五曲目『ニーロンフォーレル』

 次の日になり、俺とサクヤはデルトに連れられて祠の警備に向かっていた。

 デルトとサクヤが並んで歩き、俺はその後ろをついて行く。出来るだけデルトとサクヤの二人が話せるように気を使ってた訳なんだけど……。


「オリン! お前は今までどんなモンスターと戦ったことがあるんだ?」

「……クリムフォーレル」

「おぉ! あのワイバーンと戦ったことがあるのか! どうやって戦ったんだ?」

「……タケルに聞いた方が、いい」


 デルトと話している途中で俺に話を振ってくるサクヤ。

 さっきからサクヤは俺に話を振り、二人だけで話すことをしなかった。

 どことなく面倒臭そうな雰囲気を出しているサクヤに苦笑いしつつ、デルトにクリムフォーレルと戦った時のことを話す。

 クリムフォーレル……ワイバーンと呼ばれるドラゴンで赤い甲殻を持つ強力な炎を繰り出してくる強敵だった。

 戦った時は俺たちだけじゃなく、エルフ族とケンタウロス族と一緒に共闘したんだよな。まだそんなに経ってないはずなのに、懐かしく感じる。

 すると、デルトはエルフ族と聞いて眉をひそめていた。


「エルフ族……そうか、奴らと出会ったのか。オリン、大丈夫だったか?」

「……大丈夫?」

「あぁ。我らダークエルフ族はエルフ族とあまり友好的ではない。オリンもエルフ族に何かされたのではないのか?」


 たしかに、最初はサクヤを見てエルフ族は歓迎していなかった。

 エルフ族とダークエルフ族の間には何かしらの諍いがあったんだろう。それについては詳しく知らないけど、とにかくエルフ族はダークエルフ族を毛嫌いしていた。

 サクヤはエルフ族たちが住んでいる<セルト大森林>のことを思い出しながら、静かに首を振る。


「……問題ない。最初は違ったけど、最後には仲良くなれた」


 サクヤがそう言うとデルトは目を見開いて驚き、そして頬を緩ませて優しい眼差しを向けてサクヤの頭を撫でた。


「そうか……凄いな、オリン。お前は、長きに渡るエルフ族とダークエルフ族の因縁すら乗り越えたのか。本当に、お前は俺の誇りだ」

「……むぅ」


 ワシワシと頭を撫でて褒めるデルトに、サクヤは少し頬を赤らめながらそっぽを向く。多分だけど、サクヤは親に手放しで褒められた経験がないから、どうしていいのか分かんないんだろう。

 少しずつ親子の絆を深め始める二人に微笑ましさを感じつつ、俺たちは祠にたどり着いた。


「さて、今のところ何も問題はなさそうだな」


 デルトは周囲を見渡しながら呟く。祠の周囲にはモンスターの姿はなく、平和そのものだった。

 ふぅ、と一息吐いたデルトは祠に目を向けると険しい表情を浮かべる。


「やはり前より漏れ出している魔力の量が多いな……」

「え? 分かるのか?」


 俺とサクヤも祠の方を見てみたけど、何も感じない。本当に魔力が漏れ出しているのかも分からなかった。

 すると、デルトはニヤリと不敵に笑ってみせる。


「そりゃそうだろうな。だが、俺にはしっかりと見えている。なぜなら……ッ!?」


 話の途中でデルトは勢いよく振り返り、拳を構えた。それから遅れて俺とサクヤも魔装を展開し、武器を構える。

 視線の先は空の向こう。そこには遠くからこちらに向かって飛んでくる黒い影。

 影が近づく度に大きく羽ばたく翼の音と、その姿がはっきりと視認出来た。


「あれは、<ニーロンフォーレル>か……ッ!」


 日の光で煌めく蒼い甲殻。薄い青色をした飛膜の双翼を羽ばたかせて飛ぶそのモンスターの名は、ニーロンフォーレル。

 長い尻尾をくねらせ、縦に裂けた瞳孔の黄色の眼をギョロリと俺たちに向け、鋭い牙を剥き出しにするワイバーンと呼ばれるドラゴン。

 ニーロンフォーレルは寒冷地に適応して独自に進化を遂げた、クリムフォーレルの亜種のような存在だ。


「ーーグルルルルル……」


 喉を鳴らし、血走った目を俺たちに向けて臨戦態勢を取っているニーロンフォーレル。どうやら竜魔像から漏れ出した魔力に惹かれて迷い込んできたようだ。

 デルトは舌打ちしつつ拳を強く握りしめた。


「まさかニーロンフォーレルのような強力なモンスターまで……これはいよいよ危険だな」


 今まで迷い込んできたモンスターは個人で対応出来るぐらいだったらしい。だけど、今回のニーロンフォーレルはさすがに一人で戦うには強力すぎる。

 覚悟を決めたデルトはニーロンフォーレルから目を離さないまま、俺とサクヤに声をかけてきた。


「こいつを相手にするには俺一人では厳しい! このままだと御神体に被害が及ぶかもしれん! 三人でどうにかするぞ!」


 俺とサクヤが頷いて返すと、ニーロンフォーレルが咆哮し襲いかかってくる。

 翼を羽ばたかせて空中で一回転すると、長い尻尾を振り下ろしてきた。

 俺たちは向かってくる尻尾を散開しながら躱す。目標を失った尻尾は地面に着弾し、衝撃がビリビリと地面を震わせた。


「くっ……なんて力だ……ッ!」


 デルトは吹き荒れる砂埃を腕で守りながら悪態を吐く。

 俺はサクヤに目配せしてから、二人同時に動き出した。

 俺は右側から、サクヤは左側から駆け寄って攻撃しようとすると、その前にニーロンフォーレルは翼を羽ばたかせて空を舞う。


「飛ばれたか……」

「……タケル」


 サクヤは上空を悠々飛び回るニーロンフォーレルを指さし、力強く頷いた。サクヤの考えを察した俺は頷き返し、剣を腰元に置いて構える。

 ゆっくりと深呼吸して集中し、剣身と魔力……音属性の魔力を一体化させていく。

 それを見て危険を感じたのか、ニーロンフォーレルは空を飛びながら首をもたげて大きく息を吸い始めた。


「ーーグルゥオォォォォォォォォォォォ!」


 ニーロンフォーレルは咆哮と共に口から青白い冷気を俺たちに向かって吐き出した。

 冷気が襲いかかる直前、丁度よく俺の準備が終わって紫色の光を剣身に纏わせる。

 そして、俺は居合い切りのように紫色の光の尾を引きながら剣を横薙ぎに振るった。


「ーー<レイ・スラッシュ・二重奏デュオ!>」


 気合いと共に音属性の魔力を纏った一撃を冷気に向かって放つ。

 紫色の一撃は冷気を斬り裂き、重ねるように放たれた音の衝撃が冷気を吹き飛ばした。

 キラキラと氷の結晶が舞い散る中、剣を振り切った姿勢のまま俺は後ろに向かって叫ぶ。


「行け、サクヤ!」


 その叫びを合図にサクヤが一気に走り出す。

 サクヤは俺の肩を踏み台にして、そのまま冷気を放ち終えたニーロンフォーレルの真上まで跳び上がった。

 その拳に俺と同じ紫色の魔力……音属性の魔力を纏わせ、空中で身を翻したサクヤは遠心力を使って思い切り拳を振り上げる。


「<レイ・ブロー!>」


 打ち下ろされた紫色の魔力を纏った拳が、ニーロンフォーレルの脳天に直撃した。

 小柄なサクヤでは想像出来ないほど強力な一撃が轟音を響かせ、まともに音の衝撃波を脳に受けたニーロンフォーレルは白目を剥き、そのまま勢いよく地面に叩きつけられる。

 地面に墜落したニーロンフォーレルは地面を震わせ、砂煙を巻き起こした。

 倒れたニーロンフォーレルの前にスタッと軽やかに着地したサクヤが警戒を解かずに拳を構え直していると、砂煙が晴れて露わになったのは泡を噴いて気絶しているニーロンフォーレルの姿。

 時折ピクピクと痙攣しているから、死んではないようだけど……どうにか倒すことが出来たな。

 安堵の息を吐いてからサクヤとハイタッチしていると、デルトは目をパチクリとさせながら呆気に取られていた。


「強いと思っていたが……あのニーロンフォーレルを、一撃だと? は、ははは……息子よ、たくましく育ち過ぎじゃないか?」


 乾いた笑い声を上げながらデルトは一撃でニーロンフォーレルを倒したサクヤを見つめて、呟く。

 たしかにニーロンフォーレルは強力なモンスターだけど、前に倒したクリムフォーレルに比べれば一回り以上も小柄だったからな。

 それに、あれから俺たちは色んな敵と戦ってきたんだ。これぐらいなら余裕だ。

 どこか誇らしげに胸を張るサクヤと一緒に、デルトに向かって不敵な笑みを浮かべる。

 俺たちは特に苦戦することなく、祠の警備を完了させるのだった。


  

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