第八楽章『漂流ロックバンドと空を駆ける船』

プロローグ『不安漂う風の国』

 見上げるほど高い切り立った崖の下。吹き付ける強い風に体が飛ばされそうになりながら、岩だらけの道を進んでいく。

 一際強い風が吹くと、前から「きゃっ!?」と小さな悲鳴が聞こえてきた。


「……タケル、見た?」


 ジトッとした目で俺の方を振り返ったのは、俺たちロックバンド<Realize>の紅一点、女子高生ギタリストのやよいだ。

 やよいは風で捲れそうになったスカートを抑えたまま、頬を赤く染めながら睨んでくる。俺はやれやれと肩を竦めながら首を横に振った。

 

「見てないっての」

「本当に?」


 信用していないのか、再度問いかけるやよいにため息を漏らす。そんなに見られたくないなら、スカートを履かなきゃいいのに。

 そう心の中で思っていると、隣を歩いていた体格のいい金髪の外国人ドラマー、ウォレスがカラカラと笑いながら俺の肩を叩いた。


「ハッハッハ! そうだぜ、やよい! 別にホワイト・・・・な奴なんて、見えてねぇよな!」

「は? 水色だったろ……あ」


 つい言い返して、自分の失言に気づく。

 やべぇ、と思いながらやよいの方に目を向けてみると……顔を真っ赤にさせた般若がそこにはいた。


「タケル! やっぱり見てるじゃん! この変態!」

「わ、わざとじゃねぇって! そもそもスカート履いてるのが悪いだろ!?」

「うるさいバカ! 一発ぶん殴る!」


 やよいが拳を握りしめて殴りかかろうとすると、俺とやよいの間に割り込んだ奴がいた。

 それはRealizeのベーシスト、真紅郎。小柄で見た目は女性にしか見えないほど中性的な顔に苦笑いを浮かべ、怒るやよいを落ち着かせる。


「まぁまぁ、やよい落ち着いて。こんなところで暴れると怪我しちゃうよ?」

「だって、タケルが!」

「殴るにしても、目的地に着いてからにしよ? ここはとりあえず、落ち着いて落ち着いて」


 真紅郎の言う通り、俺たちが進んでいるのは崖の下。変に暴れれば崩れてくる可能性もある。

 宥められたやよいは「むー……分かった。あとで殴る」と頬を膨らませながら矛を収めた。

 どうにかしてこのことを忘れさせないと、痛い目に遭うな……と、戦々恐々としていると、Realizeのキーボード担当で白髪と褐色の肌をした少年、サクヤが声を上げた。


「……ねぇ。あれ、またあった」

「きゅー?」


 サクヤが指さした方を見てみると、そこには氷漬けになったモンスターの姿。

 Realizeのマスコット的存在、額に楕円型の蒼い宝石が付いている白くてモフモフとした子狐型モンスター、キュウちゃんが不思議そうにツンツンと前足でつつく。

 モンスターは何も反応せず、凍ったまま死んでいるようだ。氷漬けのモンスターは道中に何体もいたけど……これは自然に出来たものじゃなく、明らかに人の手によって凍らされている。

 それが出来るとしたら、氷属性の魔法。そして、その属性を使える人物は……知ってる限りは一人しかいない。


「あいつがいるみたいだな……」

「えぇ……会いたくないんだけど」


 思い当たったのは俺だけじゃないようで、やよいは辟易としながら顔をしかめる。

 ここ最近は会ってなかったけど……あいつが俺たちの目的地にいる可能性は高そうだ。

 あいつとは<黒豹団>という盗賊団のリーダー。氷属性魔法の使い手で……やよいにストーカーしている男。


 名を、アスワド・ナミル。一応、俺たちの敵だ。


 また面倒なことになりそうだな、とため息を吐いていると真紅郎が地図を広げながら道を確認して、口を開いた。


「アスワドのことは今は放っておくとして……もうすぐ着きそうだよ」

「ハッハッハ! だったらオレが一番乗りだ!」

「……違う、ぼく」


 真紅郎の言葉にウォレスとサクヤが同時に走り出す。

 子供かよ、と呆れつつ二人を追っていくと……ようやく目的地が見えてきた。


「あれが<ムーンブルク>か」


 俺たちの目的地、<ムーンブルク公国>。

 断崖絶壁を切り崩して出来た街並みが広がる<風の国>が、ようやくその姿を現した。

 俺たちは街に入るために大きな門に向かうと、門の前にいた憲兵が声をかけてくる。


「……止ま、れ」


 憲兵の男は槍の石突きを地面に突き立てながら、無表情で話しかけてきた。俺たちが不審者に見えるのか、男はジロジロと上から下までなめ回すように観察してくる。


 男の黄色い・・・目で見つめられると、ゾワッと鳥肌が立った。


 男の視線は何か違和感がある。それがなんなのかは分からないけど、本能が警鐘を鳴らしていた。

 何も答えない俺の代わりに、真紅郎が一歩前に出て対応する。


「ボクたちは旅をしているユニオンメンバーです。この国には休息と旅の支度のために訪れました」


 男は無言でジッと俺たちを見つめ続けていた。話そうとしない男に真紅郎が首を傾げていると、足下にいたキュウちゃんが男の前に躍り出る。


「ーーキュウゥッ!」


 鋭く鳴いたキュウちゃんに、俺たちは目を丸くして驚いた。キュウちゃんがこんなに威嚇している姿を初めて見る。

 すると、突然男はガクンと俯き、我に返ったように目をパチクリさせていた。


「……む? なんだお前たち、旅人か?」


 男はまるで俺たちに今気づいた・・・・・ように笑いながら声をかけてくる。


「……えっと、さっきも言いましたけど、ボクたちは旅をしているユニオンメンバーです」

「おぉ、そうかユニオンの者か! ここにはユニオン支部はないが、ユニオンメンバー専用施設があるから行ってみるといい。門を開くから、ちょっと待っててくれ」


 真紅郎は訝しげに男を見つめながら同じことを繰り返して言うと、男はさっきとは違って大らかに対応していた。

 そのまま男は門の方に合図すると、重い音を立てながら門が開いていく。


「ようこそ、ムールブルクへ!」


 男は自分の国を自慢するように胸を張りながら、俺たちを歓迎してくれた。

 門を通って街に入る時にチラッと男の顔を見ると、男は焦げ茶色・・・・の目で俺たちを見送っている。

 実を言うと……俺には、はっきりと見えていた。

 キュウちゃんが威嚇した途端、男の体から黒いもや・・・・のようなものが逃げるように飛び出したのを。

 そして、そのもやは旅の中で何回か見たことがある、俺とサクヤにしか見えない物だ。

 サクヤの方に目を向けてみると、サクヤも見えていたみたいで俺にコクリと頷き返してくる。

 言いようのない不安を心に抱えながら、俺たちは街に足を踏み入れるのだった。


 

 

 

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