一曲目『荒れ狂う嵐』
嵐が吹き荒れている。
外は真っ黒な厚い雲で覆われ、夜のように真っ暗だった。雷を伴った激しい豪雨が機竜艇を襲い、暴力的なまでの吹き付けてくる風に機竜艇の船体が軋む。
グラグラと殴りつけられているかのように機竜艇が大きく揺れ、船員たちは慌ただしく動き回っていた。
「ぐ……ッ! こいつは、凄まじいな……」
険しい表情を浮かべたベリオさんは、勝手に回ろうとする舵輪を手に汗握りながら必死に抑え込んでいる。腕に血管を浮かべながら、どうにか機竜艇を安定させていた。
そんな中、計器系を確認していたボルクが焦った様子でベリオさんの方を振り返る。
「親方! 計器に異常! これは……動力源の方だ!」
「ちぃ! おい、そこの! 動力源を見て来い!」
ボルクの報告に舌打ちしながら、操舵室にいた黒豹団の一人に指示を出すベリオさん。黒豹団の一人が急いで確認に行き、そしてすぐに戻ってきた。
「大変だ! バルブが壊れてパイプから魔力が漏れてる!」
この機竜艇を動かしている動力源、心臓部にある<炎竜石>から生み出されたエネルギーは張り巡らされたパイプを通って機竜艇全体に行き渡っている。
そのパイプの一部から魔力が漏れているらしい。たしかに、機竜艇の速度が徐々に落ちている気がした。
その報告を聞いたベリオさんは表情を曇らせると、意を決したように伝声管を使って船員たちに指示を出す。
「全員に告ぐ! これより機竜艇は着陸態勢に入る! どこか開けた場所がないか観測しろ! 見つけ次第そこに降りるぞ!」
ベリオさんは機竜艇を不時着させることを決めた。だけどこの嵐だ、視界の悪い中で探すのは難しいだろう。
徐々に高度を下げていく機竜艇。嵐の中進むのは無理だ。でも下は山岳地帯で降りれそうなところなんて……。
これからどうなるのか不安に思っていると、伝声管から観測していた船員の声が聞こえてきた。
「船長! 北東方向に小さな村がある!」
「何!? 北東……あそこか!」
急いでベリオさんが確認してみると、たしかにそこには小さな村があった。
誰も寄りつこうとしない険しい山岳地帯にポツンと姿を見せた村。どうしてこんなところに人が住んでいるんだ、という疑問が浮かんだけど……。
「好都合だ! 今からあの村近くに着陸するぞ!」
ニヤリと笑いながらベリオさんは指示を出すと、すぐに船員たちは動き回って着陸態勢に入った。
見つけた小さな村は険しい岩肌に沿って存在していた。その近くにあった開けた広場のような場所に、機竜艇はゆっくりと速度を落として近づいていく。
大きな両翼を畳み、荒れた風の流れに逆らわないように静かに広場の上に来ると、ベリオさんは舵輪を回しながらレバーを引いた。
「少し強引だが、着陸する! 全員、対衝撃姿勢!」
俺たちはすぐに近くにある掴めそうな所に手を伸ばし、姿勢を低くする。それから少しして機竜艇は広場に船底を着けた。ズズン、と衝撃と振動が機竜艇を襲う。
「きゃあぁぁぁ!」
「やよい!」
悲鳴を上げ、頭を手で守りながらしゃがみ込むやよいを抱きしめた。重く鈍い音を上げながら機竜艇は地面を砕きながら滑り、ようやく動きを止める。
力が抜けたような音が機竜艇から聞こえてくると、ベリオさんは深いため息を吐いた。
「……どうにか、着陸成功だな」
汗だくになりながら安堵しているベリオさん。この嵐の中、あまり広いとは言えない開けた場所に機竜艇を無事着陸させたベリオさんの操縦技術は、さすがとしか思えない。
「はぁ……死ぬかと思った」
「……タケル、苦しいんだけど?」
ホッと胸をなで下ろしていると、俺の腕の中にいるやよいが頬を赤く染めながらジロッと俺を見上げていた。
やよいを守るためについ抱きしめてしまったけど、思いの外強く抱きしめていたらしい。慌てて離れると、やよいはフンッとそっぽを向いた。
「……タケルの変態」
「いや、別にそういうつもりじゃ……」
「てめぇ赤髪! 混乱に乗じてやよいたんに何してやがんだゴラァァァァ!?」
勘違いしているやよいに説明しようとすると、その前にアスワドが烈火の如く激怒しながら俺の襟首を掴んでくる。
「だから、俺はやよいを守ろうと……」
「うるせぇ! このクソ赤髪野郎が! なんつう羨ましいことしてんだよてめぇ! それは俺の役目だろぉ!?」
血涙を流しながら悔しそうに俺の首を前後に振るアスワド。あまりの剣幕に何も言えずにされるがままの俺。
どうしたのものか、と考えているとそこで真紅郎がアスワドの肩を叩く。
「落ち着いて。今はそれどころじゃなさそうだよ」
「あぁ!? 俺からしたらそれどころだ! この赤髪は一発ぶん殴る!」
「殴るのは、
そう言いながら窓を指さす真紅郎。窓を覗いてみると、そこにはクワやスコップを手に機竜艇を睨んでいる人たちがいた。
「……あの村の住人か?」
「多分ね」
まぁ、機竜艇っていう巨大な未知の物体が村近くに降り立ったら、警戒もするよな。
俺たちは雨よけのローブを身に纏い、機竜艇の外に出た。
「あのぉ、すいません……」
「な、なんなんだ、お前たちは!」
状況説明しようと恐る恐る声をかけると、一人の男が俺たちにクワを向けてくる。明らかに警戒している様子で、恐怖で顔が青ざめていた。
他の住人たちも同じで、機竜艇から出てきた俺たちを鋭く睨んでくる。
「どうするかな……」
「タケル、ここはボクに任せて」
話を聞いてくれなさそうな住人たちに困っていると、真紅郎が笑いながら一歩前に出た。
警戒させないように優しく微笑みながら、真紅郎は頭を下げる。
「お騒がせして申し訳ありません。ボクたちは旅をしている者です。これは機竜艇と言って、決してあなた方に危害を加えることはありません」
「た、旅? きりゅうてい?」
「えぇ。旅の途中、故障してしまいまして……やむなくこの広場に降り立ったんです。ご迷惑かと思いますが、修理が終わり次第すぐに去りますので、少しの間ここをお借りしてもよろしいでしょうか?」
真紅郎の丁寧な説明に、住人たちは持っていた農具を下ろしていく。さすが真紅郎だな。
すると、住人たちの中から一人の老人が前に出てきた。
「ふむ、お困りの様子ですな。私たちに何もしないというのであれば……」
「誓って、何もしません」
「分かりました。それならばいいでしょう」
「ありがとうございます!」
どうにか許して貰えて一安心だ。
どうやらその老人はこの村の村長らしい。村長が言うなら、と住人たちは警戒を解いてくれた。
すると、ベリオさんとボルクも機竜艇から出て村長さんと話をし始める。
「申し訳ない、感謝する」
「ありがとう爺ちゃん! 助かったぜ……あいで!?」
深々と頭を下げるベリオさんは、ボルクの話し方を窘めるように拳骨を落とした。
その様子を見た村長さんはシワだらけの顔をクシャッとしながら、微笑ましげに笑う。
「お気になさるな。この村に誰か訪れることなど早々ないこと。ゆっくりして下され」
「重ね重ねありがたい。ボルク! すぐに修理するぞ!」
「いてて……分かったよ、親方」
心優しい村長さんの気遣いにベリオさんはまた頭を下げ、ボルクを連れて修理をしに機竜艇に戻っていった。
残された俺たちに、村長さんは優しげな笑みを浮かべて声をかけてくる。
「よろしければ村に案内しましょう。何もない辺鄙なところ故、そこまでおもてなしは出来ませぬが……この嵐です、外にずっといると風邪を引いてしまう」
「いいんですか?」
「ホッホ、構いませぬ。久方ぶりの客人ですからな」
なんか、凄く優しい人だな。
この嵐で外にいるのもなんだし、ここは村長さんのお言葉に甘えよう。
俺たちRealizeとアスワドは、村長さんに連れられて村へと向かった。
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