十六曲目『もがく者』

 昼前の森の中に、カコンッと薪が割れる音が響く。

 斧を振り下ろした体勢の俺は、ゆっくりと体を起こしながらため息を吐いた。


 __今日の分は、これぐらいでいいか。


 割った薪は山のように積み重なっている。これだけあれば、数日は持つだろう。俺は魔力を通していた斧を地面に置き、ゴロリと横になった。

 深呼吸してから、空を見上げる。鬱蒼とした木々の隙間から見える空は、綺麗な青色だった。

 ぼんやりと空を見つめながら、考える。


 魔女が俺に与えた猶予。答えを出すまでの期限まで__残り一日。


 明日までに魔女の琴線に触れるような答えが出せなければ、俺は魔女に殺されることになる。

 イズモ兄さんとの過去を見てから二日が経ったけど、もう少しで俺が求める答えに手が届きそうで……手が届かずにいた。

 

 __いや、違うか。俺は気付いているはず。ただ……。


 それが本当にそうなのか。本当に求めている答えなのかが、自信を持てずにいる。

 グルグルと考えが堂々巡りになり、結局今日まで先延ばしになっていた。

 その間、魔女に言われていた薪割りや洗濯、料理、ガーネットの世話などをしていたけど……いい加減、答えを出さないとな。

 体を起こし、地面に置いていた斧を持ち上げる。最初は緻密な魔力コントロールが必要なこの斧を使いこなすのに苦労していたけど、なんだかんだで慣れてきた。

 それに加えて洗濯でも魔力を効率的に動かすようにしていった結果、今の俺の魔力コントロールはかなり洗練されている。

 今の俺がレイ・スラッシュを使えば……本家本元の、ロイドさんが使った時並みのレイ・スラッシュが放てることだろう。


 __これもまた、成長だな。


 小さく笑みをこぼしながら斧を肩に担いで家に戻った。

 家に入ると出迎えてくれたキュウちゃんはトテトテと近寄ってくると、俺の体をよじ登り頭の上に乗っかってくる。


「きゅ!」

「あら、戻ったのね?」


 同時に、魔女も研究室から出てくると微笑みながら声をかけてきた。

 すると、魔女は俺をジッと見つめながら、呆れたように肩を竦める。


「分かってると思うけど、期限は明日よ? 大丈夫かしら?」


 __分かってるって。あともう少し、待って欲しい。


「えぇ、いいわよ。今の坊やなら、間違いなく私の知的好奇心を満たしてくれるような答えを出してくれるはずだから。期待してるわ」


 なんかハードルが上がってる気がするけど……とにかく、答えは必ず出す。

 魔女は満足げに頷くと、何かを思いついたのか俺を手招きしてきた。


「そんな坊やに面白いものを見せてあげるわ。ちょっとこっちにいらっしゃい?」


 面白いもの? 首を傾げながら魔女について行って研究室に入る。

 魔女は俺を椅子に座らせると、自慢するように自分の右人差し指にはめた指輪を見せつけてきた。

 それがなんなのか疑問に思っていると、思考を読み取った魔女はフフンッと鼻を鳴らす。


「これは、ザメが作った物の一つよ。見てなさい……」


 あの伝説の職人が作った物が、その見せつけてきた指輪らしい。

 魔女は指輪をかざし、魔力を流し始めた。


 そして__指輪が光り出すと、その場に映像が投影される。


 目を丸くして驚いていると、魔女はニヤニヤと楽しげに笑みを深めて説明し始めた。


「これは、私が飼っている<クロウシーフ>に取り付けてある道具が撮った映像を投影する指輪なの。ちなみに今映してる映像は、あなたが逃げ出したヴァベナロストのものよ」


 クロウシーフって言うと、黒いカラス型のモンスターか。魔女にカラスって、イメージ通りだな。

 それにしてもそのクロウシーフに取り付けてある道具は……俺たちの世界で言う、カメラみたいなものか。そして、そのカメラが撮った映像を指輪が投影し、リアルタイムで見れるようだ。

 空間に投影された映像を見てみると、たしかにそれはヴァベナロストの光景。数日しか離れていないはずなのに、どこか懐かしさを感じていると……。


 __やよい……。


 その映像に、やよいが映し出されていた。

 やよいは暗い表情で、ぼんやりと空を眺めている。

 やよいの表情を暗くさせている原因は__俺だろう。

 何も伝えず、いきなり姿を眩ませてしまったから……心配、してるだろうな。


「こんな可愛い子を置き去りにするなんて、いけない坊やね」


 魔女はやよいを見るとクスクスと笑いながら俺に言ってくる。俺は何も答えずに目を背け、心の中でやよいに謝った。 

 もう少しだけ、もう少しだけ待ってて欲しい。絶対に答えを出して、やよいの__みんなの元に帰るから。

 拳を握りしめてそう決意すると、魔女は映像を消して俺の頭に手を乗せてくる。


「焦っても答えは出ないわよ。さ、そろそろガーネットに食事を与えてきなさい。お腹を空かせてるわよ?」


 __あ、そうだった。


 魔女に言われ、まだガーネットに餌やりをしてなかったことを思い出す。ガーネットのことだ、俺が忘れていたことを知ったら怒るだろうな。

 俺はキュウちゃんを頭に乗せたまま急いで家を出て、餌を持ってガーネットのところへと走った。


 __待ってろガーネット! 怒らないでくれ!


「……きゅー」


 頭の上でキュウちゃんが呆れたようにため息を吐く。

 そして、ガーネットのところへと走っていると__何かが大きなものが倒れた音が、響いてきた。


 __ガーネット!?


 まさか、またモンスターが襲ってきたのか?

 そう思った俺は餌を入れたバケツを投げ捨て、地面を蹴って走る速度を上げる。

 頭の上でキュウちゃんがしがみついているのを感じながら、それでもどんどん速度を上げ……ガーネットがいつもいる、開けた場所にたどり着いた。

 すると、また倒れる音が聞こえる。


「グ、ルル……」


 そこではガーネットが地面に倒れ伏し、悔しげに喉を鳴らしている姿があった。

 周りを見ても、モンスターがいる気配はない。


 __な、何やってるんだ、ガーネット……?


 呆気に取られていると、倒れていたガーネットが体を起こす。

 太い足でしっかりと地面を踏み締めると、勢いよく走り始めた。


「グルオォォォォォッ!」


 雄叫びを上げ、ボロボロの翼膜を広げるとバサバサと大きな両翼を羽ばたかせる。

 そして、地面を砕きながら跳び上がると__そのまま地面を転がった。


「__ガァァッ!?」


 地震が起きたように地面を震わせ、勢いのまま倒れる。

 砂煙を巻き上げながら地面を滑るガーネットは、悔しそうに牙を剥き出しにして唸っていた。

 よく見るとガーネットの赤い甲殻は砂で汚れている。何をしているのかは分からないけど、何回も倒れているようだ。


 __お、おい! やめろってガーネット! まだルガルたちにやられた怪我は治りきってないんだぞ!?


 慌ててガーネットに走り寄って止めようとすると、ガーネットはギョロリと真っ赤な瞳を俺に向けてから、暴れ始めた。

 まるでもがくように暴れ回るガーネットに近づけず、足を止める。すると、ガーネットは起き上がり、また走り出した。

 足がもつれ、地面に倒れる。立ち上がり、また走る。そして、また倒れる。

 それを何度も、何度も……ガーネットは続けていた。


 __どうしたんだよ、ガーネット……。


 様子のおかしいガーネットを止めることも出来ずに、その場で立ち尽くす。

 地面に倒れたまま息を荒くしているガーネットは、ただ一点だけを見つめていた。


 それは__透き通るように、青い空だ。


 __お前、もしかして……。


 ようやくガーネットが何をしたいのか察した俺は、唖然とする。

 息を整えたガーネットはまた起き上がると、翼を羽ばたかせて地面を蹴った。

 一心不乱に、もがくように。ガーネットは__空を目指していた・・・・・・・・


 __空を、飛ぼうとしているのか……?


 俺の問いに答えるように、ガーネットは空に向かって吠える。


 年老い、翼膜がボロボロでもう飛べないはずのガーネットだけど……空を飛ぼうと、もがき続けていた。



 

 

 

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