四曲目『盲目の王女の一目惚れ』

 あまりにも似てたから唖然としながら呟くと、リリアにそっくりなその子は目を閉じたままコテンと首を傾げた。


「えっと、リリアは私の双子の姉・・・・ですね。私はミリアです。気軽にミリア、とお呼び下さい」


 そう言ってその子、ミリアは白いドレスの裾をつまんで少し持ち上げながら、上品に頭を下げる。双子……どうりでそっくりな訳だ。

 マーゼナル王国にいるリリアと顔立ちは瓜二つだけど、リリアの髪型は金髪の縦ロールでまさにお姫様という感じで、ミリアはフワフワとした癖っ毛で穏やかそうで町娘のように見える。

 すると、俺がリリアの名前を出した瞬間、レイラさんがテーブルに手を叩きつけながら勢いよく立ち上がった。 


「リリア!? リリアを知っているのね!」

「うぉ!? は、はい、知ってます……」


 そう叫んだレイラさんは勢いのまま俺の肩を掴んで詰め寄ってくる。あまりの剣幕に少しビビりながら頷くと、レイラさんは安心したように胸を撫で下ろした。


「そう、よかった……生きていたのね。リリアは元気だった? あの男に何もされてないかしら?」

「えぇと……」


 自分の娘、リリアが生きているのかどうかも分からなかったんだろう。どうしているのか聞かれ、俺はなんて答えていいか迷う。

 元気なのはたしかだ。ガーディに何かされてる様子もない。


 ただ……リリアの本性は、狂気に染まっていた。


 最初はちょっと世間知らずで国や民を愛する心優しいお姫様。だけどその裏側では俺たちを拷問して絶望と苦痛を味合わせ、最後には殺そうとするような……狂った嗜好を持っていた。

 俺たちはリリアに騙され、裏切られた訳だけど、それをレイラさんにそのまま伝えるのは気が引ける。レイラさんはリリアが生きていたことを喜び、安堵していたから。

 亡命したレイラさんがどうしてリリア一人をマーゼナル王国に残してしまったのか、理由は分からないけど……離れ離れになっている今も、安否を心配している。

 そんな人に事実を全て打ち明けるのは、と迷っていると真紅郎が助け舟を出してくれた。


「あの、レイラさん。リリア様ですが、元気にされていましたよ?」

「本当? あの男に何かされてたりも……?」

「えぇ、何もされていません。まぁ、なんと言いますか……影響は受けているようでしたが」


 言葉を選び、少し濁しながら真紅郎が答えると、レイラさんは影響を受けているという部分でギリッと歯を鳴らしながらテーブルに拳を殴りつける。鈍い音が響き、テーブルに置かれていた皿がガタンっと跳ね上がった。

突然のことに俺たちは何も言えずに驚いていると、レイラさんは拳を震わせながら怒りに顔を真っ赤にさせながらブツブツと呟く。


「あんの男ぉ……私の可愛いリリアに何を吹き込んだ……絶対に許さない……ぶっ飛ばして、奪い返してやる……ッ!」


 怖い。可愛い我が子を思う母親の怒りは、怖い。

 体から魔力が漏れ出し、拳を押し付けているテーブルがピキピキと軋んでいた。このまま真っ二つに割れそうなほど力を込め、湧き上がってくる怒りをどうにか堪えるレイラさんに、ヴァイクがため息を吐きながら声をかける。


「おい、レイラ。魔力が漏れてるぞ。それと、こいつらがビビってるからそれぐらいにしておけ」

「……あ」


 ヴァイクに窘められたレイラさんはハッと我に返り、恐怖している俺たちに気付くと口に手を当てながら「オホホ……」と誤魔化すように笑った。


「ご、ごめんなさいね? 私ったら、つい……お皿割れてないかしら? 割るとメイドたちが怖いのよねぇ」


 怖いのはあなたです、とは言わずに苦笑いを浮かべる。あまりリリアやマーゼナル王国のことは話題に出さない方がいいかもしれないな。

 変な空気になる談話室に、可愛らしい声で「コホン」と咳払いが聞こえてくる。


「あの、お母様? そろそろ私のことを皆様にご紹介して頂いても?」


 談話室の扉の前でずっと立ったままだったミリアが、頬を引きつらせながらレイラさんに向かって言った。

 レイラさんは慌てた様子でミリアに「ご、ごめんなさい」と謝ると、気を取り直すように俺たちに向き直る。


「その子は私の娘、リリアの双子の妹のミリアよ。このヴァベナロストの王女で、魔法研究所の副所長をしてるわ。ほら、ミリアもこっちに来てご挨拶して?」


 レイラさんが手招きすると、ミリアは苦笑しながら手に持った杖で前を確認しながら談話室に入ってきた。


「もしかして、目が……いてっ!?」


 目をずっと閉じているのを見て、思わず考えていたことが口から出てしまった。そこを真紅郎が無言で脇腹に軽く肘鉄を喰らわせてくる。

 慌てて口を噤むと、ミリアはクスクスと小さく笑みをこぼした。


「フフッ、お気になさらずに。目が見えないのは生まれつきですので。先ほども名乗りましたが、改めて……ミリア・ヴァベナロスト・マーゼナルと申します。一応、この国の王女です」


 ミリアは目が見えないのに俺の方に顔を向け、ニコッと笑いながら答える。杖で前を確認しているけど、その足取りはまるで見えているかのようにしっかりしていた。


「悪い、不躾だったな。えっと、俺は……」

「聞いていますよ。タケル様、ですよね?」


 謝ってから名乗る前に、ミリアは俺の名前を言い当てる。

 目をパチクリさせていると、ミリアはそのまま他のみんなに目を閉じたまま顔を向けた。


「あなたが真紅郎様、その隣がやよい様、反対側にいる大きな方はウォレス様、お皿を見つめているのはサクヤ様で、その頭にいるのがキュウちゃん様……で、間違ってませんか?」


 次々と俺たちの名前を言い当てるどころか一番身長が高いウォレスと、物足りなそうに皿を見つめているサクヤまで、見えてないはずなのに言い当てるミリア。

 本当に見えてないのか、と首を傾げるとレイラさんが頬を緩ませてミリアの肩を抱く。


「凄いでしょう? この子は目が見えない代わりに、魔力や音で周囲の状況や相手の動きを感じることが出来るのよ」

「そういうことです。杖は念のため使ってますが、使わなくても歩くことは出来ますよ? むしろ、私の目は見え過ぎる・・・・・ので、丁度いいです」


 自慢げに話すレイラさんに、ミリアは苦笑しながら答えた。

 目が見えないのに、見え過ぎるってどういうことだろう。そんなことを考えていると、ミリアは俺の方に顔を向けながら首を傾げ、近づいてきた。


「タケル様。ちょっと失礼します」

「え? うぇッ!?」


 ミリアは一言断ってからいきなり俺の両頬に手を伸ばし、確認するように顔を撫でてきた。

 どうしていいのか分からずにされるがままになっていると、やよいが慌てた様子で「ちょ、ちょっと!?」と割って入る。


「な、何をしてるの!?」

「あら、すいません。少し気になったもので……」


 俺とミリアの間に入ったやよいは、威嚇するようにミリアをジッと睨んでいた。対するミリアは特に気にせずに顎に手を当てたまま、閉じた目で俺を見つめている。


「タケル様。魔臓器に何か異常がありますね?」

「あ、あぁ。魔力が練れなくて、魔装も戻すことが出来ないんだ」

「やっぱり……魔力が凄く稀薄で、乱れています。魔臓器が正常に働いてないからですね。最近、何か無茶なことをしたのでは?」


 無茶なこと。それなら、災禍の竜との戦いだろうな。

 あの時、俺は魔力を限界まで使って最後の技__Realize全員の魔力を纏った攻撃<レイ・スラッシュ・交響曲シンフォニー>を使って、災禍の竜を倒した。

 あれは限界を超え、奇跡的に使うことが出来た大技。今の俺がそう簡単に使えるものじゃなく、その反動により魔臓器が損傷したのかもしれない。

 そのことを話すと、ミリアは納得したように何度も頷く。


「おそらくそれですね。限界以上の魔力を引き出した結果、魔臓器が耐え切れなかったんでしょう」

「そうか……それにしても、どうしてそんなに詳しいんだ?」

「あら? さっきお母様が言ってましたでしょう? 私はこのヴァベナロスト王国の魔法研究所の副所長。魔法や魔力に関してはかなり詳しいんですよ……まぁ、ストラには負けますが」


 そう言えばそんなこと言ってたな。

 ミリアはぐぬぬ、と自分よりも魔法に関して詳しいストラに悔しそうにしていた。

 

「……で、治るの?」


 そこで、話を聞いていたやよいが心配そうにミリアに問いかける。

 問題は治るかどうかだ。魔臓器の治療なんて他の国では出来ないらしいし、可能性があるのはヴァベナロスト王国だけ。

 不安げにミリアを見ると、ミリアは頬を緩ませながら力強く頷いた。


「えぇ。おそらく、ポーションを使えば治るはずですよ。その辺りは明日、ストラに相談してみて下さい」

「本当か!?」


 よかった……もう魔法が使えなくなったらどうしようかと不安だったんだ。

 これから先、まだまだ戦うことが多いかもしれないし、魔法がまた使えるようになるなら安心だな。

 他のみんなも喜ぶ中、ミリアはクスクスと小さく笑いながら口を開いた。


「それにしても……タケル様はかっこいいですね」

「……は? 俺が?」

「はい。今、手でタケル様のお顔を確認させて頂きましたが……意思が強く、夢に向かって頑張っている、そんな顔立ちをされています」


 顔を触っただけでそこまで分かるものなのか?

 ちょっと気恥ずかしくなって頬をポリポリと掻いていると、ミリアはほんのりと頬を赤らめながらモジモジとしていた。


「正直、その……好ましいお方だと、思いました」

「__へ?」


 好ましい? それって……え?

 唖然としていると、さっきまで俺が治ることを喜んでいたやよいが、弾けたようにミリアを見ながら口をあんぐりと開ける。


「は? え? 何、それ? え?」


 頬を赤く染めて照れているミリアの顔と、目が点になっている俺の顔を交互に見つめるやよい。

 真紅郎は目を丸くし、ウォレスはニヤリと笑い、サクヤはよく分かっていないのか首を傾げ、キュウちゃんが驚いたように「キュッ!?」と鳴く。

 ヴァイクは顎に手を当てながら「ほう?」と楽しげに口角を上げ……レイラさんはツカツカと俺に近づくと、肩に手を置いてきた。


「__お義母さんって呼んでいいわよ?」


 そんなことを目を輝かせながら言ってくるレイラさん。

 ど、どういうこと? と思考が追いつかない俺を置いて、レイラさんは豪快な笑い声を上げ始めた。


「あっははは! 今日はお祝いよ! 誰か! お酒持ってきて!」

「いや、いやいやいやいや! ちょっと待ったぁぁぁぁッ!?」


 メイドに酒を持ってくるように叫ぶレイラさんに負けず、やよいも大声を上げて止めに入る。


「な、ななな、何を言ってるの!? き、今日会ったばかりなのに!?」

「やよいちゃん。恋ってのは、いつも突然なのよ?」


 慌てているやよいにレイラさんが微笑みながら言う。

 いや、待ってくれ!?


「ちょ、え!? み、ミリア!? 本気で言ってるのか!?」


 こ、これはさすがに間違いだろ。

 念のためミリアに確認すると……ミリアは顔を真っ赤にさせたまま、モジモジと杖をいじっていた。

 否定しないの!?


「ハッハッハ! こいつは面白いことになってきたな!」

「いやぁ……そうだね」

「……どういうこと?」


 人の気も知らないでゲラゲラと笑うウォレス、同意する真紅郎、やっぱりよく分からずに首を傾げるサクヤ。

 やよいはモジモジとしているミリアに詰め寄り、睨みつけた。


「ねぇ! 本気で言ってるの!? その、タケルに……」

「タケル様のことを考えると心が暖かくなって、心臓がバクバク跳ねてます……この気持ちを恋と呼ぶのなら、そういうことですね」

「今会ったばかりなのに!?」

「そうですね。これが一目惚れ……一目惚れって、本当にあるんですね。私、知りませんでした」


 ま、マジで? 本当にミリアは、その……俺に恋をしてるのか?

 信じられなくてもう何も考えられなくなる。初対面でこんなことを言われるのは、さすがに初めての経験だ。

 すると、ミリアはやよいの頬に手を置くと、確認するように撫で始める。


「……なるほど、やよい様。あなたもまた、意思が強く夢を追っていますね。少し素直じゃないけど、優しい心をお持ちの方。それに、私と同い年ですね? 私は十九歳ですが」

「触るなら確認してからにして!? びっくりする! たしかにあたしは十九歳で、同い年だけど!?」


 バッと離れながら叫ぶやよいに、ミリアは頬を緩ませた。


「なら、お友達になりましょう? 私、同い年のお友達っていないんです!」

「それは……まぁ、いいけどさ」

「それでは、お友達ってことで!」


 いきなり友達になってくれと言ってくるミリアに、やよいは戸惑いながら頷く。ミリアは花が咲いたような笑みを浮かべながら喜び、やよいの手を掴んでブンブンと振り始めた。

 戸惑っているやよいにミリアは笑みを浮かべたまま、耳元に顔を寄せる。


「……お友達ですけど、負けませんよ?」

「__なッ!?」


 ミリアが小声で呟いたのが聞こえたけど、負けないってどういう意味だろう?

 やよいは顔を真っ赤にさせながら口をパクパクさせ、ミリアはクスクスと笑みをこぼす。

 もうよく分からない。考えるのをやめた俺を尻目に、レイラさんはメイドが持ってきた酒をグビグビと飲み始めていた。

 それからすぐに酔いが回ったレイラさんが暴れ、同調するようにウォレスも酒を飲み、ヴァイクが呆れたように頭を抱える。

 そして、俺はというと……ソファーに座り、やよいとミリアに挟まれていた。

 やよいは威嚇するようにミリアを睨み、ミリアは頬を赤くしながら俺に寄り添う。


「……なにこれ?」


 どうしていいのか分からず、ガックリと天井を見上げた。

 そんな俺を真紅郎は苦笑いを浮かべながら「頑張れ」と親指を立て、サクヤは興味なさげにキュウちゃんと遊んでいる。


 そんなことがありながら、俺たちはヴァベナロスト王国での一日目を終えるのだった。

 

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