二十一曲目『必殺の一撃』

 災禍の竜の紅い瞳と目があった瞬間、ぞわりと背筋が凍った。

 レイ・スラッシュを放とうとしていた俺は本能的にブレーキをかけて立ち止まり、すぐに回避行動に移る。


「__グルアァァァァァァァッ!」


 災禍の竜は仰向けに倒れたまま口を大きく開き、俺に向かって咆哮する。大気を震わせる大音量の爆音と共に放たれた音の衝撃波が渦を巻きながら俺を襲い、堪えこと出来ずに体が宙を舞う。


「ぐっ……この……ッ!」


 あまりの音量に三半規管がやられて頭がクラクラしながら、俺はどうにか空中で身を捻り、態勢を立て直してから地面に着地した。

 剣を突き立てながら地面を滑り、勢いを殺してからガクッと膝が折れる。災禍の竜との距離が近かったせいか、咆哮と衝撃波をカウンターでモロに受けてしまった。

 頭を振ってから立ち上がると災禍の竜もゆっくりと起き、ニヤリと口角を歪ませながらしてやったりと言わんばかりに笑みを浮かべている。


「これで終わったと思うなよ。俺は、まだやれる……ッ!」


 ア・カペラの効力はまだ切れていない。体もまだ動ける。足が動き、剣が振れるなら、まだ俺は戦える。

 地面から剣を抜き放って構えると、レイドが俺の隣に来て口を開いた。


「タケル。今の貴殿ならば、あの災禍の竜と互角に戦うことが出来る。次は連携して戦うぞ」


 俺は頷いてからレイドの隣に立つ。さっきまでは俺が先行して戦い、他のみんなにサポートして貰いながら戦っていた。

 次は、連携して戦う。ア・カペラ状態の俺なら互角に戦えるけど、さすがに一人だとキツかったからな。

 レイドは剣を地面に突き立てると、柄の引き金を引く。すると、峰に沿うように取り付けてあるダブルバレルの銃口から炎が噴き出し、体を覆うように炎が巻き起こった。

 これは火属性魔法の身体強化<ファイア・ボルテージ>か。体に炎を纏ったレイドは剣をクルリと回すと、災禍の竜を睨みながら構える。


「__行くぞ」

「__おう」


 静かに言葉を交わしてから、俺とレイドは同時に地面を蹴って走り出した。

 俺は紫色の光、レイドは炎の尾を引きながら、駆け抜けていく。

 迫り来る俺とレイドに対して災禍の竜は喉を鳴らしてから大きく仰け反りながら息を吸い込み始めた。


「__グルアァァァァァァァァァァァッ!」


 口から放たれたのは渦巻い音衝撃。地面を砕きながら向かってくる衝撃波に加え、空からは雷が落ちてくる。

 音と雷の同時使用。雷は真紅郎とヴァイクの二人が魔力弾と魔法で撃ち抜き、音の衝撃波にはレンカが展開した十枚の盾が俺たちを守った。

 衝撃波は盾で防ぐことが出来たけど、雨のように降り注ぐ雷は全部撃ち落とすことが出来ずに俺たちを襲ってくる。

 俺とレイドは交錯し、ジグザグに走りながら避けて災禍の竜を目指して足を動かし続けた。


「カロロロロロロ……ッ!」


 忌々しげに喉を鳴らした災禍の竜は、次に火球を放ってくる。砲撃のように放たれた火球は五つ。どれもその大きさは人一人よりも大きく、炎をうねらながら一直線に向かってきた。


「タケル! そのまま突き進め!」


 そこでレイドは俺の前を走ると、メキメキと剣を握る手に力を込める。身体強化された筋力で思い切り剣を振り、放たれた火球を斬り払った。

 そのまま二つ、三つと火球を斬り捨る。火の粉が舞う中、レイドは剣先を向けて引き金を引いた。

 ダブルバレルから放たれたのは、赤い熱線。火属性魔法<クリムゾン・レイ>だ。

 レイドは熱線を放ち続け、まるで一本の魔力で出来た巨大な剣のように振り回す。熱線はそのまま残りの火球を斬り払い、爆風が吹き荒んだ。

 巻き起こった砂煙を振り払いながら駆け抜け、災禍の竜の目の前に躍り出る。俺に気付いた災禍の竜は体を半回転させながら尻尾で薙ぎ払ってきた。

 俺も負けじと剣を振り下ろし、剣と尻尾がぶつかり合う。ガキン、と硬い感触に手が痺れながら地面を踏み砕いて吹き飛ばされないように堪えた。

 ア・カペラによって強化された一撃でも尻尾には傷一つ入らない。どうやら災禍の竜は魔力を尻尾に集め、ただでさえ硬い甲殻の強度を上げているようだ。

 鍔迫り合いのようになっているけど、徐々に俺の体が後ろに押し戻される。力比べではどうやっても勝てそうにない。

 そう判断した俺は、そのまま受け流すように剣を動かしながら体を逸らし、尻尾が俺の頭上を通り過ぎる。


「__ガァッ!」


 すると、災禍の竜は返す刃で尻尾を叩きつけてきた。ここで受け止めたら重量の差で押し潰される。

 咄嗟の判断で俺は前に飛び込むように尻尾を躱し、背後から轟音と衝撃が襲ってきた。


「こ、の……ッ!」


 ゴロゴロと地面を転がってからすぐに立ち上がり、紫色の光の尾を引きながら災禍の竜の足元を駆け、すれ違い様に剣で足を斬り付けた。

 重い感触を感じながら強引に斬り、足に一文字の傷が走る。災禍の竜は短く悲鳴を上げながら、斬られた足を上げて地面を踏み抜いた。

 頭の中で警鐘が鳴り響く。俺は両足に力を込めて一気にバックステップで距離を取ると、災禍の竜が踏み抜いたところを中心に、地面から鋭利な岩の柱が生えてきた。

 もしも少しでも反応が遅れれば、俺の体は岩の柱に貫かれていただろう。そのまま軽快にステップを踏みながら距離を取り、剣を構え直す。

 やっぱり、決め手にかけるな。

 ア・カペラで一撃超強化フォルテッシモ状態になっている俺の攻撃は、災禍の竜の硬い甲殻を斬ることは出来る。

 だけど、小さいダメージでは災禍の竜を倒すことは出来ない。ただでさえア・カペラはそんなに長い時間使えないし、パワーアンプは試作品でいつ壊れるか分からない。

 早く勝負を決めないと、時間がない。焦りから歯を食いしばって悪態を吐くと、ふわりと冷気が頬を撫でた。


「おいおい、俺を忘れてんじゃねぇぞゴラァ……ッ!」


 災禍の竜の背後にいたアスワドは、肉食獣のように歯をむき出しにしながら笑うとシャムシールを地面に突き立てる。


「<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ、今こそ手を取りかの者に凍獄の拷問を>__<アイシクル・メイデン!>」


 詠唱を終えたアスワドの足元からパキパキと地面が凍っていく。そして、災禍の竜の足元まで氷が広がっていくと、そこから巨大な氷柱が出現した。

 災禍の竜の周りを広い範囲で取り囲み、鋭利な先端が災禍の竜の体を突き立てる。


「グガァァァアァァァァァッ!?」


 鋭い痛みに災禍の竜は悲痛の叫びを上げた。まるで氷の牢獄のように氷柱で囲まれ、動きを止められた災禍の竜にアスワドはニヤリと笑い、俺に向かって叫ぶ。


「お膳立てはしてやったぞ! やっちまえ、赤髪!」


 氷柱に貫かれ、動きも阻害されている災禍の竜。アスワドが作ってくれた最大のチャンスを、活かさない訳にはいかない。

 俺は姿勢を低くしながら一気に地面を蹴り、一つの弾丸のように災禍の竜に向かって疾走した。

 災禍の竜を取り囲む氷柱を踏み台にして飛び込んだ俺は、災禍の竜の体を剣で斬り付ける。


「__アァァァァァァァァァァッ!」


 体を斬りつけながら災禍の竜を通り過ぎ、反対側の氷柱に着地してすぐにまた災禍の竜へと突進する。

 雄叫びを上げ、何度も、何度も何度も氷柱を蹴って災禍の竜を斬り付けた。

 氷柱を足場に縦横無尽に飛び跳ね、すれ違い様に剣を振って災禍の竜の体を斬り刻む。

 俺の軌跡を追うように伸びる紫色の光がまるで災禍の竜を取り囲む牢獄のように伸び、動きを阻害する氷柱を壊せずにされるがままの災禍の竜は、悲鳴を上げるしか出来ずにいた。

 ここで止まる訳にはいかない。もう時間の猶予がない。


 止まるな、走れ、剣を振り続けろ__ッ!


 声を張り上げ、足に力を込めて速度を増しながら、災禍の竜を斬りまくる。

 目まぐるしく変わる視界の中、俺の剣が顎をかち上げると災禍の竜が白目を剥いたのが見えた。

 決めるなら今だ。そう判断した俺は災禍の竜の周りを跳び回るのをやめて地面に着地し、剣を腰元に置いて居合の構えを取る。

 剣身に紫色の光__音属性の魔力を纏わせて一体化させてから、災禍の竜の無防備になっている腹部に向かって飛び込んだ。


「__<レイ・スラッシュ>」


 居合のように薙ぎ払った音属性の魔力を纏わせた一撃が災禍の竜の腹部に直撃する。

 ア・カペラを使った、俺が今出来る最大の攻撃__ッ!


「__<四重奏カルテット!>」


 三重奏トリオの一段階上、レイ・スラッシュ・四重奏カルテットを災禍の竜の腹部に叩き込んだ。

 重い一撃を受けた災禍の竜は声にならない悲鳴を上げながら口を大きく開き、くの時に体が折れ曲がる。

 その瞬間、音属性の魔力が爆発し音の衝撃が災禍の竜の腹部に炸裂した。

 次に、二つ目の衝撃が重なり、災禍の竜は氷柱に背中を打ち付ける。

 三つ目の衝撃に災禍の竜は口から血を吐きながら押し込まれ、氷柱にヒビが入った。

 そして、最後。四つ目の音の衝撃が打ち込まれ、災禍の竜をそのまま氷柱を砕きながら吹き飛ばす。

 渾身の一撃を喰らった災禍の竜はその巨体を宙に舞わせ、地響きを起こしながら地面を転がっていった。


「ぐ……ッ!」


 今の一撃はア・カペラ使用中の俺でも無理をし過ぎたようで、ビキビキと体が悲鳴を上げる。

 それでも、今までで一番のダメージを災禍の竜に叩き込むことが出来た。

 災禍の竜はダメージで起き上がることが出来ずにいる。


 ここだ。ここで決める。四重奏カルテットは無理でも、三重奏トリオならまだやれるはずだ。


 悲鳴を上げる体に鞭を打ち、俺は倒れ伏している災禍の竜へと走り出した。

 腰元に剣を置いて構えながら、体勢を低くして走り抜ける。

 最後の一撃を喰らわせるため、とどめを刺すために災禍の竜に近づいた俺は、怒声を上げて剣を薙ぎ払おうとした。


「__え?」


 その時、俺の腰に差していたパワーアンプがバキンと音を立てて壊れる。

 そして、体に纏っていた紫色の魔力が霧散し、ア・カペラが強制的に解除されてしまった。

 予想外のことに足が縺れ、前から地面に倒れる。


「そ、んな……」


 パワーアンプは試作品で、いつ壊れるか分からないのは知っていた。

 だけど、だからって……今、壊れるのか?

 あと少し、あと少しで勝てるはずだったのに。あと一撃でも喰らわせれば、災禍の竜を倒すことが出来たはずなのに。

 ギリっと歯を食いしばりながら災禍の竜を睨みつけると……。


「カロロロロ……」


 災禍の竜は倒れたまま、動けなくなっている俺を見てニヤリと口角を歪ませて笑っていた。

 あいつにはまだ戦えるだけの余力を残している。


 俺たちに傾いていた戦況が、一瞬にして災禍の竜へと傾いたのを肌で感じた。

 

 

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