エピローグ『漂流ロックバンドと秘めた想い』

 貴族と星屑の討手の争いが終わり、早いもので一週間が経過した。

 この国を苦しめていた主犯格であるゼイエルはギリギリ生き延び、意識が回復してすぐにアストラから追放。

 最初は誰もがゼイエルを死刑に、と言っていたけど……そこで、ジジイが「もうこの国に血が流れる訳にはいかない」と言ったことで追放処分で許すことになった。

 例え元国王だとしても、その威光までは消えていなかったみたいだな。

 そして、ジジイは今は枯れ井戸暮らしから抜け出し、星屑の討手の本拠地に住んでいる。

 このアストラを復興する、王として。


「……ワシはもう民の上に立つ資格などないと思ってたんじゃがなぁ」


 ジジイはやれやれと肩を竦めながらため息混じりに口を開く。すると、隣に立っていたタイラーが首を横に振った。


「何を言ってるんですか、王。あなたが上に立つことはこの国に住む全ての者の総意です」

「いや、まぁ分かってるんじゃが……ワシはもはや朽ちるだけの老体じゃぞ?」

「なら朽ちる前にこの国を復興し、それから朽ちて下さい」

「タイラー、ワシに厳しくない?」

「そんなことはありませんよ」


 中々に酷いことを言うタイラーにジジイが冷や汗を流しながら聞くと、タイラーは目を逸らしながら答える。

 星屑の討手の頭領だったタイラーは、今はその座を降りてジジイ……アストラ王の下で政治を学びながら側近として働くことにしたらしい。

 貴族への復讐心が消え、大人しくなったタイラーはジジイを支えて復興に尽力することに決めたみたいだけど……長年の癖なのかフラフラと色んなところに歩き回るジジイに小言を言うようになった。尊敬はしてるみたいだけど。


「まぁ、よいわい。それで、タケルよ。改めて、このアストラを救ってくれたこと、感謝する」

「別にいいって。俺は、俺がしたいようにやっただけだからさ」

「ホッホッホ。そうじゃったな……ありがとう、アストラの英雄よ」


 英雄呼びしてくるジジイにむず痒くなり、頬を掻く。

 たしかにジジイに英雄になる宣言したけど、こんなにかしこまられるとなんか気恥ずかしいな。

 そこで、やよいは小さく笑い始めた。


「タケルが英雄って……似合わないなぁ」

「そんなの俺が一番分かってるっての」

「あはは……ま、たまにはいいんじゃない?」

「……英雄タケル」


 似合わないと笑ってくるやよいに言い返すと、真紅

郎が苦笑しながらフォローし、サクヤは目を輝かせて親指を立てる。

 英雄タケル、ねぇ。うん、似合わない。英雄なんて今回限りだ。

 ジジイは俺たちを微笑ましげに見てから、コホンと咳払いする。


「今日旅立つのじゃろう?」

「あぁ。早いとこ離れないと王国の追っ手が来るかもしれないからな」


 ジジイの言う通り、俺たちは今日アストラを旅立つ。

 理由としては王国から逃げるため。王国は俺たちがこの国にいることを知っているはずだ。そうなると近い内に追っ手が来て、ようやく平和を取り戻したアストラで争いが起きるかもしれない。

 そうなる前に、俺たちはすぐにでも離れなきゃいけなかったんだけど……。


「ウォレスの怪我も治ったことだしな」

「ふむ? そのウォレスはどこにいるんじゃ?」


 全身の火傷と極度の疲労により三日は眠り続けていたウォレス。さすがにすぐに旅立つことはしないで回復するまで待った。

 そして一週間で完治したウォレスは、今この場にはいない。

 ウォレスの姿がないことに首を傾げるジジイに、俺は呆れながら答えた。


「もう街の外にいるんだよ。回復してから前にも増してうるさくてさ、早く旅に出たいって騒がしくて……」

「ホッホッホ! 元気じゃのう! まぁ……理由はなんとなく察しがつくがのう」


 ジジイはウォレスが旅に出たがっている理由を察しているようだ。

 早く旅をしたいからじゃないのか? 

逆に俺が首を傾げていると、ジジイはカラカラと笑う。


「それは置いとくとして、お主らの次の目的地は決まっておるのか?」

「まだ決まってないんだよなぁ……」

「とりあえず、北に向かおうと思ってます」

「ふむ、北か……そうなるとあの山・・・を越えねばならんのう」


 真紅郎が北に向かうと話すと、ジジイは眉をひそめながら顎髭を撫でた。何か言いたげにしていたジジイだけど、小さく笑い始める。


「ま、お主らなら大丈夫じゃろう。気をつけて行くんじゃぞ?」

「あぁ。ジジイも元気でな」

「ホッホッホ! 早いとこ引退したいところじゃが、隣のこやつが許さんじゃろうしのう」

「当たり前です」


 ジジイがチラッと横目で見ると、タイラーがやれやれとため息を吐く。

 これは当分、引退させてくれなさそうだな。

 

「これも運命じゃろう。残りの人生使ってアストラを以前の……いや、それ以上に豊かで平和な国にするわい。それまで、死ぬつもりはない」


 前よりも明るい笑顔で、ジジイはこのアストラを前よりも豊かで平和な国にするとはっきり言った。

 俺はニッと笑って手を差し伸べる。


「期待してる。またこの国を訪れる時があったら、記念ライブをするからさ」

「ホッホッホ! それは楽しみじゃわい!」


 ジジイは差し伸べた手を掴み、握手した。

 手を離すと、ジジイは真剣な表情で俺の目を見つめて口を開く。


「もし、お主らが困った時があったら頼ってくれ。ワシらは全力でお主らの力となろう」

「その時は頼りにさせて貰うよ。じゃ、行ってきます!」


 それを最後に俺たちは星屑の討手の本拠地を出た。

 そのまま街の外に向かっていると、シンシアと四人の子供たちが慌てた様子で俺たちに駆け寄ってくる。


「ウォレスは! ウォレスはどこ!?」


 キョロキョロと辺りを見渡しながら聞いてくるアレク。他の子供たちもウォレスを探している様子だった。


「ウォレスならもう街の外に行るけど……」

「え!? じゃあもういないの!?」


 俺が答えるとアレクが目を丸くして驚く。


「そんな……まだお礼言えてないのに……」


 コレオが悔しそうに俯く。


「もう! ウォレスったら、あたしたちに何も言わずに行っちゃうなんて! 次会ったら……蹴ってやるんだから……」


 目に涙を浮かべながらソレルがそっぽを向く。


「……最後に、会いたかった」


 しょんぼりとしているダレン。

 ウォレスとの別れを惜しんでいる四人に、シンシアは頭を撫でながら微笑む。


「大丈夫、また会えるから。ほら泣かないで、タケルさんたちを笑顔で見送ろう?」


 シンシアに言われて子供たちは頷き、俺たちに向かって声を揃えて「ありがとう! 行ってらっしゃい!」と笑顔で言ってくる。

 それから子供たちは広場に走っていき、その背中を見つめているとシンシアがウォレスがいる

街の外を見つめているのに気づいた。


「……シンシアはウォレスにお別れを言えたのか?」


 そう聞くと、シンシアは困ったように笑いながら静かに首を振る。


「いえ……あの争い以降、ウォレスさんに会えていません」

「何それ!? もう、あのバカウォレス! 今から連れて来る!」

「あ、待って下さい!」


 あの争いが終わって一週間。その間、ウォレスはシンシアに会ってなかったようだ。それを知ったやよいがプンスカと怒りながらウォレスを連れて来ようとするのを、シンシアが止める。


「いいんです。私は、それで」

「でも!」

「ウォレスさんは私たちに多くの物を与えてくれました」


 シンシアは優しく微笑みながら、胸元で手を組んだ。


「子供たちに笑顔を、この国に救いを、私に……夢を。大事なことを教えて貰いました。私は、何も返せてません」


 大事な物を抱きしめるように胸に手を押しつけたシンシアは「でも」と顔を見上げ、空を見つめた。


「この国を前以上に豊かで平和な国にする。それが、私が出来るウォレスさんへのお返しだと思っています」


 空は晴れ渡り、透き通るような青色が広がっている。

 この国に漂っていた暗い雰囲気は消え、優しい風が吹くようになっていた。

 シンシアはその全てを包み込むような慈愛の笑みを浮かべ、優しく口を開く。


「それに、ウォレスさんは分かってたんだと思います。私が、何を伝えようとしていたのか……」

「伝える?」


 俺が聞くと、シンシアは頬を赤く染めながら頷いた。


「えぇ。でも、私がそれを伝えれば、ウォレスさんは困ってしまうでしょう。私は、ウォレスさんの邪魔をしたくありません」

「邪魔って、何を伝えようと……」

「このおバカ!」


 俺がまた聞こうとすると、やよいが俺の足を蹴って止めてくる。

 結構強くて痛かった。何をするんだ、と睨むとギロッとやよいに睨み返され、何も言えない。


「タケルの鈍感! ほんっっっと、そういうところ直した方がいいよ!?」

「は、はぁ?」

「まぁまぁ、やよい落ち着いて」


 言ってる意味が分からずに首を傾げていると、真紅郎がやよいを宥める。

 なんなんだよ……と思っているとシンシアがクスクスと小さく笑っていた。


「それに……ウォレスさんには、もう大事な人たちがいますから。私が入れる隙間なんてないんです」


 俺たちを見ながら言うと、シンシアは深く深呼吸する。


「この気持ちは誰にも言わずに、私の胸の奥に大事に仕舞うことにします。暖かな陽だまりのようなこの想いは、私の一生の宝物です」


 吹っ切れたような清々しい顔で、シンシアは笑った。


「皆様、お気をつけて! 私はこの国で、皆様の無事を祈っています!」


 笑って見送るシンシアに背を向け、俺たちは街の外に向かう。

 俺もこの国の、アストラの発展を祈ろう。そして、約束通りまたこの国に来たら、ライブをしよう。

 そんな想いを抱いて、俺たちはアストラを出た。


「おっ! 来たな! 遅いぜ!」


 すると、木に寄りかかっていたウォレスが俺たちに気づいて声をかけてくる。貴族街にあった防具服店で新調した焦げ茶色のファー付きのレザーコートが風に靡かせながら。

 あっけらかんとしているウォレスに思わずため息が漏れた。


「お前が早すぎるんだよ……」

「ハッハッハ! そいつはすまんソーリー! でもよぉ、ずっと寝てたから体が鈍ってしょうがねぇんだ! 早いとこ旅に出ようぜ!」


 ウォレスはいつもよりもハイテンションでグルグルと肩を回し、我先に歩き出す。

 俺たちもウォレスを追って歩くと、やよいがニヤニヤしながら声をかけた。


「あれあれ? ウォレス、どうしてそんなに急かすの? まるで迷いを振り切るみたいだけど?」

「……あん? なんだそりゃ? んな訳ねぇだろ?」

「本当にぃ? 実はウォレス、シンシアさんのことが……」

「ーーハッハッハッハッハ!」


 やよいの言葉を遮るように、突然ウォレスが高笑いをした。

 驚くやよいにウォレスはニヤリと不敵に笑い、魔装を展開してスティックを握りしめる。


「オレが愛しているのはただ一つ! 音楽ミュージックだ!」


 そう言ってスティックをクルリと回し、ハッハッハと笑い飛ばした。

 それを聞いたやよいは、首を竦めながら嘆息する。


「はいはい、分かったって。あたしが悪かったから少し声のボリューム下げなよ」

「ハッハッハ! それは無理だな!」


 気にせず笑い続けるウォレス。

 そんなウォレスに呆れているやよいに、キュウちゃんを頭に乗せたサクヤが服をクイッと引っ張った。


「……やよい、大丈夫なの?」

「え? 何が?」

「……秘宝のこと。気になってたんじゃなかったの?」


 アストラの秘宝……死者の魂を送り出す月女神の涙。

 噂では死者を蘇らせる秘宝と聞いていたやよいは、シランを蘇らせたいと心のどこかで思っていたはずだ。

 だけど、やよいは笑いながら首を横に振る。


「ううん、もういいの。最初は、もう一度シランに会いたいって思ってた……だけどね」


 やよいは空を見上げて、空の向こうにいるシランに笑いかける。


「いつかまた、会える。そう信じてるから、もういいの。それに、シランはずっとここ・・にいるから」

「……また会える? ここにいる?」


 胸をポンッと叩きながら答えるやよいに、サクヤは不思議そうに首を傾げていた。そこで、真紅郎がサクヤの肩に手を置く。


「シランはやよいの心に生き続けてる。大事な人との記憶は、思い出として残り続けるんだ。やよいがシランのことを思い出せば、いつでも会えるんだよ」

「……心、記憶、思い出」


 サクヤは真紅郎の言葉を噛みしめるように反復する。

 そして、サクヤは遠くを見つめながらポツリと呟いた。


「……ぼくの記憶は、どこにあるんだろう」


 サクヤの独り言は頬を撫でる優しい風に乗って、静かに消えていく。

 空は快晴、雲一つない。

 

 今日の夜は、綺麗な星空が見えそうだ。


 そんなことを思いながら、俺たちはまた宛のない旅を続けるのだった。

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