二十三曲目『顕現する厄災』
切っ先を引きずりながら、力の入らない足をどうにか動かして地面に伏しているみんなの前に立つ。
視線の先にいるレイドはボロボロになったマントを外し、剣の峰に取り付けてあるダブルバレルを俺たちに向けていた。
「いい根性だ、敵ながら感服する。さぁ、タケルよ……まだ戦えるか?」
ライブ魔法のダメージは少なくないはずなのに、レイドはまだ戦うつもりのようだ。耐久力も化け物とか、ふざけている。
ふらつく足で倒れないように必死に堪えながら剣を構えると、倒れていたみんなもゆっくりと立ち上がって魔装を構えた。
「ハッハッハ! 当然、やるよな! オレはまだやれるぜ……っとと」
笑っているウォレスもライブ魔法でだいぶ魔力を消費したのか、ガクッと倒れそうになっている。それを支えた真紅郎は、険しい表情で俺を見つめていた。
「タケル。正直、今の状態で勝つのは難しい。どうにか作戦を考えてみるけど……ここは、逃げた方がいいかもしれないよ」
「あたしも賛成。今は逃げようよ」
真紅郎とやよいは逃げた方がいいと判断している。たしかに、今の俺たちじゃレイドみたいな強敵に勝てるビジョンが見えない。
だけど、サクヤは拳を強く握りしめながらレイドを睨んでいた。
「……ぼくは、戦う。ここで逃げても、結局あいつは追いかけてくる」
「
逆にサクヤとウォレスは戦うことを選ぶ。レイドのことだ、ここで逃げても追いかけてくるはず。
逃げるか、戦うか。俺の選択が、俺たちの未来を決める。
ゆっくりと深呼吸してから、はっきりと答えた。
「ーー戦う。それしか、道はないだろ」
俺が選んだのは、戦う道。
逃げることはしない。戦って、勝つ……それしか道はないんだ。
「分かった。なら、作戦を考えるから、時間稼ぎをして」
「……しょうがない、か。あたしも頑張る!」
逃げる意見を推していた真紅郎とやよいは、俺たちと戦うことを選んだ。
どうにかして真紅郎が作戦を思いつくまで時間を稼がないとな。
思考を巡らせ、何かないか見渡してみる。
「……そうだ」
そこである物に……レイドの後ろに置いてある竜魔像に目が止まった。
意を決してレイドに向かって叫ぶ。
「おい! 一つ聞きたいことがある!」
すると、レイドは剣を下ろしながら訝しげに見てきた。
「戦いの最中に質問か? 時間稼ぎのつもりなんだろうが……いいだろう。一つだけなら答えよう」
時間稼ぎしようとしていることがバレている。それでも、レイドは俺の問いに答えると言った。
余裕があるからか、それともまだ戦うつもりがある俺たちに期待しているからなのか。
レイドの真意は分からないけど、ありがたい。遠慮なく聞かせて貰う。
「お前たち魔族はどうしてその竜魔像を集めている? 何が狙いなんだ?」
ずっと疑問だったことをレイドにぶつけると、レイドは呆れたようにため息を吐く。
「それでは二つではないか。まぁ、いいだろう。我らが竜魔像を集めている理由は……教えられないな」
レイドは顎に手を当てながら考え、そして教えないと答えた。
答えると言ったはずなのに教えないなんて、ふざけんな。そう怒鳴ろうとすると、レイドは手を向けて「落ち着け」と止めてくる。
「これは口外することを禁じられているのだ。ただ、一つだけ言えるとするなら……我らが竜魔像を集めているのは、私欲のためではないということだ」
「私欲じゃない? どういうことだ?」
私欲のためじゃないなら、どんな理由で集めているというのか。
意味が分からないと顔をしかめると、レイドは息を吐きながら竜魔像を見つめる。
「竜魔像を集めて何かを事を起こそう、というつもりじゃないという意味だ。これは我らだけの問題ではなく、世界の危機に関わること」
「あん? つまり、あんたらは世界を守ろうとしてるって意味か?」
「端的に言えば、そうなるな」
ウォレスの問いにレイドは苦笑しながら頷いた。
世界を守ろうとしてるって、それが竜魔像とどういう関係があるんだ?
聞けば聞くほど、疑問が浮かび上がってくる。
「少し話しすぎてしまったな。さぁ、もういいだろう。考えは纏まったか?」
そう言うとレイドは剣を構えた。
真紅郎の方に目を向けてみると、真紅郎は力強く頷いて口を開く。
「……ボクたちが生き残るわずかな希望は、竜魔像だと思う。レイドは竜魔像を奪われたくないだろうから、もしボクたちが確保すれば……交渉の余地はあるかもしれない」
「あいつから竜魔像を取り返して、話し合いに持ち込むってこと? でもさ、もし取り返してもあいつが話し合いに応じると思う? 無理矢理奪いに来ないかな?」
真紅郎の言葉にやよいが心配そうに意見を言う。たしかに、竜魔像を取り返せば、レイドは躍起になって奪いに来るだろう。
そうなったら、俺たちは蹂躙されて終わりだ。
「ハッハッハ! だったらよ、竜魔像を取り返してあの砲撃を放てばいいんじゃねぇか?」
「それは最終手段だよ。一歩間違えれば、周りに甚大な被害を及ぼすかもしれないからね。だから、交渉の材料として砲撃を放つことを言えば……」
「……あいつも、話し合いに応じるしかなくなる」
サクヤが最後に纏めると、真紅郎は笑いながら「そういうこと」と肯定した。
なるほど、こっちがあの砲撃を放とうとすれば、あいつもさすがに攻撃しなくなるかもしれない。
そうすれば、話し合いで解決する道が拓ける。
「そうと分かれば、やるか……ッ!」
時間稼ぎしたおかげで、多少だけど魔力も回復した。ア・カペラを使えるほどではないけど、少しなら戦うことが出来る。
「全員で、どうにかして取り返すよ!」
真紅郎のかけ声に、全員で返事をしてから動き出した。
レイドも俺たちが戦うつもりだと知って、楽しそうに口角を歪ませる。
「いいぞ! やはり、貴殿らはいい! 立場が違えば、共に戦いたいほどに! しかし、残念だがこれも運命! さぁ、最後の最後まで戦おうではないか!」
まるで玩具を貰った子供のように嬉しそうに、レイドは笑いながら剣を構えた。
レイドに向かって走りながら、後ろで魔装を構えた真紅郎が俺たちに指示を出す。
「ボクは後ろから援護射撃! タケルとサクヤは竜魔像の確保! ウォレス、やよいは固有魔法で中距離から支援して!」
「む! 狙いは竜魔像か……それは、許さん!」
真紅郎の指示を聞いたレイドは途端に表情を険しくさせ、俺たちに向かって走ってきた。
バレたところで俺たちがやることは変わらない。どっちが先に竜魔像を手にするのかが、勝負の鍵を握る。
気合いを入れて、走る足に力を込めてレイドに向かっていった。
「テアァァァッ!」
怒号を上げて剣を振り下ろすと、レイドは剣で打ち払ってくる。疲労で限界の俺の体はそれだけでよろめいた。
そこを狙って振り上げられた剣に、サクヤが庇うように籠手で防ぐ。
「邪魔をするな!」
「……ぐうッ!?」
重い一撃に小柄なサクヤは地面に叩きつけられた。血を吐きながら倒れるサクヤにレイドが剣を突き立てようとすると、ウォレスが目の前に展開した紫色の魔法陣をスティックを振り下ろす。
「<ストローク!>」
放たれた衝撃波をレイドは振り下ろそうとしていた剣を横に薙ぎ、衝撃波を斬り裂いた。
そして、レイドの後ろにいたやよいが斧を思い切り地面に突き立てる。
「<ディストーション!>」
地面を砕きながら迫ってくる衝撃波に、レイドは舌打ち混じりに同じように剣を地面に叩きつけて相殺。レイドが動きを止めているところを狙って放たれたのは、紫色の魔力弾。
真っ直ぐに二発。軌道を曲げて左右から向かう二発。計四発の魔力弾を放った真紅郎は、俺に向かって叫んだ。
「今だよ、タケル! この隙に!」
「分かった!」
レイドが魔力弾を剣で打ち払っている隙に竜魔像
に向かって走り出す。
だけど、そうはさせないとレイドは俺に向かって剣の切っ先を向けていた。
「やらせん!」
剣の峰に取り付けてあるダブルバレルに、赤い魔法陣が展開される。
そして、レイドは剣の柄にある引き金を引くと、銃口から赤いレーザー光線が放たれた。
一直線に向かってくるレーザー光線に、俺は剣を振り上げる。
「おりゃあぁぁぁぁッ!」
剣と光線がぶつかり合い、重い衝撃が手に伝わっ
てきた。
歯を食いしばりながら堪えた俺は、そのまま剣を振り抜く。すると、レーザー光線は軌道を変えて空に向かっていった。
「よし、狙い通り!」
俺たちの武器、魔装は魔鉱石と呼ばれる鉱石から作られている。その魔鉱石にはある特徴があった。
それは、
レイドは顔を歪ませると剣の鍔にある弾倉を取り替えながら、舌打ちする。
「そうか、その武器は魔装だったな……だが、そう何度も上手くいくとでも?」
「そうはさせねぇ! オレたちが邪魔するからな!」
俺に向かって引き金を引こうとしていたレイドは、ウォレスが放った衝撃波を側転しながら躱した。
そこから俺に攻撃させないようにとサクヤが、やよいが、真紅郎がレイドに攻撃していく。
みんなの援護を、無駄にはしない。レイドの動きを見ながら、竜魔像に向かって走り続ける。
「くっ、小癪な……貴殿らに竜魔像を触らせる訳にはいかないというのに! 特に、タケル! 貴殿には絶対に!」
みんなの攻撃を捌きながら、レイドは俺に向かってレーザー光線を放ってきた。
咄嗟に剣で受け止めて反射させると、ビリビリと手を痺れさせながら軌道を変えたレーザー光線が、地面を抉りながら逸れていく。
レイドは今、絶対に俺に竜魔像を触れさせないって言っていた。それがどういう意味なのかは分からないけど、レイドはそれだけは阻止したいらしい。
これなら、本当に竜魔像を取り返せば話し合いに応じるかもしれない。
気合いを入れ直し、竜魔像に向かって一目散に走り出した。
「あと、少し……ッ!」
竜魔像まで、残り二メートル。手を伸ばしながら走ると、レイドはサクヤを蹴り飛ばしながら俺に向かって怒声を上げた。
「タケル! やめるんだ! 貴殿が触れれば、世界
が終わってしまう!」
何か叫んでるけど、俺の足は止まらない。
残り、一メートル。
「と、ど、けぇぇぇぇぇぇッ!」
飛び込みながら、竜魔像に向かって手を限界まで伸ばす。
俺の指先が竜魔像に触れるまで、わずか十センチ。
「触れるな、タケル! もう目を覚ます寸前だ! 貴殿が近づけば、
そして、俺の指が竜魔像に触れた。
これで俺たちの勝ち……ッ!?
「ーーが、あ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
その瞬間、俺の残り僅かだった魔力が一気に竜魔像に吸い取られた。
すると、
本能的に竜魔像から手を離すと、ほぼ全ての魔力を失った体に脱力感が襲いかかり、力なく倒れ伏した。
「な、に……が……?」
力を振り絞って竜魔像の方に顔を向けると、そこには首をもたげて翼を広げている竜魔像の姿。
俺が魔力を送った時に見せる動きだけど、いつもと違うところがあった。
それは、竜魔像から放たれる重苦しく、禍々しい威圧感。
そして、竜魔像は口を開けるとそこから血のように赤い稲妻を纏った黒い光線を空に向かって放つ。
「タケル……貴殿はとんでもないことをしたのだぞ」
唖然としていると、レイドが剣をだらりと下げながら空を見上げ、険しい表情を浮かべる。
空に伸びた黒い光線は、青空に風穴を空けたようにどす黒い魔力の渦を作り出す。
すると、同じような光線が遙か遠くから魔力の渦に伸びてきた。
数は五本。その内の四本はそれぞれマーゼナル王国、セルト大森林、ヤークト商業国、ケラス霊峰の方角からだった。
「奴が目覚めるぞ。我らはこの事態だけは避けたかったというのに……」
「何が、目覚めるんだよ……?」
遠くから伸びる五本、そして目の前にある竜魔像から放たれた光線の計六本を受け止めた黒い渦が一つの大きな塊になっていく。
それはまるで、黒い卵のような形に見えた。
レイドは空に浮かぶ黒い卵を睨みつけながら、口を開く。
「厄災の権化。世界を滅ぼす存在……人々はそれを、こう呼んだ」
黒い卵に大きなヒビが入っていく。
ヒビは卵全体に伝わっていき、弾け飛んだ。
「ーー
闇よりも深い光沢のある黒い甲殻。
空を覆い尽さんとばかりに広げられた大きな翼。
血のように紅い瞳をぎょろりと動かした
「ーーグルオォォォォォォォォォォォォォォォォン!」
産声を上げるように、解放されて歓喜するように、世界中に轟くほどの雄叫びを上げる。
今、この瞬間……世界に厄災が顕現した。
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