十六曲目『不穏な空気』
広場に俺たちの演奏が響いていく。
深いビブラートを効かせた俺の歌声、やよいの複雑な音程を持ったギターのメロディ、ウォレスの落ち着いたうねりのあるドラム、真紅郎の沈み込むように低いベースライン。
そして、サクヤの色気のあるピアノが最後の一音鳴らし、演奏が止まった。
「……出来た」
サクヤは目を閉じると天を仰いで呟き、深く深く息を吐きながら頬を緩ませる。
ようやく、サクヤが作った新曲が完成した。最初は難しくて苦労したけど、今では完璧に演奏することが出来るようになった俺たちは、新曲の完成に雄叫びを上げる。
「ハッハッハ! 最高の曲じゃねぇか、サクヤ!」
「うん! 今までのRealizeとはひと味違う、いい曲だったよ!」
「サクヤのおかげであたしたちもレベルアップしたよ! ありがとう!」
ウォレス、真紅郎、やよいに褒められたサクヤは照れ臭そうに頬を掻きながら嬉しそうに静かに笑み
を浮かべていた。
俺はサクヤに近づき、口角を上げて笑いかけながら手のひらを向ける。
「やったな、サクヤ」
「……うん」
サクヤは俺の手のひらをパチンと叩いてハイタッチした。
すると、俺たちの演奏を聴いていたダークエルフ族たちから拍手と歓声が上がる。
「よかったぞ、お前らぁ!」
「これは祭りが楽しみだ!」
「俺たちも負けてられねぇ! だんすの練習を厳しくしていくぞ!」
ダークエルフ族たちは新曲に触発されたのか、ダンスの練習を始めていた。ダンスの方もかなり形になり、俺も竜神祭が楽しみになってくる。
そこでキリが興奮した面もちでサクヤに駆け寄ってきた。
「サクヤ!」
「……うぷっ」
キリは飛び込むようにサクヤに抱きつき、目をキラキラさせてサクヤの肩を揺らす。
「格好良かったよ! 本当に、凄かった! 私も今の曲弾いてみたい!」
「……揺らさ、ないで」
「あ、ごめん!」
グラグラと身体を揺さぶられて青ざめた顔になっていくサクヤに、キリは謝りながら慌てて手を離す。
そして、キリは顔を真っ赤にしてチラッとサクヤの方に目を向けた。
「あの、それで……教えてくれる?」
「……まだダメ。キリ、練習足りない」
「む、むぅぅぅ! ケチ! じゃあ今から練習する!」
サクヤに断られたキリは頬を膨らませて今からピアノのレッスンをするように詰め寄る。だけど、その前にデルトが苦笑しながら声をかけてきた。
「キリ、少し待ってくれ。オリン、完成した新曲をモーランにも聴かせた方がいいぞ?」
「……族長に? どうして?」
「竜神祭の責任者は族長のモーランだ。竜神様に捧げるのに相応しいか、モーランが見定めなければならない。まぁ、十分だとは思うがな」
デルトの話しを聞いて納得する。
たしかに、この集落の族長はモーラン様だ。そのモーラン様が認めない限りは、竜神祭で披露出来ない。
サクヤも納得したのか小さく頷くと、俺たちの方に顔を向けた。
「……族長、呼びに行こう」
「そうだな。俺とサクヤが呼んでくるから、待っててくれ」
「あぁ、待て。俺も行こう」
やよいたちにここで待ってるように言ってから俺とサクヤ、デルトの三人でモーラン様の家に向かう。
その道中で、俺はずっと気になっていたことをデルトに聞いた。
「なぁ、デルト。モーラン様って、もしかして俺たちのことをまだ認めてないのか?」
「む? そんなことはないと思うが……どうしてそう思ったんだ?」
この集落に来てから結構経ったけど、ほとんどモーラン様の姿を見ていない。最初にこの集落に来た時に会ってから、ずっとだ。
あまりにも会わないから、避けられてるんじゃないかと思って聞いてみると、デルトは難しい顔をして顎に手を置く。
「ううむ、どうだろうな。モーランは元々あまり家から出ない奴だが……言われてみれば、たしかにここ最近は俺も会っていない」
「だろ? だから、まだ俺たち人間のことを認めてないからじゃないかと思ってさ」
「モーランもお前たちの演奏を聴いていたはずだから、認めてないはずがないと思うが……そもそも、認めてなかったら長期間の滞在も許さないだろう。大丈夫じゃないか?」
デルトの言う通りかもしれない。人間のことを毛嫌いしているなら、俺たちが今まで滞在していることすら許可しないだろう。俺の思い過ごしかな。
そんなことを話している間に、モーラン様の家に着いた。デルトを先頭に家に入り、モーラン様の部屋に向かう。
「モーラン、入るぞ」
デルトは一声かけてからノックもせずに扉を開け放った。
部屋ではモーラン様が目を丸くさせ、デルトの姿を見た途端に呆れたようにため息を吐く。
「デルトよ。前から言っているが、返事をする前に入ってくるんじゃない」
「ガッハハハ! まぁ、いいじゃねぇか。今更だろ?」
反省していないデルトにまたため息を吐いたモーラン様は、俺たちがいることに気づくとビクリと肩を震わせた。
そして、俺たちを怪訝そうな表情で見つめてくる。
「……お主たち、何の用だ?」
「……竜神祭でやる新曲出来た。族長に披露したい」
「何? どういうことだ?」
モーラン様は意味が分からないとばかりにデルトの方を見ると、デルトはニヤリと笑いながら口を開く。
「前に話しただろ? 竜神様に捧げるために俺たちはだんすを、オリンたちにはおんがくを披露することにしたって」
「あぁ、あのことか。別にワシに披露しなくともいいだろう。好きにしろ」
「何言ってんだ、モーラン。お前はこの集落の族長だろ? 竜神様に捧げる前にお前が見ておかないとダメだろうが」
呆れたようにデルトに言われたモーラン様は一度考え込むと、やれやれと嘆息する。
「仕方あるまい。行けばいいのだろう?」
「それにお前、最近外に出てないだろ? 日の光を浴びないと体が腐っちまうぞ」
「やかましい。そこまで老いておらんわ」
デルトの軽口に顔をしかめたモーラン様は、部屋から出る前にまた俺たちをジロッと見てきた。
まるで観察するような、警戒しているような視線を送ってからデルトと一緒にモーラン様が外に向かっていく。
俺はその背中を見つめながら、疑問に思っていた。
「今、俺じゃなくてサクヤを見ていた……?」
モーラン様は俺というより、
ダークエルフ族は元々人間を毛嫌いしているから、人間の俺が睨まれるのは分かる。だけど、モーラン様は俺じゃなくてサクヤを睨んでいるように見えた。
同族のサクヤがどうして睨まれなきゃいけないんだ? そもそも、どうしてサクヤを警戒している?
色々と考えたけど、とにかく今は新曲を披露しないとな。ひとまず疑念は捨て去って俺たちも二人の後を追う。
広場に向かうと、やよいたちが待ちわびたとばかりに近づいてきた。
「待たせたな。モーラン様も来たことだし、もう一度演奏しようぜ!」
観客にモーラン様を加えてから、俺たちは定位置に着いて魔装を展開する。竜神祭ももう近いし、今からやるのはリハーサルになるな。
本番のつもりでやろう、とみんなに声をかけてからマイクの前に立つ。
「サクヤ、いいぞ!」
「……分かった」
サクヤに一言かけてから、ゆっくりと深呼吸する。
そして、サクヤは鍵盤に指を置くと、静かに演奏を始めた。
曲の入りは緩やかにゆったりとした横ノリのリズムでドラムとベースが奏でられると、サクヤの華やかで洗練されたピアノサウンドが入っていく。
そこに、やよいの複雑な音程を持ったギターが混ざり、グルーヴが生まれる。
サクヤはキーボードを弾きながら、楽しそうに笑みを浮かべていた。自分が初めて作った曲が、俺たち全員の手によって最高の出来になったことが嬉しくてたまらないんだろう。
いつもは無表情のサクヤが見せる、見た目相応な笑顔に小さく笑みをこぼしてから、俺はマイクに向かってーー。
「ーーヒィィッ!?」
歌い始めようとした瞬間、突然モーラン様が悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
いきなりのことで俺たちは演奏を中断すると、モーラン様は顔面蒼白になりながらガタガタと体を震わせている。
「族長!? どうしましたか!?」
周りにいるダークエルフ族たちがモーラン様を心配して駆け寄っていく。
明らかに異常だ。モーラン様は何かに恐怖するように、怯えているように俺たちを……いや、サクヤを見つめていた。
「……大丈夫?」
サクヤが首を傾げながらモーラン様に近づき、手を差し伸べる。
すると、モーラン様はまた短い悲鳴を上げてからその手を思い切り払った。
「や、やめろ!
手を払われたサクヤは目を丸くして立ち止まる。モーラン様はサクヤから逃げるように尻餅を着いたまま後退りした。
「ぱ、パパ? どうしたの?」
「おい、モーラン! 何事だ!?」
普通じゃないモーラン様にキリは恐る恐る心配し、デルトは肩を掴む。それでもモーラン様は青ざめた顔でデルトの手まで払いのけた。
「触るな! 誰も近づくな!」
「お、おい、モーラン?」
「ぐ、うぅぅ……ッ!」
モーラン様は頭を抱えると苦しそうにうなり声を上げ始める。目の焦点が合ってないし、体の震えはどんどん強くなっていた。
本当にどうしたのか、心配だけど誰も近寄らせようとしないモーラン様にその場にいる全員が立ち尽くす。
すると、モーラン様はフラフラとした足取りで立ち上がり、サクヤの方を睨みつけながら静かに口を開
いた。
「わ、ワシのことは気にするでない。ワシは、帰る。誰も、家に来るでないぞ……」
「モーラン! 竜神様に捧げるものはどうするんだ!」
「勝手にしろ! 好きにするといい! とにかく、ワシはもう戻る! いいか、誰も……誰一人として家に来るんじゃないぞ!」
そのままモーラン様は何かから逃げるように家に戻っていった。
取り残された俺たちは無言で目を合わせる。
「……明らかに様子がおかしいが、今は刺激しないでおこう」
モーラン様の背中を見つめながら呟いたデルトは、広場にいる全員に解散するように言った。
誰もが心配そうにモーラン様を見ながら去っていき、最後に残された俺たちとキリ。
「ごめんね、サクヤ。痛くない?」
「……大丈夫。ただ、驚いた」
暗い表情を浮かべたキリはモーラン様に手を払われたサクヤの手を撫でる。
本当にどうしたんだろう。楽しみだったはずの竜神祭に、暗雲が立ちこめているように感じながら俺たちも解散することにした。
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