十三曲目『破魔の力』

 プカプカと浮かんでいる感覚。

 水の中にいるような浮遊感に、俺はただ身を任せていた。

 すると、セピア色の記憶が蘇ってくる。


 __長い煙突。その先からゆらゆらと漂う煙が、空に消えていく光景。


 俺はぼんやりと、その煙を目で追っていた。

 無感情に、ただジッと、その煙を見つめ続ける。


「__イズモ兄さん」


 煙を見つめながら、俺はイズモ兄さんを呼んだ。


 手が届かない場所に旅立った、二度と会えない__イズモ兄さんを。


◇◆◇◆


「坊や。坊や、起きなさい」


 体を揺らされ、意識が浮上していく。

 重い瞼を開くと、そこには丸い月が浮かんだ夜空が広がっていた。

 そして、チラッと横を見るとそこには……魔女の姿。魔女は俺が目を覚ますと、ホッと息を吐く。


「ようやく起きたわね」


 __俺は……。


 声にならない声で呟くと、意識を失う前の出来事がフラッシュバックした。

 慌てて起き上がってキョロキョロと見渡すと、丸くなって眠っているガーネットの姿を見つける。


 __よかった、生きてた……。


 ルガルたちに襲われ、今にも死にそうだったガーネットが無事で一安心した。

 ガーネットを助けることが出来たのは、夢じゃなかった。胸を撫で下ろしていると、魔女はクスクスと笑みをこぼす。


「あら、坊や……あれだけ絶望して死んでいた目が、今じゃすっかり生き返ってるわ。どうやら一つ、壁を乗り越えた・・・・・・・ようね?」


 魔女は俺の表情を見て壁を……戦うことへの恐怖心を乗り越えたことを見抜いていた。

 照れ隠しに頬をポリポリと掻きながら、頬を緩ませて口を開く。


 __まぁ、一応。


「フフッ……ねぇ、坊や。私に聞かせてくれないかしら? あなたが出した__答えを」


 魔女は興味深そうに俺を見つめながら、問いかけた。

 答え、って言っていいほどのものじゃないかもしれないけど……はっきりと、俺は答える。


 __戦うことへの恐怖は、まだ俺の心に残ってる。でも、それでいいんだ。俺は、恐怖心を抱えたまま、戦う。そう決めた。


 俺が導き出した……違う、思い出した・・・・・答えを話すと、魔女は口を手に置きながら笑みを深める。


「そう。恐怖心を殺すんじゃなく、抱えたまま……ね。いいわね、私好みの答えよ」


 どうやら俺の答えは、魔女の琴線に触れるものだったらしい。

 これで殺されずに済む、そう思っていると、魔女は人差し指を俺の額に押し付けてきた。


「でも、この答えはまだ不完全・・・。百点ではなく……そうね、七十点ってところかしら?」


 __七十点って、なんで?


 それなりに高いけど、満点は貰えなかった。疑問に思っていると、魔女はニヤリと笑いながら理由を話す。


「これはあくまで、戦うことへの答えでしょう? 私が求めているのは……坊やがこの先、どうやって生きるのか・・・・・・・・・よ。何をするために、何を成すために生きるのか。私は、それが知りたいの」


 口角を歪ませて妖艶に笑いながら、魔女は言う。

 言われてみればたしかに、俺が出したのは__戦うことへの答えだ。


 これから生きる上での目標、生きる目的はまだ……答えが出ていない。


 __そう、だな。それはもう少し待って欲しい。


「えぇ、いいわよ。約束の期間は残り四日……いえ、日を跨いだから三日ね。それまでに答えを出してくれればいいわ。楽しみにしてるわよ」


 そうか、俺が気絶している間に日を跨いでいたのか。

 残り三日。それが短いと思うか、長いと思うか。

 そこでふと、俺はルガルたちとの戦い__その時、俺から放たれた白い魔力のことを思い出した。

 あれがなんなのか。それを魔女に聞こうとすると、魔女は口に出す前に思考を読み取ったのか、手のひらを向けて押し止めてくる。


「待って、坊や。あの白い魔力は私にも感じてたわ。あれがあったから、私はここにいるの」


 どうやら魔女も俺が放った白い魔力を感じ取っていたらしい。そりゃあ、魔女ぐらいの魔法の使い手なら感じない方がおかしいだろう。

 すると、魔女は顎に手を当てながら困ったように唸った。


「初めに言っておくけど、あの白い魔力は私も知らないわ。記憶を読み取った時、ヴァベナロスト王国で言われていた、坊やの中に眠っている謎の魔力。それが、さっきの白い魔力ね」


 __あれが、俺の中に眠っている魔力……。


 ヴァベナロスト王国の王女、ミリア。

 ミリアは目が見えない代わりに魔力を見ることが出来る。そのミリアは俺の中に音属性の魔力と、謎の魔力__白い魔力があることを教えてくれた。

 基本となる五属性と俺が持つ音属性、そのどれとも違う未確認の魔力。それは、魔女ですら知らないものだったようだ。


「あの白い魔力がなんなのか。非常に気になるところだけど……一つだけ分かることは、あれは特別な魔力・・・・・。普通の人間が扱えるような代物じゃない。少なくとも、今の坊やには過ぎた力よ」


 __そんなに、危険な魔力なのか?


「危険……そうね、使いこなせないなら・・・・・・・・・危険よ。だけど、あの白い魔力にはおぞましさも悪意もない」


 魔女は一度言葉を区切ると、俺を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「__あれは純粋無垢な、生まれたばかりの聖なる光・・・・。闇を祓う、破魔・・の力よ」


 __破魔の力……?


 聞いたこともない力に俺は自分の手のひらを見つめる。

 そんな力が、俺に眠ってるのか?

 呆気に取られていると、魔女は「でもね」とため息を吐いた。


「それだけの力がただの人間に宿ること自体、普通じゃありえないわ。使いこなせない力は身を滅ぼす。それに、私ですら白い魔力の全てを推し量ることが出来ないわ。ハイエルフのこの私でも、ね」


 __そんな力がどうして俺に?


「私も知りたいぐらいよ。まぁ、でも非常に強大な力なのは保証するわ。もし使いこなすことが出来れば……坊やは誰にも負けない力を手に入れられる」


 __使いこなせれば、だろ? 俺に出来るか?


「さぁ? それこそ、神のみぞ知る・・・・・・って奴ね……神は人に、乗り越えられない試練は与えないわ。そして、坊やに宿ったことには必ず理由がある」


 神、か。

 本当にいるのかも分からないけど……俺に宿っているってことは、理由はどうあれ俺の力だ。だったら、どうにかして使いこなせるようにならないと。


 それがフェイルやガーディ__そして、あのおぞましい謎の黒い魔力に打ち勝つ方法な気がしてならない。


「ま、今考えても仕方ないわ。とりあえず、家に戻りましょう?」


 魔女はそう言うと家へと戻ろうとしていた。

 その前に、魔女にお願いしないといけないことがある。


 __待って欲しい。一つ、お願いがあるんだ。


 魔女を呼び止めてから、意を決して言い放つ。


 __俺の記憶……忘れようとしていた過去を、俺に見せて欲しい。


 そうお願いすると、魔女は意外そうに驚きながらニヤリと不敵に笑った。


「へぇ? どういう風の吹き回しかしら? あれだけ頑なに拒否していたのに」


 __俺はもう逃げないって決めた。恐怖心は殺すものじゃなく、抱えて進む……それは俺の兄、イズモ兄さんが教えてくれたことなんだ。


 そうだ、俺はもう逃げない。過去からも、弱く情けない自分自身からも、イズモ兄さんからも。

 俺がこの先どうするのか。どう生きていくのか。

 その答えは__忘れたいと、見ないフリをしてきた過去にある。そんな気がしていた。


 __だから俺に……イズモ兄さんに関する記憶を見せて欲しい。


 理由を話すと魔女は納得したように頷く。


「なるほど、坊やにはお兄さんがいたのね。いいわよ、坊や。その願い、この魔女が聞き届けましょう」


 そう言うと魔女は俺の頭に手をかざした。

 ゆっくりと深呼吸してから、気合を入れ直して魔女を見つめる。


「……前にも話したと思うけど、過去を遡るほど坊やの負担が大きくなって、下手すると脳味噌が弾け飛ぶわ。そうしないように加減はするけど、それなりに辛いわよ? それでも、いいかしら?」


 脅すように言ってくる魔女に、俺は力強く頷いて返した。


 __あぁ。覚悟は出来てる。


「そう。それじゃあ__行くわよ」


 その言葉を最後に、魔女の魔力が俺に流れ込んでくる。

 頭から体を駆け巡り、脳にまで届くと俺の意識が徐々に遠のいていった。

 ビキビキと脳味噌が締め付けられるような感覚を必死に堪え、歯を食いしばる。


「__さぁ、坊や。あなたの過去、覗かせて貰うわ」


 その言葉を最後に、俺の意識は水の中に沈み込むように遠くなる。

 真っ暗に塗り潰された視界に、カラカラとレトロな映写機が回る音が聞こえてきた。


 そして、真っ暗な視界にセピア色の映像が映し出される。


 その映像の始まりは、父親と母親が喧嘩している光景。

 

 __俺の最初の記憶……幼き日の記憶の映像だった。



 

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