六曲目『訪れていた英雄』

「よし、とりあえずこのニーロンフォーレルを落ち着かせるか」


 デルトはそう言うと気絶しているニーロンフォーレルに近づき、しゃがみ込んだ。

 そして、懐から一本の細い針を取り出すと目を閉じてニーロンフォーレルの額に手を置く。


「……何をしてるの?」


 行動の意味が分からずに首を傾げるサクヤに、デルトは静かにと口元に人差し指を付けてそのまま集中し始めた。

 するとデルトは細い針をニーロンフォーレルの眉間にゆっくりと刺す。それからまた細い針を取り出して、次は首筋に刺した。

 何か攻撃をしているようには見えない。ニーロンフォーレルの体を触診するように触りながら針を刺し続けるその姿は……。


「針治療?」

「む? 分かるのか?」


 ふと思い浮かんだ言葉を口にすると、デルトは意外そうに目を丸くさせた。どうやら当たったみたいだな。

 でも、どうして針治療をやってるんだろう。その疑問にデルトは目を閉じたまま笑みを浮かべて答えた。


「実はな、俺は魔力を見ることが出来るんだ」

「魔力を見る?」

「あぁ。正確には感じ取れる、って言った方がいいか?」


 そう言ってデルトはニーロンフォーレルの体に触れながらまた針を刺す。


「生き物には誰しも魔力が流れている。人だろうとモンスターだろうと、関係なくな。俺はその魔力の流れを感じ取り、見ることが出来るんだ」

「……目を閉じてるのに?」

「目を閉じると視界が暗くなるだろう? 俺はその何も見えない闇の中で、対象の魔力だけが浮かんで見えるんだ。全身に張り巡らされた魔力の流れや魔法を使う前の魔力の動き、魔力の色でどんな魔法が使われるのか……その全てが透けて見える」


 ということは、デルトは相手が魔法を使う前に察知することが出来るのか。それは戦いにおいてかなり有利だろう。

 針を刺し終えたデルトはゆっくりと息を吐くと目を開いてニーロンフォーレルの頭を撫でる。


「この祠に近づいてくるモンスターは全て魔力の流れが乱れてるんだ。そのせいでかなり凶暴化している。それを俺は針を刺して魔力の流れを正常に戻し、大人しくさせてるんだ」

「……殺さないの?」

「もちろん、どうしようもない時は殺すこともある。だけどな……こいつもまた、俺たちと同じこの神聖な霊峰に住まう者。むやみに殺さず、共に生きる道を選びたいんだ」


 デルトが優しく撫でていると、ニーロンフォーレ

ルが目を覚ました。その目にはさっきまでの凶暴さはなくなり、理性を取り戻しているように見える。

 ニーロンフォーレルは立ち上がると、デルトの体に頬を擦り付けてきた。


「よしよし、もう大丈夫そうだな。今、針を抜こう」


 デルトが針を抜いている間もニーロンフォーレルは大人しくしている。そして、全部の針を抜き終わったデルトはまた目を閉じてニーロンフォーレルの体に触れた。


「体の構造や魔力の流れ、血潮の動きを感じ取りながら体に働きかける。心を落ち着かせるためには、母親が子供を愛でるように優しく撫でるんだ」


 首を体の方に向かって撫でると、ニーロンフォーレルは目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らしている。

 デルトが手を離すと、ニーロンフォーレルはちょっと残念そうに見つめてから大きな翼を広げ、空へ飛び上がって遠くに去っていった。

 その姿を見送ったデルトは一仕事を終えたとばかりに息を吐き、笑みを浮かべる。


「これでよしっと。さぁて、警護を続けるか」


 モンスターを大人しくさせるその手際に思わず拍手する。サクヤもどこか尊敬するような眼差しでデルトを見つめていた。

 デルトは照れ臭そうに頬を掻くと、耐えきれなくなったのかそっぽを向く。その仕草はサクヤにそっくりだった。


「……さっきの、ぼくも出来る?」


 モンスターを手懐けたのを見たサクヤはデルトに聞くと、デルトは顎に手を当てながらうなり始める。


「どうだろうなぁ……魔力の流れを見ることが出来るのは集落でも俺だけ。息子のオリンなら、もしかしたら出来るかもしれないが……見えたことはあるか?」

「……ない、かも」

「なら、難しいだろうな」


 デルトにそう言われてサクヤは残念そうに俯いた。それを見たデルトは口角を上げるとサクヤの頭に手を置いてガシガシと撫でる。


「だがまぁ、絶対に出来ないとは限らん。教えられることがあれば教えてやろう」

「……本当?」

「あぁ、もちろんだ」


 頼りがいのある笑顔を浮かべるデルトに、サクヤは嬉しそうに少し頬を綻ばせた。最初は心配だったけど、ちゃんと親子の絆は深められそうだな。

 微笑ましい二人を眺めつつ、俺たちはそのまま警護を続ける。だけど、ニーロンフォーレルの襲撃以降は何事もなく平和に時が流れていった。

 そんな時、ふとデルトが思い出したように口を開く。


「そう言えば、さっきの戦いでお前たちは紫色の魔力を纏っていたな……あれは、まさか音属性か?」

「そうだけど、知ってたのか」


 魔法の属性は火、水、風、土、雷の五つ。そこから属性を合わせて氷属性だったりと派生するけど、基本的には五つしかない。

 だけど、その中でかなり珍しいのが音属性。俺たちRealizeの五人が使える属性で、過去に一人しかいなかったものだ。

 あまり知られていない属性なのにデルトが知ってたことを意外に思っていると、デルトは懐かしそうに微笑んでいた。


「知っているとも。オリンが生まれる一年前ぐらいだったか……集落に一人の人間が訪れたことあるんだ。その人間が使っていた魔法が、音属性だった」


 デルトの話を聞いて、俺は唖然とした。

 過去に一人だけ音属性魔法を使っていた人間。それは、今となっては英雄と呼ばれている……俺たちの世界の住人。


「アスカ・イチジョウ……」

「そうそう、そんな名をしていたな」


 まさかアスカ・イチジョウがダークエルフ族の集落に来ていたなんて。でも、どうしてあの人がこの集落に来たんだ? それに、人間を毛嫌いしているダークエルフ族がどうして集落に入ることを許したんだ?

 頭に浮かんでくる疑問を察したのか、デルトはカラカラと笑って話を続ける。


「最初は俺たちは拒んでいたんだが、最終的には集落に入ることを許したんだよ。でもなぁ……」


 話の途中でデルトは首を傾げ、後頭部を掻いた。


「どうして許したのか、それがどうにも思い出せなくてな」

「……思い出せない?」

「そうなんだ。何かきっかけがあったはずなんだが……ううむ、思い出せない。そこだけがぽっかりと穴が空いてるようだ。何かに感動したような気もするが……」


 いくら思い出そうとしても思い出せないようで、頭を抱えるデルト。でもそれほど重要じゃなかったのかすぐに切り替えて祠の方に目を向けた。


「まぁ、それはいいとしてだ。アスカはどうやらこの祠に祀られている御神体を見たがっていたんだ。そして御神体を少し見てからそれで満足していた。何をしようとしていたのかは分からなかったけどな」


 竜魔像を見たがっていた? 別にユニオンに行けば見られるはずなのに、わざわざ人間を嫌っているダークエルフ族の集落に来てまで?

 どうにも疑問が残るな。でも今答えが出るはずもないし、あとで真紅郎にでも相談してみるか。

 デルトは昔を思い出してか楽しそうに微笑むと、拳を握りしめる。


「アスカは強い人間だった。モンスター相手に共闘した時、あいつは紫色の魔力を剣に集め、強力な一撃を放って蹴散らしていた。タケル、お前がやったあの技と同じでな」


 レイ・スラッシュのことか。その時のアスカ・イチジョウとは今の俺よりも強力なレイ・スラッシュが使えたんだろうな。

 俺はおもむろに魔装を展開し、剣を握りしめる。俺の師匠、ロイドさんから貰った剣。きっと、この剣はアスカ・イチジョウが使ってた物なんだろう。

 俺は、その剣に見合うほど強くなれるんだろうか。

 そんなことを思ってると、デルトは俺の剣をジッと見つめていた。いや、剣というより柄に取り付けてあるマイクを、だ。


「どうかしたのか?」

「いや……なんか、引っかかるというか……」


 どうにも要領の得ないデルト。マイクに何かあるのか?

 俺はマイクを柄から取り外してデルトに見せてみる。


「見覚えでもあるのか?」

「いや、ない。ないはずなんだが……うぅむ?」


 アスカ・イチジョウも俺と同じ魔装を持っていたはず。その柄にはマイクも取り付けてあったはずだから、それで見覚えでもあったのかと思ったけど……どうやら見覚えはないようだ。

 首を傾げて頭を悩ませているデルトが気になりつつ、俺たちは祠の警護を終えて家に戻るのだった。

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