十八曲目『求め願うは一つの夢』
洞窟を進む度に、心臓が激しく鼓動する。
光を放つ鍾乳石の明かりを頼りに、薄暗い洞窟を足を止めずに歩き続ける。ヒヤリとする肌寒さに吐き出す吐息が白くなっていた。
緊張と恐怖に、息が浅く激しくなる。心臓がうるさい。足が震えてくる。
それでも__俺は、もう止まる訳にはいかない。
そして、俺は目的の場所……触れた者の最も恐怖している幻影を見せる、心影石が鎮座された広い空間にたどり着いた。
ゆっくりと深呼吸してから、ぼんやりと七色に輝く心影石に近づいていく。
台座の前に立った俺は幻影のフェイルに貫かれた右肩を、ギュッと掴んだ。
__これは、幻痛だ。本当に傷ついてる訳じゃない……ッ!
右肩には傷一つない。痛むのは、気のせいだ。そう言い聞かせるように呟いてから、俺はジッと心影石を見つめる。
__俺はもう、逃げない。誰からも……
夢見ていた雄大な青空に、ガーネットは飛んでみせた。
一心不乱に、もがき苦しみながら飛んだガーネットの、あの姿。そのおかげで俺は、ようやく答えを掴み取った。
気付いていたはずの答えから目を逸らし続けていた俺を、ガーネットはその身を持って気付かせてくれたんだ。
__あんなの見せられて黙ってるなんて……男が廃る。
引きつりながらニヤリと笑みを浮かび、ソッと心影石に向かって手を伸ばす。
これに触れれば俺は、幻影を見せられる。自分が最も恐怖している存在__フェイルの幻影を。
だけど、俺は覚悟を決めた。
__行くぞ。
そして、意を決して心影石に触れる。
その瞬間__一気に魔力が吸い取られた。
__ぐ……ッ!
かなりの魔力を吸い取られ、ぐらりと視界が揺らいでいく。酔っぱらったように視界がグルグルと回り、目の前が眩んでいった。
俺は身を預けるように目を閉じ、視界が暗転する。
フワフワと体が浮くような無重力を感じ、平衡感覚が分からなくなっていく。
そのまま数秒して、足が地面に着いた感覚がした。
静かに深呼吸してから目を見開くと__目の前に立っていたのは、フェイルだ。
「……またお前か。性懲りもなくやられに来たとは……呆れ果てるほど、バカな男だ」
フェイルはやれやれと呆れながら肩を竦めると、背筋が凍るほど鋭い視線で俺を射抜いてくる。ビクリと肩が震え、恐怖が心を蝕んできた。
だけど、俺は恐怖を飲み込むようにゴクリと息を呑んでから、魔装を展開する。
__お前は、ただの幻影。俺の恐怖の具現……偽物だ!
手にした剣を構え、
恐怖は押し殺さず、抱えて進む。怖い気持ちも、逃げたい気持ちも全部ひっくるめて抱えて、戦う。
__ここで、お前に勝つ。
「フンッ。何を言うかと思えば……偽物は、お前の方だろう」
鼻を鳴らしたフェイルは剣を構えた。
向かい合う
すると、俺に剣を向けていたフェイルの姿が一瞬にしてかき消えた。
俺は反射的に剣を薙ぎ払うと重い感触が手に伝わり、鈍い金属音が響き渡る。
俺の剣とフェイルの剣がせめぎ合う中、フェイルは真っ直ぐに俺を睨みながら、叫んだ。
「__いい加減に死ね! がらんどうの人紛い!」
ギリギリと俺の剣をへし折らんばかりに押してくるフェイルに、俺は歯を食いしばりながら押し戻した。
__俺は、死ぬ訳にはいかない……
そのまま剣を振り払い、フェイルを押し返す。
トンッとバックステップで距離を取ったフェイルを追って、俺は地面を蹴った。
目を見開いて驚いているフェイルに向かって、剣を振り下ろす。
「グッ!? 貴様ぁ……ッ!」
ギリッと歯を鳴らしたフェイルは俺の剣をいなして、返す刃で俺の首を狙って剣を薙ぎ払う。
剣で防いだ俺は即座にしゃがみ、下からすくい上げるように剣を振り上げた。
対するフェイルは剣を振り下ろし、また甲高い金属音が響く。火花を散らして剣と剣がぶつかり合う中、フェイルは俺に向かって怒鳴り散らしてきた。
「多少は戦えるようになっても、お前は今も人形のままだ! 誰かの真似ばかりの人形! 自分の命を無価値と考える人紛い! 誰かを助けることすら真似事の偽善者! その事実は変わりはしない!」
言葉のナイフと共に、フェイルは剣を振り下ろす。
剣で防ぐとズンっと重い衝撃に膝が折れそうになりながら、どうにか堪えた。
だけど、フェイルは防がれても関係ないと剣を何度も振り下ろしてくる。
「空っぽのお前に誰も救えない! 中身のない正義に意味などない! お前みたいな弱者は地を這い回り、虫けらのように死ね!」
言葉と共に剣が叩き込まれていく。伝わってくる衝撃に腕が痺れ、膝が折れ曲がっていく。
心を抉ってくるフェイルの罵声と、振り下ろされる剣を歯を食いしばって、耐え続けた。
そして、フェイルは思い切り剣を振り上げ、全体重を乗せて振り下ろしてくる。
「__お前のような男は生きていても無意味だ。
ずっと耐えていた俺の体が、フェイルの言い放った言葉にピクリと反応した。
俺には何もない? がらんどう?
__違うッ!
フェイルに向かって声にならない声で叫びながら、剣を薙ぎ払う。
全体重を乗せて振り下ろされたフェイルの剣と俺の薙ぎ払った剣がぶつかり、甲高い金属音が空気を破裂させるように轟いた。
俺の剣によってフェイルの剣が押し返され、フェイルは驚きながら仰反る。
「まだ、こんな力を……ッ!」
__たしかに、俺はがらんどうの人形だった!
振り下ろした剣を防いだフェイルが、苦悶の表情を浮かべながらたたらを踏んだ。
追いかけるように剣をまた、振り下ろす。
__だけど! 俺にはちゃんと、
俺の剣を受け止めたフェイルが徐々に後ろに下がっていく。
心の赴くまま、俺はフェイルに向かって叫び続ける。
__イズモ兄さんになろうと、弱い自分を隠すように仮面を被ってきた! そうすれば、無価値な俺にも価値が生まれると思っていたから!
剣だけじゃなく、心の叫びをフェイルにぶつけた。
イズモ兄さんが死んでから、俺はイズモ兄さんになろうとしてきた。そうやって生きることで、イズモ兄さんが死んだ現実から逃げようとしていた。
でも俺はあの日、偶然出会った__路上ライブをしていた女性に出会ってから、変わったんだ。
__がらんどうの人形だった俺の心が、初めて求めた! あの人のようになりたいって! あの人のような、
それは、初めて俺の心の奥底から湧き上がってきた、一つの願い。
虐げられ、心を壊し、憧れの存在の生き方をトレースしてきた、人紛いの俺に__初めて生まれた、一つの感情。
路上ライブをしていた女性が奏でたギターの音色が、紡いだ歌声が、俺の心を動かした。空っぽだったはずの俺の中身を、満たしてくれた。
その瞬間から俺はようやく__
__俺はもう、迷わない! 手放したりしない! 俺が、タケルという
剣の柄を握りしめる手に、力が籠もっていく。
振り下ろした剣に、感情が込められていく。
叫んだ言葉に、魂が伝わっていく。
フェイルの剣を弾いた俺は、切っ先をフェイルに向けながら……気付いてて見ない振りをしていた、自信がなくて掴めずにいた答えを、言い放つ。
__俺の答えは! 俺が求めたものは! 俺がこの先、やりたいことは!
魂が歓喜している。
心臓が高鳴り、体の奥底から力が湧き上がる。
呼応するように俺の中に眠る白い魔力が体から吹き出し、音属性の魔力と混ざり合う。
祝福するように鐘の音が轟き、
「__音楽だ!」
俺の
吹き出した白い魔力が波紋のように広がり、真っ暗だった空間が一気に白く染まった。
剣を左腰に置き、居合のように構えた俺は__フェイルを真っ直ぐに見据える。
「この気持ちは、この想いは、自分の内から生まれた本当の願いだ! 憧れ、あの人のように誰かの心を動かすような音楽をしたい! それが、俺がやりたいこと! やるべきことだ!」
「だが! それは与えられたものだろう!? 誰かに憧れ、真似していることには変わりない!」
声を張り上げて反論してくるフェイルに、俺は頬を緩ませた。
「……あぁ、そうだな。たしかにこの願いは、あの人のようになりたいという憧れからくるものだ」
「なら結局、お前は偽物の……」
「でも、この想いは偽物なんかじゃない。俺自身が求めたものだ。俺が掴み取りたいと願った、
最初はあの人のようになりたいと憧れていたけど、別にあの人そのものになりたいと思った訳じゃない。
教えて貰った、感動した音楽を俺もやりたいと願っただけだ。
その願いは間違いなく俺自身から生まれ、俺だけの夢になった。
「__そして、その夢は……俺だけのものじゃなくなった」
たった一人で頑張り続けた音楽。
譜面も読めない、音楽経験ゼロの俺が一から努力したその夢は__導かれるように
__それは、大学生になった頃のこと。
俺は今まで聴いてこなかった色んな音楽を聴きながら、ギターと歌の練習をする。そんな毎日を繰り返していた。
そして、練習のために一人でカラオケに行って歌っていると__いきなり、一人の高校生ぐらいの女の子が部屋に入ってくる。
びっくりして唖然としていると、その女の子は俺に向かって、言い放った。
『__ねぇ! あたしたちとバンド組まない!?』
最初は理解出来ずに呆気に取られていると、女の子に続いて部屋に入ってくる人が二人。
『い、いきなりすいません! あぁ、もう! 何やってるの!?』
中性的でぱっと見は女性に見える小柄な男はペコペコと謝りながら、女の子を嗜める。
『ハッハッハ! めちゃくちゃ
金髪の大柄な外国人は、大笑いしながら腹を抱えている。
すると、女の子はキラキラと目を輝かせながら、その二人と話し始めていた。
『だってこの人の歌声、凄かったんだもん! 扉越しでも聴こえてくるぐらいの声量、惹きつけられる歌声! これは、あたしたちのバンドに必要な人材だって!』
『だからって、普通知らない人の部屋に飛び込む? もう少し考えて行動しないとダメだよ?』
『ハッハッハ! まぁ、いいじゃねぇか! 面白かったからな!』
俺を放って置いてガヤガヤと騒ぐ見知らぬ三人に、俺は何も言えずに目をパチクリすることしか出来ずにいた。
すると、女の子は俺に目を向けると、コホンと咳払いしてから口を開く。
『そういう訳で、どう? あたしたちのバンドに入らない?』
『えっと、バンド? 俺、そういう経験ないけど……』
女の子からの提案に恐る恐る答えると、女の子は花が咲いたように笑顔になった。
『なら、やってみようよ! 絶対楽しいから!』
その言葉は、俺の心を震わせる。
根拠はない。でも、魂が伝えてきた。
__こいつらのバンドに入れ、と。
俺はククッと小さく笑ってから、三人を見据えて答える。
『__いいぞ。楽しそうだし』
俺の答えに目を丸くしていた三人は、示し合わせたように笑った。
『じゃあ、決まり! あ、そうだまだ名前言ってなかったね。あたし、やよい! 現役女子高生で、ギター担当だよ!』
女の子の名前は、やよい。
『そんな簡単に決めていいものじゃないと思うけど……ボクは真紅郎、ベースを担当してます。あ、一応言っておくけど……こう見えて男です』
小柄な中性的な顔立ちの男の名前は__真紅郎。
『ハッハッハ! オレはウォレス! ドラム担当にして、バンドのイケメン担当だ!』
金髪の外国人の名前は__ウォレス。
三人の名前を聞いた俺は、流れに乗って自己紹介した。
『俺はタケル、大学生だ。あ、その前に……一つ、聞きたいことがある』
バンドに入るのはいい。でも、その前にこれだけは聞いておきたい。
『お前たちの目標って、夢ってなんだ?』
俺の問いに三人は首を傾げる。そして、女の子__やよいは、自信満々に胸を張って、答えた。
『あたしたちの夢は__メジャーデビューすること! 満席の大きなステージで、
それは、とてつもなく大きな夢だ。
誰もがバカにするような、夢物語だろう。
だけど、目の前にいる三人……やよい、真紅郎、ウォレスは本気で夢を追いかけようとしている。
真っ直ぐに、ひたむきに。
その答えを聞いた俺は、頬を緩ませながら笑った。
『あぁ__最高だな、それ』
俺は、偶然出会ったあの人の路上ライブで音楽をやりたいと思っていた。
あの人のように、誰かの心を動かすような音楽を。
それを一人でやるのは難しいと思っていたけど……こいつらとなら、出来る気がする。
『で、お前たちのバンドってなんて名前なんだ?』
俺が入る、夢を叶えるためのバンドの名前。
それを聞くと、やよいはニッと笑いながら、手を差し出してきた。
『__Realize。夢を実現させて、みんなにあたしたちの音楽を理解して貰うためのバンドだよ。よろしくね、タケルさん!』
Realize、か。
頭の中で反復し、魂に刻み込んでから、差し出されていた手を掴み__握手する。
『タケルでいいよ。よろしくな』
この時から、俺の夢は俺たちの__Realizeの夢になった。
そうだ、俺はもう一人じゃない。やよい、真紅郎、ウォレス……この異世界に来て加入した、サクヤ。それに、マスコットキャラのキューちゃん。
俺はみんなと音楽がやりたい。俺たちの音楽を、色んな人に届けたい。
__それが、俺の夢だ。
「一人じゃ叶えられない夢も、みんなとなら叶えられる。俺は、みんなと一緒に夢に向かって歩いていく。音楽をやり続ける。それが、俺が求めるたった一つの
自信を持って言い切った俺に、フェイルはギリッと歯を食いしばって怒りを露わにしていた。
「そんなもの! 一人じゃ何も出来ない自分の無力さを正当化しようとしてるだけだ! お前のような弱者が語る夢物語に過ぎない!」
「__だったら」
腰元に構えた剣身に、魔力を流していく。
魔女の家に世話になってから自然と鍛えられた魔力コントロールにより、一瞬にして魔力と剣身が一体化していった。
音属性と白い魔力が混ざり合った純白の魔力を迸らせながら、俺はフェイルを真っ直ぐに睨んで、ニヤリと笑みを浮かべる。
「__その夢物語を、命を賭けて歌い続けてやるよ」
その言葉を最後に、俺は地面を蹴った。
居合のように剣を構えたまま、白色の魔力の尾を引きながら走り抜ける。
「偽物! 偽善者! 人の紛い物! がらんどうの人形!」
フェイルは呪詛のように俺に向かって叫んでいた。
だけど、俺の耳には__心には、届かない。
踏み込み、加速した俺は一直線にフェイルに向かっていく。
「弱者! 虫けら! 死ね!」
フェイルは罵声を叫びながら、剣を振り上げた。加速した俺は、気にせず前へと足を踏み出す。
そして、自分の恐怖が具現した存在に向かって、剣を薙ぎ払う__ッ!
「__<レイ・スラッシュ!>」
俺はフェイルと横を駆け抜け、魔力を込めた一撃を無防備になっていた腹部を斬りつけた。
そのまま俺とフェイルは背中合わせに立ち、残心を取る。
すると、真っ白になった空間にヒビが入り、崩れ落ちていった。
「……恐怖を打ち破り、答えを得た貴殿に問う。貴殿はいつまで、その夢物語を歌い続ける?」
フェイルは……いや、心影石が見せる俺の
俺は剣を振り払い、白い魔力を散らしながら、背中を向けたまま答えた。
「__俺たちの音楽が、全ての人に届くまで」
俺の答えを聞いた幻影が笑いながら消えるのを背中越しに感じながら、俺は目を閉じる。
そして、目を開くと__洞窟に戻っていた。
振り返るとそこには、一刀両断された心影石の姿。
「……勝った」
静かに呟いてから魔装を指輪に戻し、ゆっくりと息を吐いてから心影石に背を向けて洞窟の外に出ようと歩き出す。
すると、洞窟を出た俺を太陽の光が出迎えてくれた。
真っ暗な夜が明け、眩いばかりの朝日が俺に差し込む。
魔女と約束した、答えを出す期限__その当日の朝を迎えた。
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