第六楽章『漂流ロックバンドと祭り上げられし亡国の聖女』

プロローグ『暗雲立ち込める旅路』

「ほら、早く行こうよ! 置いてくよ!」


 今日はまだ昼なのにどんよりとした厚い雲で覆われて薄暗く、どこか鬱屈とした天気だ。

 そんな天気とは裏腹に、俺たちロックバンド<Realize>の紅一点、女子高生ギタリストのやよいが黒い艶やかな髪を揺らしながら我先にと歩き、俺たちの方を振り返りながら張り切った様子で急かしてくる。

 端から見たらテンション高いように見えるけど、それなりに長い付き合いの俺たちからしたら、それはどこか無理をしているように見えた。

 それもそうだろう。三日前に旅立った国<シーム>で出会ったシランーーやよいにとって一番の友達との死別という重い経験をしたんだから。

 心に大きな傷を負ったやよいは、俺たちに心配かけないように明るく振る舞っている。それが酷く痛ましく、見ていられないほど辛い。

 だけど、やよいの気持ちを考えて俺たちはいつも通りに接するようにしていた。


「やよい、そんなに急ぐなって」

「何言ってるの、タケル! 早くしないと暗くなっちゃうでしょ? それに、なんか天気悪いし雨降ったら嫌じゃん!」


 Realizeのボーカル担当の俺が窘めると、やよいはやれやれと呆れたように言い返してきた。まぁ、気持ちは分かるけど……。

 すると、俺の隣を歩いていたRealizeのベース担当で中性的な容姿をした見た目は女の子にしか見えないけど歴とした男、真紅郎がクスッと小さく笑みをこぼす。


「やよいが言っていることは確かだと思うよ。雨が降ってくる前に次の目的地にたどり着いていた方がいいね」

「……次は、どこに行くの?」


 そこで真紅郎の後ろを歩いていた白髪で褐色の肌のダークエルフ族の少年、Realizeのキーボード担当のサクヤが眠そうな半開きの目を向けながら口を開いた。

 聞かれた真紅郎は地図を広げて現在地と照らし合わせながら、近場の街を調べる。


「うぅん……近いのは、<アストラ>って国かな?」

「……あす、とら? どんな国?」

「詳しく調べてないから、ボクもよく分からないなぁ。ごめんね?」

「……そっか」

「きゅー」


 あまり表情が変わらないから分かりづらいけど、サクヤはしょんぼりと残念そうにしていた。

 そんなサクヤを頭の上に乗っているフワフワとした白い毛の子狐型モンスター、キュウちゃんが慰めるように鳴き声を上げる。

 今までは次に行く国がどんな場所なのか調べてから旅立ってたけど、今回は王族から逃げるために急いで旅立つことになって、そんな暇はなかったからな。

 いつもサクヤは次の国に想いを馳せながら旅をしていたから、残念だったんだろう。

 するとサクヤの後ろにヌッと現れた長身の男が、いつもの騒がしい笑い声を上げながらサクヤの肩をバシバシッと叩いた。


「ハッハッハ! そんな顔するなってサクヤ! 旅ってのは、次の目的地が分からない方が楽しいもんだ! たまにはこういうのもいいじゃねぇか? なぁ!」


 綺麗な金髪を短く切りそろえた外国人らしい彫りの深い、黙ってればイケメンの部類に入る容姿をしたRealizeのドラム担当、ウォレスがそう言ってサクヤを元気づける。

 肩を叩かれたサクヤは思いの外痛かったのか顔をしかめ、ウォレスの手をペシッと払った。


「……痛い。ウザい。やかましい」

「おっと、すまんソーリー……って、辛辣だな!? というか、ウザいもやかましいも同じ意味だぞ!? おい、やよい! サクヤにウザいって言葉教えたのお前だろ!?」

「えぇ? あたし、知らなぁい。あとウォレス、ウザい」

「やっぱりお前じゃねぇかぁ!? オレ、傷つくぜ!?」


 やよいにまでウザいと言われ、ショックを受けたウォレスが空を見上げて頭を抱える。

 ウォレスはいつも思うけど、本当にテンション高いよなぁ。いい言い方をしたら、ムードメーカー。悪く言えば……うん、ウザい。

 それがウォレスらしさ、って感じでもあるけど。雑に扱われてこそ、ウォレスとも言う。

 たまにちょっとは静かにしろって言いたくなるけど、ウォレスが静かだとそれはそれで気味悪いよなぁ……。


「ウォレス……これからも、ウザいままでいてくれよな」

「なんだそれ!? というかその笑顔の方がウザいわ! ヘイ、真紅郎! ヘルプミー!」

「……アストラまであと一時間ってとこだね。みんな、もう少しだよ!」

無視イグノア!? そりゃないぜ……」


 真紅郎にまで雑に扱われ、とうとうウォレスはガックリとうなだれてしまった。

 まぁ、そんなウォレスはさておき……あと一時間か。そう考えると少しやる気になってきた。

 先を歩いているやよいに追いつこうと歩くスピードを上げようとすると……ふと、やよいが足を止めた。


「ねぇ。あれ、なんだろう?」


 やよいが首を傾げながら指さした方に目を向けてみると、そこにはまるで何か大きな物によって壊されたような廃屋があった。

 元は煉瓦造りの家だったんだろうけど、壁に大きな穴が開き、屋根は吹き飛ばされ、所々黒い煤で汚れていて見る影もない。見た感じここ最近じゃなく、結構古い昔の家のようにも見えるな。

 真紅郎は廃屋を見ながら顎に手を当てて考え、口を開いた。


「それなりに古いし、もしかしたらモンスターに襲われたのかもね」

「ハッハッハ! それにしても中々派手にぶっ壊れてるな! この穴の大きさだと、結構なビックモンスターみたいだな!」


 ウォレスの言うように、小型のモンスターでは開けられないほど壁の穴は大きい。それこそ、俺たちの世界で言うトラックサイズの大型モンスターじゃないと無理だと思う。


「……ドラゴン?」

「え!? いや、それはもう勘弁して欲しいな……」


 サクヤがふと口にしたドラゴンという単語に、俺は前に戦ったクリムフォーレルと呼ばれる赤いドラゴンとの激闘を思い出して身震いする。

 そんな奴とは二度と戦いたくないなぁ……と、思っているとやよいはどこか哀しげな顔をして廃屋を見つめていた。


「どうした、やよい。何か気になるのか?」


 声をかけてみると、やよいはハッと我に返って首を横に振る。


「気になるって言うか……その、言葉にしづらいんだけど……」


 そう前置きしてから、やよいはまたぼんやりと哀しげな目で廃屋を見て、小さな声で呟いた。


「なんかこの家を見てると、胸がキュッってなる……何か、辛い感情が流れ込んでくるって言うか……」


 どうにも要領を得ないけど、やよいはどこか辛そうに見えた。

 やよいにしか感じられない何かが、この廃屋にあるのか?


「まぁ、あまり気にしないで先に行こうぜ?」

「……うん、そうだね。そうしよう!」


 やよいは振り払うようにブンブンと首を振ってから歩き出す。

 俺たちは最初はあまり気に留めていなかった。だけど、次の目的地であるアストラへと続く街道を歩いていく内に、俺たちにもやよいが感じていた物が分かってくる。

 街道は徐々に荒れ始め、草木は緑を失いもの哀しげに枯れ果て、ボロボロに壊された廃屋が多くなっていた。

 それに合わせるように、俺たちをすれ違う人たちは……誰もが例外なく暗く、落ち込んだ表情を浮かべている。

 雲は俺たちの不安を煽るようにどんどん黒くなり、今にも泣き出しそうだ。


 この先に何が待ち受けているのか。今の俺たちには知る由もなかった。

 

 

 

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