワイバーンで二ヶ月って、かなり遠いな。それじゃあ、白夜に間に合わない。

 すると、大広間の扉が勢いよく開いた。


「__話は聞いていたぞ。俺に任せろ」


 大広間に入ってきた筋骨隆々の大男、ベリオさんはニヤリと笑いながら鼻を鳴らす。


「ワイバーンで二ヶ月なら、機竜艇を使えば二週間もあれば着くだろう。結界の改造がまだ終わってないから、それが終われば連れて行ってやる」

「ベリオさん、ありがとう!」


 お礼を言うとベリオさんはまた鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 これで本部まで行く手段は確保出来た。結界の改造には一週間ぐらいかかるらしいから、それまで療養することをレイラさんに指示され、会議は終わった。

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