第六楽章間奏『ウォレスの隠された特技』
空はいつも通り暗雲で覆われている。
昼なのに夜のように薄暗いアストラの貧民街を訪れていた俺は、星屑の討手と貴族との争いが始まる前に情報を共有しようと、ウォレスの元へと向かっていた。
抜け道を通り抜けると、そこではウォレスと子供たち、シンシアの姿。ウォレスは子供たちとシンシアの前でニヤリと笑うと、ドラムセットを模した魔法陣を展開した。
「いいか、ここを叩くと……」
そう言ってスティックを振り上げ、クラッシュシンバルを叩く。ビリビリと甲高い音が響くと、子供たちは耳を押さえて笑った。
「なにそれ、うるさぁい!」
「でも、なんかスゴい!」
「ハッハッハ! んで、次は……」
そのままウォレスはドラムを叩きまくり、ビートを刻む。腹に響く音に子供たちは楽しそうにしていて、後ろでシンシアが微笑ましそうにクスクスと笑いながら眺めている。
一頻り叩いて満足したウォレスは魔法陣を消し、ニヤリと笑みを浮かべた。
「今のでドラムの音は分かっただろ? で、ここから……お! ちょうどいいところに! タケル! ちょっと
俺に気づいたウォレスが大声で呼んでくる。どうしたのか、と首を傾げながら向かうと、ウォレスは笑みを浮かべたまま俺に手を差し出してきた。
「マイク貸してくれ!」
「は? まぁ、いいけど……」
何をするつもりなのかは分からないけど、とりあえず魔装を展開し、剣の柄からマイクを外して手渡す。
受け取ったウォレスはマイクをポンポンと叩いて音の確認をすると、ゆっくりと深呼吸した。
「行くぜ?」
そして、ウォレスはマイクを手で覆いながら口元に持って行くと、まるでドラムのような声を出し始めた。
ドラムセットもないのにドラムの音を出したウォレスに、子供たちは目を丸くして驚く。
「ボイパ? ウォレス、そんなの出来たのか」
「ハッハッハ! タケル、ボイパじゃねぇよ……ヒューマンビートボックスだ!」
同じようなもんじゃないのか?
そう思ったけど、ウォレスからするとボイパ……ボイス・パーカッションより、ヒューマンビートボックスと呼んで欲しいらしい。
ようは、声で楽器の音を模倣する奴だ。ウォレスはドラムの音を声で奏でると、次にベースの音を出し始めた。
「すげぇ! 何それ! 俺にも出来る!?」
「練習すれば出来るぜ? そして、こっからが本番
だ……」
そう言うと、ウォレスはドラム、ベース、DJがレコードをスクラッチする音……色んな音を声で表現し、子供たちに披露する。
子供たちは目を輝かせながら音に聴き入り、シンシアはパチパチと拍手していた。
たしかに、ウォレスのヒューマンビートボックスはかなりのものだ。本当にその場にビートボックスがあるかのように、ウォレスは次々に声色を変え、様々な音を奏でている。
ウォレスの隠された特技に驚いていると、ウォレスは肩で息をしながら演奏を止めた。
「はぁ、はぁ……いやぁ、久々で疲れちまったぜ!」
「やるな、ウォレス」
「だろ? タケルもやってみるか?」
マイクを返しながら言ってくるウォレス。その目は挑発的で、お前に出来るか? と言っている気がした。
ちょっとムッとした俺は、挑発に乗ってマイクを手で覆いながら口元に持っていく。
そして、ウォレスよりは拙いものの、ベースの音を声で表現してやった。
「ハッハッハ! やるじゃねぇか、タケル! だが……オレの方が上だ!」
ウォレスはマイクなしでヒューマンビートボックスを披露してきた。負けじと俺もやってみせる。
そのままウォレスとバトルしていると……シンシアがコホンと咳払いして俺たちの間に入ってきた。
「あん? どうしたんだ、シンシア?」
「どうしたんだ、じゃないです! もう子供たちはどこか遊びに行きましたよ?」
俺とウォレスが周りを見てみると、さっきまで集まっていた子供たちの姿はなかった。
どうやら熱中しすぎて気づかなかったらしい。気まずくなって二人で頬を掻くと、シンシアが深いため息を吐く。
「まったく……子供じゃないんですから、しっかりして下さいね?」
「ハッハッハ! そりゃ無理だ! 男ってのは、いくつになってもガキだからな!」
「もう! ウォレスさんはいつもそうやって! 子供たちが真似したらどうするんですか!?」
反省しないウォレスにプンプンと怒るシンシア。
まるで子供の教育について話し合ってる夫婦みたいだな、と思いながら静かにその場を去る。
決して説教から逃げるためじゃない。二人を邪魔しないように、だ。
「あ!
「そうやって誤魔化さないで下さい! ウォレスさんはそうやっていつもいつも……」
俺が逃げようとしているのに気づいたウォレスがシンシアに言うものの、シンシアは無視して説教を続けている。
ウォレスの助けてくれ、という視線を向けられながら、俺は貴族街へと帰るのだった。
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