三十三曲目『流星』

 秘宝が巻き起こす熱量を持った魔力の渦に飛び込むと、ジュウゥと音を立てながら一瞬にして濡れたウォレスの体の水分が蒸発する。

 ウォレスは熱さに苦しそうに顔を歪ませながら、それでも秘宝に向かって一歩足を踏み出した。


「ぐ、ぬ、お、おおぉぉぉぉ……ッ!」


 うめき声を上げ、体中を焼かれながら、前に進んでいくウォレス。

 近づく度に温度が上がっていく魔力に、ウォレスが着ている上着が燃え始めていた。

 ただでさえ負っていた火傷が酷くなっていく。あのままだとウォレスが死んでしまう。急いでウォレスを助けに行こうとしたけど、行く手を阻む魔力の渦に近づくことが出来ない。

 その間にもウォレスは秘宝に一歩、また一歩と距離を詰めていく。

 ウォレスの身を焼くその魔力は、この国にさまよっている死者の魂。怨嗟と怨恨の炎に飲まれながら、ウォレスは犬歯を剥き出しにして雄叫びを上げた。


「アァァァァァァァァァァッ!」


 魔力の渦を振り払うように右手を薙ぎ、左手を伸ばしたウォレスはとうとう金色の杖を掴み取った。

 そして、金色の杖を思い切り上に投げ飛ばす。クルクルと回転しながら飛んでいく杖に、ウォレスは魔装を展開してスティックを構えた。


「<ストローク!>」


 頭上に紫色の魔法陣を展開したウォレスは、魔法陣をスティックで叩いて衝撃波を放つ。

 衝撃波を受けた金色の杖は空高く舞い上がった。

 ウォレスは息を荒くさせながら、ボロボロに焼け焦げた上着を脱ぎ捨てる。鍛え上げられた火傷を負っている上半身を露わにしたウォレスは、そのままスティックを振り上げて魔法陣を叩き続ける。

 連続で放たれた衝撃波に、金色の杖はどんどん上空へと飛んでいく。この国に立ちこめる暗雲に向かって打ち上げられた杖はその形を失っていき、最後に残された青い光を放つ秘宝が一層激しく光を放ち始めた。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 最後に力強く魔法陣を叩くと、秘宝は見えなくなるぐらい飛んでいき、暗雲に突っ込んだ。

 そして、一瞬の間のあと……暗雲を吹き飛ばしながら爆音を響かせて強い青色の光を放ちながら爆発する。

 暗雲の一部を吹き飛ばして光り輝く青い魔力の火花。


 それはまるでーー花火のようだった。


「……綺麗」


 やよいが空を見上げながら小さく呟く。

 誰もが空に花のように広がった青い光に目を奪われている。そして、バラバラに散った青い光が流れ星のように尾を引き、また炸裂音が響くといくつもの小さな青い花火が生まれた。

 星が流れ、それぞれが青く光って火花を散らす。その度に暗雲が晴れていき、ずっと隠れていた青空が見え始めていた。

 暗雲を吹き飛ばす花火を見つめていると、ジジイが懐かしそうに目を細めながら口を開く。


「死者の魂を集め、空へと打ち上げて送り出す。それが我がアストラの鎮魂なのじゃ。秘宝はそのための

道具なんじゃよ」

「やっぱり、死者を蘇らせるものじゃなかったんだ……」


 やよいがジジイの話を聞いて表情を曇らせて言うと、ジジイはゆっくりと首を横に振りながら頬を緩ませた。


「死者を蘇らせる方法なんてこの世にありはしない。あったとしても、それはしてはいけないことじゃよ」

「そう、だよね……うん、分かってる。分かってるけど……」

「お主、大事な人を亡くしたんじゃろう? ワシには分かる。その辛さと苦しみが、痛いほどのう……」


 やよいは一番の友達、シランを失った。そして、ジジイもまた家族や残された大事な孫の一人を失っている。

 大事な人を亡くすという、共通点がある二人の心には深く傷が残っているだろう。それでも、ジジイは空に咲く青い花火を遠い目をして見つめながら、やよいに諭すように優しい声で話し始めた。


「置いてかれてしまったワシら生きている者が出来ることは、笑って送り出すことだけなんじ

ゃよ。例え辛くとも、悲しくとも……必死に堪えて、笑ってのう」

「……うん」

「死者の分まで生きて、生きて生きて、生き抜く。それが、ワシら残された者の務めじゃ。また笑って会える日・・・・・・・まで、のう」

「ぐすっ……はい……ッ!」


 目に浮かんだ涙を腕で拭い、やよいは空を見上げる。

 涙で濡れた目で花火を見つめながら、やよいは優しく微笑んだ。


またね・・・、シラン……」


 またいつの日か会えることを信じて、やよいはシランに向かって笑ってみせた。

 亡くした事実は変わらない。辛く、悲しい現実も変わらない。

 だけど、やよいは笑って見送った。心に負った傷を忘れず、また会える日を願って。

 少しは、やよいの心が晴れただろうか。空に咲く花火が暗雲を吹き飛ばしていくように。

 ジジイは笑って空を見上げているやよいを見て嬉しそうに笑みを浮かべると、俺に目を向けてくる。


「タケルよ。そういえば、この国の本当の名・・・・をまだ教えてなかったのう」

「本当の名?」

「さよう。今でこそ<再生の亡国>と呼ばれておるが、災禍の竜によって滅ぼされる前は、違う名で呼ばれておったのじゃ」


 空に流れる青い光を指さして、ジジイは懐かしそうに語り始めた。


「あの秘宝の名は<月女神の涙>……アストラでは年に一度、鎮魂の議として死者の魂を集め、月女神の涙を打ち上げて送り出す。その光景がまるで流れ星に

見えることから、この国は……」


 <流星の国・・・・アストラ>と、呼ばれていた。

 

「流星の国……」


 死者の魂が光となり、流星群のように空に流れていく。

 花のように広がる火花はその名の通り、月に住む女神が流した涙のように見える。


「そっか。いい名前だな」

「ホッホッホ……そうじゃろう?」


 アストラの本当の呼び名を聞いて素直に答えると、ジジイは誇らしげに自慢するように笑みを浮かべる。

 二人で笑い合っていると、空を見上げているウォレスの姿に気づいた。

 痛々しい火傷の痕を隠すことなく、上半身裸のままのウォレスは花火を見ながら満足そうに笑っている。

 すると、そこにシンシアが駆け寄ってきた。


「う、ウォレスさん!」


 肩で息をしながら声をかけるシンシアを、ウォレスは何も言わずに顔を向ける。

 そして、シンシアは胸に手を置きながらゆっくりと深呼吸すると、頬を赤く染めながらウォレスを見つめて口を開いた。


「あ、ありがとうございました! この国を、アストラをお救い頂いて!」


 頭を下げるシンシアに、ウォレスは鼻を鳴らす。


「別に、国を救おうなんて高尚な考えはなかったっての」

「それでも! あなたはこの国を救ったんです! そして、私も救われたんです……」

「……そうか。ま、それならいいんだけどよ」


 ウォレスは特に気にせずに地面に落ちていたボロボロに焼け焦げた上着を拾ってシンシアに背を向ける。

 そのままこの場を立ち去ろうとするウォレスに、シンシアは声を張り上げた。


「ま、待って下さい!」


 呼び止められたウォレスは足を止め、チラッとシンシアの方に振り返る。シンシアは何か言いたげに口を開け閉めしながら、顔を真っ赤にさせていた。

 そして、シンシアは意を決したようにウォレスを見つめる。


「う、ウォレスさん……私は……あなたのことが……」


 目を潤ませ、耳まで赤くさせたシンシアはウォレスに何か言おうとした。

 だけど、その前にーー。


「シンシア姉ちゃん!」


 シンシアに一目散に近づいてくる子供たちによって邪魔されてしまっていた。

 その子供たちは誘拐されたと思っていた四人の子供、アレクたちだ。


「無事でよかった! おれたち、心配したんだぜ!?」

「そうだよ……すごく、心配した……ッ!」

「シーちゃん、怪我してない!?」

「……シンシア姉ちゃん、大丈夫?」


 足に抱きついたアレク、涙を流すコレオ、腹に抱きつくソレル、服を軽く掴みながら心配そうにしているダレン。

 四人の子供たちに囲まれたシンシアは、困ったようにしながらも嬉しそうに微笑みながら子供たちを纏めて抱きしめる。


「うん、大丈夫。お姉ちゃんは無事だよ……ごめんね、みんな。心配かけて」


 シンシアに抱きしめられた子供たちはタカが外れたように泣きじゃくり始めた。シンシアも頬に一筋の涙を流しながら、力強く子供たちを抱きしめる。

 その光景を見て、ウォレスは微笑ましそうに笑いながらボロボロの上着を肩に掛けて歩き出した。


「あ! ウォレスさん!」


 去ろうとするウォレスをシンシアが呼び止める。

 だけど、ウォレスは背を向けたまま後ろ手で手を振り、足を止めずに去っていった。

 去っていくウォレスの背中を見つめたまま、シンシアは子供たちを抱きしめる。まるで絶対に離さないとばかりに。

 魔力を出し切った秘宝が地面に落ちると、この国に立ちこめていた暗雲はもうなくなって

いた。

 透き通るような青空、眩い太陽。祝福するようにこの国を照らす太陽の光が、シンシアたちに射し込んでいた。

 その光景を眺めていた俺は、思わず笑みをこぼす。


「ウォレスの奴、カッコつけすぎだろ」


 そう呟いて俺は家の影に姿を消したウォレスを追いかけた。

 俺も家の影に入ると、そこにいたウォレスはフラフラと体を揺らしながら立ち止まっている。

 俺はその背中をポンと叩き、口角を上げた。


「お疲れ、ウォレス」


 ウォレスは何も言わずに笑って返すと、そのまま力なく背中から倒れていく。俺は倒れかかってくるウォレスを抱き止め、満足そうに笑いながら気絶するウォレスに嘆息した。


「本当、カッコつけすぎだっての」

 

 全身に負った火傷と疲労により、限界を迎えていたウォレスは電池が切れたようにイビキをかいて眠っている。

 今回の一番の功労者を労うように、俺はウォレスを背負いながら誰にも見られないよう・・・・・・・にこの場を去った。


 これでようやく、争いが終結するのだった。

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