三曲目『龍神様の御神体』

「へぇ、デルトおじさんの子供なんだぁ……」


 突然家に来たのは、キリという名前のダークエルフ族の少女。

 最初は俺たち人間が集落にいることに驚いていたけど、デルトさんが経緯を話したら興味津々にサクヤのことをジッと見つめていた。

 今から集落を見て回ろうとしていたことを聞くと、キリは顎に手を当てて考え込み、何か思いついたのかニコニコと笑って口を開く。


「だったら、私が集落を案内してあげる!」

「それはありがたいけど……いいのか?」


 ダークエルフ族は人間に対して毛嫌いしているというか、警戒しているのに一緒にいていいのか。そう思って聞いてみると、キリは笑いながら首を横に振る。


「いいのいいの! 他のみんなは人間は悪い奴だーとか、危ないから人間と仲良くしたらいけないーとか色々言ってるけど……あなたたち悪い人じゃなさそうだもん!」

「ハッハッハ! もしかしたら悪い奴かもしれねぇぜ?」

「うーん、まぁその時はその時だよ。私、こう見えても強いし、大丈夫!」


 からかうように言うウォレスに自信満々に胸を張って答えたキリは、「それに……」と話を続けた。


「最初から悪い人だって目で見てたら、仲良くなれないでしょ? 昔人間に何をされたのかは分かんないけど、全部の人間が悪い人とは限らないし。そんなんだからいつまで経ってもこの集落はへーさてき? なんだよ!」


 プンプンと頬を膨らませながらキリは愚痴を言い始める。過去のしがらみなんて、まだ若いキリには関係ないんだろう。

 人間を嫌って閉鎖的になっている集落について不満げなキリに苦笑いを浮かべつつ、俺たちはキリに集落を案内して貰うことにした。

 するとキリは花が咲いたような明るい笑みを浮かべ、サクヤの手を握る。


「決まり! 行こう、オリン……じゃなくて、サクヤの方がいい?」

「……サクヤで。オリンって名前、慣れない」

「分かった! じゃ、行こうサクヤ!」


 そのままサクヤを引っ張って外に出て行くキリの後を追って、俺たちも家を出た。

 集落を歩いていると、やっぱり他のダークエルフ族は俺たちを警戒しているように遠巻きに睨んでいる。少し居心地の悪さを感じていると、キリはサクヤに質問責めしていた。


「ねぇねぇ、サクヤ! サクヤは今までどんなところを旅してたの?」

「……色々」

「例えば? あ、そうだ! 砂漠! 砂漠って行ったことある? 砂がいっぱいで、凄く暑いところ!」

「……ある」

「本当!? いいなぁ……私、一度もこの集落から出たことないんだよね。羨ましいなぁ」


 楽しい感情を表してるように白髪のポニーテールを跳ねさせながら、興味津々にどんどん質問して話しかけるキリ。

 だけどサクヤは面倒臭そうにしながら適当に答えていた。

 無愛想なサクヤにぞんざいに扱われても、キリは気にせずに笑っている。

 年齢も同い年ぐらいみたいだし、なんか微笑ましく感じるな。そう思っていると、周りを見渡した真紅郎がポツリと呟く。


「大人ばっかりだね」


 たしかに真紅郎の言う通り、遠巻きに俺たちを見ているダークエルフ族はみんな大人で、キリやサクヤぐらいの年頃のダークエルフ族がいなかった。

 すると、聞こえていたのかキリは深いため息を吐く。


「そうなんだよね、この集落で一番若いのは私。他に同い年の子なんていないし、いずれパパの跡を継いでも未来は暗いよぉ……」

「跡を継ぐ? え、もしかして……」


 キリの話を聞いていて、ふとあることに気づいた俺は恐る恐る聞いてみると、キリはあっけらかんとした様子でサラッと答えた。


「私のパパはこの集落の族長だよ」


 てことはやっぱり、キリの父親はモーラン様か。

 族長の娘がキリなら、いずれキリが集落の族長になる。だけど、他に同い年ぐらいのダークエルフ族がいないのは、集落の未来を考えると問題だよな。

 あ、待てよ……一人いた。


「……何?」


 チラッとサクヤの方を見ると、サクヤは訝しげな表情で睨んでくる。

 キリと同い年で、男のダークエルフ族。まさにぴったりだ。

 まさか、キリはサクヤを結婚相手候補として見てるのか……?


「ほら、サクヤ! もっとちゃんと歩いて!」

「……引っ張らないで」


 元気いっぱいのキリに手を引かれ、怠そうにされるがままのサクヤ。

 正反対の二人だけど、それが逆にお似合いに見えなくもない。

 同世代の友達が出来て嬉しそうにしているキリだけど、その裏では将来の結婚相手として確保しようとしているのでは……。

 い、いや、そんなはずないか。まだ子供だし、ただ単にはしゃいでるだけだよな……。


「……ふふっ」


 サクヤに見られないように、こっそりとほくそ笑むキリ。その笑みは子供のような天真爛漫さはなく、まるで大人の女性が見せるような妖艶な物に見えた。

 ブルリと寒気が走る。か、勘違い、だよな……と、言いようのない不安を感じていると、キリはある場所の前で止まった。


「ここが祠! 竜神様の御神体が祀られてる場所だよ!」


 キリが連れて来たところは、集落から少し離れたところにある歴史を感じさせる古めかしい石造りの祠だった。祠を通るとそこには洞窟があり、その先は松明の光で照らされてるけど薄暗い。

 キリを先頭に洞窟を進むと、ひんやりとした肌寒い風が吹き、まるで獣のうなり声のような風の音が反響している。

 ピチョン、と水が滴る音を聞きながら苔生した薄暗い道を歩いていると、祭壇のような物が見えてきた。

 キリは祭壇の前で深々と一礼すると、静かに口を開く。


「あそこにあるのが私たちダークエルフ族が代々守護している、このケラス霊峰の偉大なる神……竜神様の御神体だよ」


 祭壇に鎮座していたのは、見覚えのある石像だった。

 竜を象ったまるで生きたまま石にされたかのような像、それはーー。


「りゅ、<竜魔像>?」


 ユニオンでは自分の属性を調べるために使われ、エルフ族の里では危険な兵器として恐れられ、この異世界を苦しめている<魔族>が狙っている物。

 俺たちにとっては見慣れている竜魔像が、竜神様の御神体として祀られていた。


「りゅうまぞう? 何、それ?」


 キリは不思議そうな顔で首を傾げる。どうやらこの集落、ダークエルフ族は竜魔像という呼び方は知らないみたいだ。


「あの御神体は、魔を司る龍神様。御神体に魔力を捧げて祈ると炎を吐いて属性を教えてくれて、加護も与えてくれるんだよ! 見てて!」


 そう言ってキリは竜魔像の前に行くと、膝を着いて頭を下げる。そして、手を伸ばして竜魔像に触れ、魔力を流した。

 竜魔像は重い音を立てながら首をもたげ、開かれた口から炎を吐き出す。その色は、青色……水属性に適正がある証だ。

 竜魔像から手を離したキリはふぅ、と息を吐く。


「ね? 凄いよね! そうだ、せっかくだからサクヤたちも礼拝しておこうよ!」

「え? で、でもサクヤはともかく俺たちは人間だぞ?」

「いいの! 次期族長として許す! ダークエルフ族とか人間とか、そんなの関係ないって! 偉大な竜神様はそんなの気にしないお方だから! 会ったことないけど!」


 からからと笑いながら俺たちに礼拝を勧めてくるキリ。本当にいいのか、と迷っていると我先にウォレスが竜魔像に駆け寄って手を触れた。


「ハッハッハ! オレ一番!」

「ちょ、ちょっと! まずは一礼しないとダメだよ!」

「む? そうか……ははぁー!」


 キリに注意されたウォレスは大げさに頭を下げてから改めて竜魔像に手を置き、魔力を流す。

 すると、竜魔像は首をもたげて口から紫色の炎を吐き出した。

 紫色の炎を見て、キリは目を丸くして呆気に取られている。


「え? む、紫? 何それ……」

「ハッハッハ! 凄いだろ!? オレは特別スペシャルなんだぜ!」

「はぁ……バカウォレス。あんた一人じゃないでしょ」


 自慢げに笑うウォレスに呆れながらやよいが窘め、続いて一礼してから竜魔像に魔力を通す。

 吐き出された炎は当然、紫色。


「凄い! 紫色の炎なんて初めて見た! なんの属性なの!?」

「あたしたちは<音属性>だよ」

「音属性? 聞いたことない! ねぇねぇ、サクヤもそうなの!?」

「……うん」

「本当!? やってみて!」

「……はぁ」


 初めて見る紫色の炎に興奮しているキリに、サクヤは心底面倒臭そうにため息を吐きながら竜魔像の前に立った。

 そして、一礼……というよりただつむじを見せているだけのような気怠げなお辞儀をしてから魔力を流す。

 吐き出されたのは紫色の炎……だけど、やよいたちと比べて少し黒みかがった紫だ。

 どうして俺たちと色が少し違うのかは分かんないけど、音属性魔法なのには変わりない。キリはサクヤも紫色の炎だったことに目を輝かせて興奮しながら抱きついていた。


「サクヤも凄い! ねぇ、音属性魔法ってどんな魔法? 今度見せてよ!」

「……やだ。面倒」

「えぇ! いいじゃん! お願いお願い!」


 ウザそうに顔をしかめるサクヤに抱きつきながらおねだりするキリ。振り回されているサクヤに苦笑しつつ、俺も竜魔像に近づこうとした……が、そこで真紅郎が俺の腕を掴んでくる。


「おっと、どうした真紅郎?」

「ちょっと待ったタケル。こっち来て」


 いきなり俺を止めた真紅郎は手招きしてきた。首を傾げつつキリたちから少し離れると、真紅郎がこっそりと耳打ちしてくる。


「忘れたの? タケルがやると、ボクたちとは違って竜魔像が翼を広げるでしょ」

「あ、そういえばそうだったな」


 真紅郎に言われて思い出した。

 何故か俺が竜魔像に魔力を流すと、首をもたげるどころか今にも飛び立ちそうに翼を広げるんだった。

 真紅郎はチラッとキリを見てから話を続ける。


「今までのことを考えたら、今回もそうなる可能性が高い。竜魔像を御神体として祀っているぐらいだよ、もしもキリちゃんの前で竜魔像を動かしたら確実に騒ぎになる」

「たしかに……やめた方がよさそうだな」


 下手に騒ぎにするのは得策じゃない。ただでさえ人間の俺たちはダークエルフ族に毛嫌いされているからな。

 俺と真紅郎は頷き合い、ここはどうにかごまかすことに決めた。


「次はタケルさんたちだよ!」

「あぁ、えっと……」


 俺たちに出番が回ってきて、キリが声をかけてくる。

 どうごまかそうか考えてなかった俺はしどろもどろになっていると、真紅郎が小さく嘆息した。


「ごめんね、キリちゃん。そうしたところだけど、そろそろデルトさんが夕飯を作り終わってる頃だろうから……」

「そう? まだだと思うけど……」

「だとしてもお世話になるのに何も手伝わないのもね。礼拝は次の機会にして、今日はもう戻らない?」

「うーん……ま、いっか! 分かった!」


 上手く礼拝を回避した真紅郎に心の中で拍手する。さすがだ、真紅郎。

 キリはサクヤの手を引いて祠の外に向かう。俺たちも外に向かおうとして……ふと、俺は竜魔像の方を振り返った。

 祭殿に静かに鎮座している竜魔像。まるで生きているように見えるほど精巧な石の像は、俺をジッと見つめている気がした。

 ユニオンでは属性を調べる道具。エルフ族では危険な兵器。ダークエルフ族では神聖な御神体。


 そして、魔族が狙っている物。


 その正体は果たしてなんなのか。よくよく考えると謎過ぎる竜魔像を見つめてから、俺は祠から出るのだった。

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