二十一曲目『平和の終わり』
俺たちはペアに別れ、街を巡回することになった。
俺はレイドと、真紅郎はヴァイク、ウォレスはローグさん、サクヤはレンカ。やよいはレイラさんと一緒になり、ストラとミリアは城で襲ってきたライオドラゴンの調査をしていた。
アスワドはというと、黒豹団たちと共に街の中と外を見て回っている。
レイドと一緒に街の大通りの巡回を始めて一時間ぐらいが経ったけど、怪しい奴はどこにもいなかった。
「そう簡単には見つからないな」
ため息混じりに呟くと、レイドが顎に手を当てながら答える。
「そもそもこの国は閉鎖的だ。もしも外部から来た者がいれば、すぐに分かるはず」
「なのに、住民はそんな奴を見てないなんて……ちょっとおかしいよな?」
マーゼナル王国や他国に場所や情報が漏れないように一切の繋がりを絶っているこの国で、外から来た奴がいればすぐに噂になるだろう。
だけど、住民たちに話を聞いてもそれらしい奴は見ていない。隠れるのが上手いにしても、噂にもならないなんて少し妙だ。
レイドも同意見なのか、眉間にシワを寄せながら頷く。
「この街に隠れ潜むところは、限られている。だが、そこはもう調査済みだ。他に隠れられそうな場所はないはずだが……」
腕組みしながら考え込むレイド。この国に暮らしているレイドがそう言うなら、本当に隠れられそうな場所はないのかもしれない。
土地勘がある訳でもない俺も思いつくはずもなく、二人で頭を悩ませる。
「……だが、諦める訳にもいかない。もし、そいつがこの国に何かをしようとしているなら、民が危険だ」
「そうだな。とにかく、探し回るしかないな」
そうと決めた俺たちは、また歩き始める。
それにしても、と俺は隣にいるレイドに目を向けた。
レイドはいつも通りの鎧姿だけど、その左肩には六聖石としての証、サファイアが取り付けてある純白のマントをかけている。
すると、その姿を見た住民たちは目を丸くして驚き、ざわついていた。
「おい、あれ……」
「あぁ。六聖石があれを付けてるって、よっぽどだぞ?」
「もしかして、この間のモンスターの襲来が関係しているのか?」
六聖石としての正式な衣装姿のレイドを見て、この国に何かが起きようとしていることを察している様子だ。
それを見た俺は、レイドにこっそりと小声で声をかける。
「なぁ、レイド。住民たちを避難させた方がいいんじゃないか?」
「……いや、心配には及ばない。この国の民たちは、もしもの時の避難経路を知っているからな。この間のライオドラゴンの襲撃はあまりに突然過ぎてすぐに動けていないようだったが、その一件で警戒している今なら間違いなく大丈夫だ」
「避難経路?」
俺が聞き返すと、レイドは力強く頷いて返す。
「あぁ。この街の至る所に、隠し通路がある。それは地下に繋がっていて、緊急時に民たちは避難出来るようになっているんだ」
「地下……なぁ、レイド。もしかして、この国を狙っている奴はそこにいるんじゃ?」
「それはない。地下の存在を知っているのはこの国に暮らす者のみ。普段は絶対に口に出さないように言いつけてある。それと、地下の避難場は女王の許可なく開けられることはない」
地下の存在を知った俺は、もしかしてそこに敵が潜んでるんじゃないのかと考えたけど、すぐにレイドは否定した。
レイド曰く、地下にある避難場はレイラさんがある道具を使わないと解放されないらしい。
ついでに言うと、この間のライオドラゴンの時も解放されていたようだ。
そこまではっきりと言われたら地下にいる可能性はない、か。
「そうなるとますます分からないな……」
八方塞がりの状況に、ため息が漏れる。
このまま闇雲に探すのもな、と思っていると別の区域を見回っていた真紅郎とヴァイクが近づいていきた。
「タケル、何か見つかった……感じではないね」
真紅郎は俺の様子を見て苦笑する。
肩を竦めて答えると、ヴァイクが面倒臭そうに頭をガシガシと掻いた。
「タケル、レイド。街の巡回は俺たちがやる。お前たちは一度、城に戻れ」
「どうかしたのか?」
「……何か妙だ」
ヴァイクはどう答えていいのか考えていると、真紅郎が代わりに答える。
「ここまで何も情報がないのはおかしい。この国に何かしようと企んでいるなら、準備するのに動かない訳がない。そうなれば、住民の誰かが気づくはずでしょ?」
「まぁ、そうだな」
真紅郎の考えに同意する。ここまで何も動きないのは、たしかに妙だ。
すると、ヴァイクが俺とレイドを真っ直ぐに見つめながら、口を開く。
「そこで、俺と真紅郎はある一つの考えに至った」
「考え?」
「そう、それは……動きがないのはもう、
それって、と目を丸くして驚いていると、レイドが表情を固くさせた。
「動きがないのは、準備が終わって始める段階に入っているから。そうなると、危ないのは……」
「この国の中枢__城だ」
レイドの話をヴァイクが続ける。
今、城にはストラとミリアしかいない。もしも、その城が襲われたら__ッ!
「もちろん、これは予想だよ。もしかしたらまだ準備が終わってなくて、ボクたちが動き出したから警戒して隠れているのかもしれない」
「だが、もしもこれが事実なら……」
ミリアが危ない。
俺は踵を返して城に向って走り出そうとすると、真紅郎が呼び止めてくる。
「待って、タケル! まだ決まった訳じゃないから、ボクたちは巡回を続ける! でも、もしもの時はすぐに呼んで!」
「レイド!
俺は真紅郎に、レイドはヴァイクに頷いて返してから、地面を蹴って走り出した。
大通りを駆け抜け、遠くに見える城に急いで戻る。
「タケル! 貴殿の魔臓器はまだ完治していない! もし敵がいたとしても、無理はするな!」
「分かってる! でも、ミリアが危険に晒されていたら……」
その時は例え魔臓器が完治してなくても、全力で戦う。
俺の覚悟が伝わったのか、レイドは渋い顔をしながら頷いた。
「これが杞憂であればいいが……急ぐぞ」
「あぁ! <アレグロ!>」
俺は音属性魔法、
紫色の光の尾を引きながら加速した俺は、ギリっと歯を食いしばった。
「頼む、間に合ってくれ……ッ!」
真紅郎たちが言っていたことは、まだ憶測の域を出ていない。それでも、もしも準備が整っていて、城の内部に敵がいたら……。
頭に過った嫌な想像を振り払うように頭を振り、地面を蹴る足に力を込める。
紫色の光と火の粉を散らしながら俺とレイドは大通りを駆け抜け、城門前にたどり着いた。
今のところ何か起きている様子はない。でも城に近づくにつれて、俺は感じていた。
何かが__城の内部にいる。
「悪い、レイド! 先に行く!」
城門が開くのを待っていられない。そう判断した俺はレイドに声をかけてから、城壁の方に駆けていく。
「<アレグロ><ブレス><スピリトーゾ!>」
効力を失ったアレグロをまた使い、ブレスで接続させてから
足に強化を集中させ、城壁に足をかける。そのまま力を込めて壁を蹴りながら、一気に上へと跳び上がった。
そのまま壁を走り、城壁の隙間に指をかけてから、また上へと跳ぶ。
筋力と敏捷を強化した俺は、そのまま高い城壁を登って行った。
「タケル!? くっ……早く城門を開けるんだ!」
下の方でレイドが焦りながら門番に叫んでいるのを聞きながら、俺は城門の縁に手をかけて体を持ち上げる。
城門の上に立ってから城の中を見渡していると、まだ何も起きていない。
でも、間違いなく何かがいるのは感じ取れていた。おぞましく、冷たさを感じさせる何かが。
「__あっちか?」
ふと、俺が目に止まったのは城の中央にある中庭。その一角にある、植物園だ。
ゴクリと息を呑みながら、覚悟を決めて城壁から飛び降りる。
風を感じながら落下していくと、どんどん地面が近づいてきた。このまま着地すれば、足が折れるのは間違いない。
「<レント!>」
そこで俺は地面に着地する直前で自分に
フワリと速度が落ちた俺は、軽い音を立てながら無事着地した。
「解除! <アレグロ!>」
レントを解除してすぐにアレグロを使い、中庭に向かう。
植物園に近づく度に、まるで上からのしかかってくるような重圧を感じていた。
思わず足が止まりそうになるのを必死に堪え、心の中で自分を鼓舞しながら植物園の前にたどり着く。
荒くなった息を整えながら、アレグロを解除してゆっくりと足を進めた。
大きな花のアーチを通り、多くの花壇が並んでいる植物園を進む。その先には、ポーションの材料になる大事な花__アレルイヤの花が咲いている花壇がある。
すると、その花壇の前で__誰かがしゃがんでアレルイヤの花を見つめている背中が見えた。
「__ッ!」
その背中を見た瞬間、喉元に剣先が向けられているイメージが頭に過ぎる。
ドクン、ドクンと鼓動が激しくなり、呼吸が浅く早くなっていった。
ゆっくりとその背中に近づいていくと、そいつはスッと立ち上がる。
「お前は、誰だ……?」
緊張で乾いた喉で絞り出すように、そいつに声をかけた。
すると、そいつは俺に背中を向けたまま口を開く。
「__アレルイヤ。あらゆる怪我を治す幻の花。これが、そうか」
その声は、聞き覚えがあった。
六聖石がライオドラゴンを討伐した時、住民たちの中で聞こえた感情が込められていない機械的で冷たい声。
そいつは俺に気付いていないのか、意図的に無視しているのか知らないけど、手に持ったぼんやりと紫色に発光しているアレルイヤの花を見つめている。
「かの英雄、アスカ・イチジョウが見つけた花……なるほどな」
「__その花に触るな!」
俺のことなど眼中にないと言わんばかりに無視を続けるそいつに、声を張り上げた。
その花はこの国の要、ミリアが大事にしている花だ。それを、勝手に触るどころか摘み取るなんて許せるはずがない。
怒鳴りながら魔装を展開し、剣を握りしめると……そいつはとうとう振り向く。
俺と同じぐらいの背丈の細身の男。
藍色のロングコートに、口元を隠すように首に巻かれた黒いマフラー。
短く切り揃えられた銀色に近い白色の髪をオールバックにし、猛禽類のように鋭い目つきに灰色の瞳。
そしてその肌の色は__褐色だった。
「ダーク、エルフ族……?」
その容姿は俺たちの仲間、サクヤと同じダークエルフ族のそれだ。
男は能面と言っていいほど表情を変えず、射抜くような視線を向けてくる。
ゾワリ、と背筋が凍る。頭の中で警鐘が鳴り響く。
本能が叫んでいた__こいつは、危険だと。
今すぐにでも逃げ出したい気持ちを押し殺し、意を決して剣を構えた。
「お前は、誰だ……ここで何をしてる?」
「__偽りの勇者か」
俺の問いに答えず、男は表情と同じ冷たい口調で言い放つ。
偽りの勇者。ガーディの手によってこの異世界に召喚され、勇者として祭り上げられ、騙されていた俺を言い表すには、正鵠を射ているだろう。
だけど、それを言うってことは、こいつは間違いなく……。
「お前、マーゼナル王国の……ガーディの仲間だな?」
俺を勇者だと知っているのは、限られた人間しかいない。
敵対していた魔族、レイドたちと……マーゼナル王国の奴ぐらいだ。
でも、レイドたちは今は仲間だ。目の前にいるこいつは敵__つまり、マーゼナル王国側に違いない。
すると、男は隠す気もないのか頷いた。
「それが?」
「それがって……お前、この国に何をするつもりだ? 俺たちを追ってきたのか?」
「質問ばかりだな」
「__答えろ!」
剣の柄を強く握りながら、すぐにでも動けるように姿勢を低くすると、そいつはチラッと手に持っていたアレルイヤの花を見やる。
「オレの目的は、二つ。お前たち勇者。そして__」
そいつは、アレルイヤの花を握り潰した。
ハラハラと砕けた花弁が地面に落ちる中、そいつは俺を真っ直ぐに見つめながら、言い放つ。
「__この国を、滅ぼすこと」
その瞬間、街の方で爆音が響いた。咄嗟に音の方を見ると__空に無数の影。
翼を大きく広げ、空を走るように飛び回る巨体。
「ライオドラゴン……ッ!」
空を飛び回る無数の影は、ライオドラゴンだった。
この国には結界が張られているはずのなのに、ライオドラゴンは自由に飛び回っている。
どうして、と頭に浮かんだ疑問に、男は答えた。
「この国の結界は無意味だ。オレの手によって、効果を
「どうやって……」
「答える必要はない」
男は俺の問いかけを切り捨て、右手を前に突き出すとその手に剣が握られた。
俺と同じ、魔装の剣。幅広い両刃の剣身のロングソード。
男は剣をクルリと回してから片手で構えると、グッと足に力を入れる。
「__フッ!」
短く息を吐き、弾丸のように走り出した。
一瞬で距離を詰め、俺の目の前に現れた男は剣を振り下ろしてくる。
咄嗟に反応出来た俺は剣で防ぐと、ズシリと足が地面にめり込みそうなほどの衝撃が伝わってきた。
「ぐ……ッ!」
「まだ、名乗ってなかったな」
押し込まれそうになるのを必死に堪えていると、男は鍔迫り合いながら口を開く。
「オレの名は__フェイル。いや、こう言った方がいいか」
男、フェイルは鍔迫り合いの状態から俺の剣を跳ね上げ、腹部に前蹴りを放ってきた。
モロに喰らって地面を転がりながらすぐに立ち上がり、地面を滑りながら剣を構え直す。
すると、フェイルは足を下ろしながら言った。
「<人工英雄計画>……その
人工英雄計画。
英雄アスカ・イチジョウの代わりとなる英雄を人工的に作り出す、悪魔の研究。
そして、その研究の実験体にされていたのは__サクヤ。
そのサクヤと同じ計画の最初の実験体で……失敗作。
それが目の前にいるこいつ__フェイル。
愕然としながら驚いているとフェイルは突然後ろの跳び、そこに赤い熱線が撃ち込まれる。
「タケル! 大丈夫か!?」
熱線を放ったのは、レイドだった。
レイドは俺の隣に立つと、フェイルを見つめながら剣を構える。
「奴は?」
「フェイル。ガーディの仲間だ」
「つまり__敵だな」
レイドもフェイルの実力を肌で感じているのか、頬に汗を流しながら警戒していた。
「知っていると思うが、街にモンスターが現れた」
「あぁ。こいつの差し金みたいだ」
「正直あの数、ヴァイクたちだけでは厳しいだろう。私も加勢に行きたいが……」
空にいた無数のライオドラゴン。ざっと見ただけでも百体以上はいる。
一匹でも手強いライオドラゴン相手に、レイド以外の六聖石とやよいたち、アスワドと黒豹団たちでは多勢に無勢だ。
しかも、住民を避難させながらだと、さらに厳しい状況。
それが分かっている俺は、レイドに答えた。
「ここは俺に任せろ」
「……相手は強いぞ」
「分かってる。でも、住民を守ることが最優先だろ?」
レイドは俺の言葉に反論出来ずに悔しげに歯を食いしばる。
一歩前に出た俺は、フェイルに向かって剣を構えた。
「時間稼ぎぐらいは出来る。だから、レイドは行ってくれ」
「__分かった。無理だけはするな」
俺が頷くと、レイドは懐から一つの筒のような物を取り出す。そして、筒を空に向けると、そこから光の球が放たれた。
一直線に空に向かっていく光の球が上空で爆発し、花火のように広がる。
「危険信号は放った。余裕があれば、援軍が来る。それまで頼むぞ」
そう言い残してから、レイドは街に向かって走り出した。
レイドが放った危険信号に対して、街から五つの光の球が空に向かっていく。他の六聖石も戦闘に入ったようだ。
レイドが去ってから、俺とフェイルは向かい合う。
「実力差は明白。それでも戦うか?」
「当然だろ。さっきは時間稼ぎって言ったけど__」
ゆっくりと息を吐いてから、ニヤリと口角を上げた。
「__倒させて貰う」
「__それを、蛮勇と言う」
いつも晴れ渡っていた空は、まるで何かを暗示するように重苦しい厚い雲に覆われている。
そして、街に轟く警鐘の音を合図に__俺とフェイルは同時に走り出した。
俺が振り上げた剣と、フェイルが薙ぎ払った剣がぶつかり合い、植物園に重い金属音が響き渡る。
平和なヴァベナロスト王国に、戦端の幕が切って落とされた。
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