十七曲目『氷花の一撃』

「アスワドの奴、大丈夫か……?」


 アスワドの相手、黒いフルプレートを身に纏った大剣使い。鎧に隠れているけど、鍛え抜かれた筋肉がありありと分かるほど大柄な男だ。

 戦っているのを見たけど洗練された大剣捌きで相手を圧倒し、生半可な攻撃はフルプレートの強固な守りで防いでいた。鈍重そうな見た目の割に俊敏に動くその姿は、まさに動く戦車。

 かなりの実力者相手に、アスワドが勝てるのか。少し心配だった。


「決勝戦! 始めッ!」


 俺の心配をよそに、審判が試合開始の合図を叫ぶ。

 だけど、男もアスワドも動かなかった。どうしたのかと思っていると、何か会話をしているように見える。


「遠すぎて聞こえないな」

「だったら魔法を使ってみようよ。<マルカート>」


 そう言って真紅郎が音属性魔法の聴力強化マルカートを使う。たしかに、それを使えば聞こえそうだな。

 音属性魔法が使える俺たちはマルカートを使って二

人の会話を聞いてみる。


「……噂に名高い黒豹団の頭、アスワド・ナミルで相違ないか?」

「あぁ? それがどうしたんだ?」


 どうやら男はアスワドのことを知っているようだ。

 怪訝そうに返事をしたアスワドに、男はバカにするように小さく笑みをこぼす。


「やはりか。盗人如きがこの大会に出るとは……狙いは貴族の位か?」

「ハンッ、そうだと言ったら?」

「だとしたら、この私が許さぬ。この国のために、貴様はここで討ち取らせて貰う」


 そして、男は手に持っていた大剣を思い切り地面に突き立て、離れている観客席にまでビリビリと響いてくる。

 男はフルプレートメイルからギロリと鋭い眼差しを覗かせ、アスワドを睨みつけた。


「私の名はザルド! ムールブルクに仇なす敵を討つ騎士なり! 我が大剣を持って、貴様の首を頂戴する!」

「やれるもんなら、やってみろやゴラァァァァッ!」


 男、ザルドは盗賊団の頭……悪人のアスワドをここで殺すつもりのようだ。だけどアスワドは負けじと怒号を上げ、姿勢を低くして走り出す。

 アスワドは身に纏っている黒いローブに手をかけ、思い切り引っ張りながらシャムシールに姿を変えて握りしめた。

 どうやらアスワドはザルドの実力を認めているらしい。だからこそ、最初から全力でザルドに向かっていた。


「オラァ!」


 全速力で走り出した勢いのまま、アスワドはシャムシールを振り下ろしてザルドに攻撃する。

 それに対して、ザルドは地面に突き立てた大剣を抜き放ち、上段に構えていた。

 そして、ザルドはアスワドの攻撃をフルプレートで受け止める。鈍い音が響き渡ったけど、ザルドは気にすることなく大剣を振り下ろした。


「ーーチッ!」


 舌打ちしながらアスワドはその場から離れる。目標を失った大剣は地面を思い切り叩きつけ、爆音を轟かせた。

 身に纏っているフルプレートには僅かに傷をつけられただけで、ザルド自身にはダメージが通っていない。

 ザルドの攻撃をバク転で避けたアスワドは、着地と同時にいつの間にか持っていたナイフを投げ放つ。


「甘いッ!」


 向かってくるナイフをフルプレートで受け止めながら、鈍重そうな見た目にそぐわない速度で走り出して大剣を振り下ろす。

 ザルドの攻撃を側転で避けたアスワドだけど、追撃とばかりにザルドは大剣を横薙ぎに振り払った。


「ウグッ!?」


 避けられないと判断したアスワドは、シャムシールで大剣を受け止める。だけど威力に負け、顔をしかめながら吹き飛ばされていた。

 空中で一回転して体勢を立て直したアスワドは、着地と同時に地面を這うように低い体勢で走り出す。

 素早い動きで上下左右とシャムシールで斬りつけるも、全てフルプレートで受け止められている。

 ザルドの攻撃を避けながら連続で剣を振り回すも、ダメージが与えられてなかった。


「この、堅すぎんだろ……ッ!?」


 強固なフルプレートに悪態を吐きつつ、剣戟の合間にナイフを投げるアスワド。ザルドはアスワドの攻撃を軽々と防ぎ、重い一撃を喰らわせていた。

 スピードではアスワドが勝っているけど、防御力と一撃の重さはザルドに軍配が上がる。一撃でもまともに喰らえばアスワドが負けるだろう。

 突風を巻き起こしながら振られる大剣にアスワドはギリギリ避けながら、歯を剥き出しにして笑った。


「これならどうよ……<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ、今こそ手を取りかの者に凍獄の鉄槌を>ーー<アイス・ナックル!>」

「むぅ!?」


 暴風のような攻撃の嵐の最中、アスワドは詠唱し右手に冷気のような魔力を纏わせていく。そして、氷属性の魔力を込めた拳をザルドの腹部に喰らわせた。

 ザルドは驚いたような声を上げ、パキパキと音を立ててフルプレートが凍っていく。

 威力に押し負けてたたらを踏んだザルドだったけど……。


「この程度で、私が負けると思っているのか!?」


 地面を思い切り踏みながら耐えたザルドはフルプレートに拳を叩き込むと、氷が砕ける。

 フルプレートは多少凹んでいたけどザルド自身は無傷だった。


「この鎧はその程度の魔法で壊れるほど柔ではない!」

「チッ! 嘘だろ……ッ!」


 さすがのアスワドも目を丸くして驚き、舌打ちする。アスワドの魔法の威力は身を持って知っているけど、まさか無傷なんて……。

 俺もアスワドと同じように驚いていると、ザルドは両足を広げて体勢を低くしながら叫んだ。


「貴様が氷ならば、私は炎! <我纏うは鬼神の鎧>ーー<ファイア・ボルデージ!>」


 ザルドが詠唱したのは火属性魔法……炎を纏い、身体強化する魔法だった。

 フルプレートに炎を纏わせたザルドは、大剣を構えながら地面を踏み砕き、一気にアスワドに駆け寄っていく。


「燃えたぎる我が炎、凍らせられるものなら凍らせてみよぉぉぉぉぉッ!」

「グッ、オアァッ!?」


 まるで重戦車のような突進のまま、ザルドは大剣を薙ぎ払った。

 身体強化された速さに対応し切れず、アスワドはシャムシールで大剣を防ぐ。

 だけど、アスワドの力じゃザルドの一撃に耐え切れるはずもない。軽々と吹き飛ばされたアスワドは、地面をゴロゴロと転がっていった。


「く、そ、がぁぁぁぁ! <我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ、今こそ手を取りかの者に凍獄の拷問を>」


 地面を転がりながら詠唱したアスワドは膝を着き、地面に手を置いて叫ぶ。


「<アイシクル・メイデン!>」


 ザルドに向かって地面から氷柱が生えていく。地面を凍らせながら向かってくる氷柱たちに向かって、ザルドは大剣を思い切り振り被った。


「ウオリャアァァァァァァァァッ!」


 怒号と共に大剣を向かってくる氷柱に振り下ろす。轟音を響かせながら、一撃で氷柱たちを破砕させた。

 圧倒的な攻撃に、アスワドはニヤリと不敵に笑う。


「<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ、背を向けし両者に贄を捧ぐ。其は凍獄の権化なり>」

「むっ、マズい……ッ!」


 今の氷柱の攻撃は、詠唱の隙を作るためのもの。アスワドの体から吹き出す高密度の冷気を纏った魔力に気づいたザルドは、詠唱を止めようと走り出したが……もう遅い。


「<ブリザード・ファフナー!>」


 魔法名を告げると、アスワドの後ろに氷で出来た龍がうねりながら出現した。

 俺が知っている限り、アスワドが使う魔法で一番高威力を誇る魔法。これならザルドの強固な守りを抜けるはずだ。

 アスワドが手を動かすと、その動きに合わせて氷の龍が動き出す。鋭い牙を剥き出しにしながら、冷気を漂わせて口を開く氷の龍。


「これでも喰らえやぁぁぁぁぁッ!」


 ザルドに向かってアスワドは氷の龍を襲わせる。長い体をくねらせながら一直線に向かってくる氷の龍に、ザルドは大剣を地面に突き立てて盾にして立ち向かう。


「<我が守りは鬼神の大楯>ーー<ファイア・シルト!>」


 ザルドの目の前に渦を巻いた炎の楯が展開される。同時に、氷の龍が炎の楯に牙を突き立てた。

 氷が蒸発していく音と共に、炎の楯が押されていく。ザルドはズリズリと押されていく足を必死に堪えながら、雄叫びを上げた。


「ヌゥオォォォォォォォォォォォォッ!」


 炎の楯が霧散し、氷の龍が大剣とぶつかり合う。フルプレートがパキパキと凍り付きながらも、ザルドは耐え続けていた。

 そして、氷の龍はザルドの体を全て凍らせ、闘技場全体に冷気をまき散らしながら消えていく。

 残されたのは、氷付けになったザルドの姿。これは、決まったか?

 審判はザルドを見ると、アスワドに向かって手を挙げる。


「勝者! アスワ……」


 そのままアスワドの勝利が決まったかと思った瞬間、ザルドを凍らせていた氷がピキッと音を立ててヒビが入った。

 まさか、と誰もが驚く中……どんどん氷にヒビが走っていく。

 ヒビ割れたところから炎が吹き出していき、一気に氷が砕け散った。


「まだだッ! まだ、終わっておらんわッ!」


 殻を割るように氷の中から炎を纏ったザルドが叫びながら現れる。その姿に観客が怒号のような歓声を上げた。


「ふぅぅ、ふぅぅ……多少驚いたが、その程度では我が炎の意志を凍らせることは出来ぬぞ……ッ!」

「これでも終わらねぇってのか……勘弁してくれよ」


 鼻息荒く大剣を構えるザルドに、アスワドは唖然としている。アスワドもこの攻撃で勝ったと思ってたんだろう。

 ザルドが実力者だとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。フルプレートは依然として壊されることなく存在している。

 アスワドが使った魔法は、かなり魔力を使うもの。体力的にも精神的にも、アスワドはもうギリギリの状態だろう。

 強固な守り、重い一撃、火属性魔法、不屈の精神……どれを取っても、アスワドに不利な相手だ。

 肩で息をしているアスワドに、ザルドは大剣を構えて突進した。


「平和に暮らしている民を苦しめる盗人よ!」

「グッ!?」


 薙ぎ払われた大剣をシャムシールで防ぐアスワドが、地面を転がる。


「力なき者を踏みにじる悪人よ!」

「ガァッ!?」


 地面に倒れるアスワドに大剣を振り下ろすザルド。その一撃を転がることで避けたアスワドは、体勢を立て直しながらナイフを投げ放つ。


「貴様が苦しめてきた者たちの無念を晴らすため! 私が貴様を断罪する!」


 ザルドはナイフをフルプレートで受け止めながら、大剣を思い切り振り上げた。

 避けようとしていたアスワドだけど、ガクッと膝が折れる。今までのダメージと疲労に足が限界だったんだろう。

 そんなアスワドに向かって、ザルドは無慈悲に大剣

を振り下ろした。


「ーーオリャアァァァァァッ!」

「ガハ……ッ!?」


 振り下ろされた大剣をシャムシールを横にして防ぐアスワド。だけど重い一撃に耐え切れず、体ごと地面に叩きつけられた。

 力なくうつ伏せに倒れるアスワドに、ザルドは大剣を突きつける。


「これで終わりだ……悪人が貴族になろうなどという、甘い考えを胸に死ぬがよい」


 マズい。このままだとアスワドが殺されてしまう。

 咄嗟に動き出そうとすると、ベリオさんに肩を掴まれた。


「やめろ、タケル」

「ベリオさん、どうして……ッ!」

「見ろ」


 口数少なくベリオさんは闘技場の方を見つめながら言う。

 目を向けてみると、倒れていたアスワドがピクリと肩を動かしていた。


「悪人、か……それを、否定するつもりは、ねぇよ……」

「……まだ動くか」


 ゆっくりと顔を上げるアスワド。額と口から血を流し、ボロボロの体に鞭を打って立ち上がろうとしていた。

 まだ戦う意志を持っているアスワドに、ザルドは大剣を強く握りしめている。


「折れない精神力。戦おうとする意志の強さ。それは認めよう。そこまでして貴族になろうとする理由は分からぬが……貴様は、ここで終わりだ」


 とどめを刺そうと大剣を振り上げるザルドに、アスワドは鼻を鳴らす。


「別に、俺は貴族になんかなりたくねぇよ……俺は、代理人だからなぁ」

「む? 代理人だと?」


 アスワドの言葉にザルドの動きが止まる。アスワドがベリオさんの代理としてこの大会に出場しているのを知らなかったようだ。


「他人のために何故そこまでして戦おうとする? 金でも握らされたか?」

「ハッハハ……金だぁ? んなもん、いらねぇよ」

「ならば、どうしてだ?」


 ザルドの問いに、アスワドはシャムシールを杖にしながら立ち上がる。体はボロボロで、足も震えている。

 それでも、アスワドは立ち上がり、歯を剥き出し

にしながら笑みを浮かべていた。


「金なんざ、いらねぇ……俺が戦う理由は、たった一つ……誓ったからだよ」

「誓い、だと?」

「そうだ……俺は、誓ったんだ。俺を助けてくれたおやっさんに、恩返しすると。あの人の夢を手伝うって、心に誓ってんだよ……ッ!」


 アスワドはふらつきながらシャムシールをザルドに向ける。

 獰猛な肉食獣のように鋭く、黄色い瞳でザルドを睨みつけながら叫ぶ。


「男なら、誓いは死んでも果たさねぇといけねぇ……俺が戦う理由なんて、そんなもんだ……文句あるか?」


 他人のために戦おうとするアスワドの理由を聞いたザルドは、深く息を吐きながら大剣を構える。


「……敵ながら見事。盗みを働く悪人にしておくのは惜しいな」

「ハンッ……勝った気でいるんじゃねぇよ。ようやく、体が温まってきたところなんだからよぉ!」


 アスワドは吠えながら手に持っていたナイフをザルドの顔面、フルプレートメイルの目を狙って投げた。

 不意打ちに驚きながら顔を動かして避けるザルドだったけど、間に合わずナイフが当たる。

 目には当たらなかったけど、ナイフとメイルがぶつかり合って散った火花にザルドは怯んだ。

 その隙を狙い、アスワドはその場で回転すると後ろ回し蹴りを腹部に当てる。


「ムウッ!? 小癪な!」


 バランスを崩したザルドが二歩三歩と後ろに退く。それを見たアスワドは、口角を上げながらシャムシールを構えた。


「見せてやるよ、俺のとっておき・・・・・をな」


 そう言うと、アスワドは冷気のような魔力を纏っていく。その魔力は徐々にシャムシールの剣身に集まっていった。


「あれは……ッ!」


 アスワドがやろうとしていることに、俺は目を丸くして驚く。

 シャムシールに魔力が集まっていき剣身がパキパキと音を立てて凍ると、魔力と剣身が一体化する。

 そして、アスワドは走り出した。


「綺麗な花、咲かせてみろやぁぁぁぁぁッ!」

「ヌ、オォォォォォォッ!」


 体勢を崩しながらも大剣を振り回すザルド。

 その攻撃を体を屈めることで避けたアスワドは、無防備な腹部に向かって氷属性の魔力を纏ったシャムシールを薙ぎ払う。


「ーー<ジーブル・シュラーク!>」


 声を張り上げて叫んだアスワドは、シャムシールをザルドの腹部に喰らわせた。

 最初は耐えていたフルプレートが、ビキビキとヒビが入っていく。剣身に纏っていた氷属性の魔力が爆発し、フルプレートが砕け散った。

 声にならない悲鳴を上げながらザルドが吹っ飛ぶ。フルプレートが砕け、四十代ぐらいの壮年の男の姿が露わになった。

 そして、姿が露わになった瞬間、全身が一気に凍り付く。


 最後に残されたのは、花を象った氷塊に閉じこめられたザルドの姿だった。


「はぁ、はぁ……」


 氷の結晶が舞う中、シャムシールを黒いローブに戻して袖を通したアスワドは、肩で息をしながら凍り付いたザルドに向かって鼻を鳴らす。


「その氷花は俺からの手向けだ……ま、俺は殺しはしねぇけどな」

「勝者、アスワド!」


 その言葉を最後に、審判がアスワドの勝利を告げる。

 激闘を見届けた観客たちは、アスワドの勝利に喜び歓声を上げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る