十八曲目『差別』

 Realizeに特別メンバーとしてシランが加入し、ライブに向けて練習を始めて一週間。シランはほぼ完璧に<壁の中の世界>を歌えるようになっていた。

 今回のライブの特別仕様として<壁の中の世界>をアレンジした演奏も完成し、あとは通しで練習して完成度を高めるだけにだ。

 街でライブをするということでレイラさんに事情を説明し、快く承諾してくれた。曰く、魔族に襲われたことによって暗くなっている街の雰囲気を変えたいと思っていたらしい。だけどそんな暇はなかったから、少しでも街が明るくなるなら協力は惜しまない、とのことだ。

 そんなこんなでとんとん拍子に話は決まり、ライブをする場所と日取りが決まった。

 シランの初ライブデビューは二日後。場所は街のど真ん中で、人の通りが多い広場だ。これはかなりの観客数が望めそうだな。

 二日後に向けて俺たちは練習を続け……ようとした時、突然やよいが提案してきた。


「ねぇ! シランのライブ衣装を探しに行こうよ!」

「え? 衣装?」


 突拍子のないことでポカンとしているシランに、やよいは興奮気味にコクコクと頷く。


「そう、衣装! せっかくの初ライブなのに普通の服だとつまらないじゃん! だから、ライブのための衣装を探そう!」


 まぁ、やよいの言いたいことは分かる。だけど、シランの体調的に街に出るのは大丈夫なのか?

 そう思ってとりあえずライラック博士の意見を聞

いてみる。


「いいんじゃないか?」


 意外にもあっさり許可してくれた。

 反対すると思っていた俺がポカンとしていると、ライラック博士はニヤリと笑みを浮かべる。


「体調は安定しているし、少しぐらいなら街に出るのもいいだろう。気分転換にもなるしな。それに、らいぶは言うならシランの晴れ舞台。最高の姿を見たいと思うのは、父親として当然だろう?」


 と、言うことでライラック博士から外出許可を貰ったので、俺たちはさっそく街に繰り出した。

 ライラック博士の言うように、今日のシランの体調はかなり良さそうだ。頭にキュウちゃんを乗せながら杖をついて歩くシランの隣をやよいが付き添い、街一番の服屋に出向く。

 ズラッと並んだ服を目の前に、やよいとシランは楽しそうに服を選んでいる光景を、俺たち男性陣は遠目に眺める。こういうのは、女同士で決めるのがいいだろうからな。


「ねぇねぇ、シラン! これはどう?」

「あ、可愛い! でも、こっちは?」

「それもいい! 迷うね!」

「うん、迷う!」


 色んな服を楽しそうに見て回っている二人を見て、ウォレスはやれやれと首を横に振った。


「こいつは長引きそうだな」

「仕方ないよ。女性の買い物が長いのは、どの世界でも同じなんだから」

「……お腹空いた」


 暇そうにしているウォレスに真紅郎は苦笑いしながら窘め、サクヤはボーッとしながら腹の虫を鳴らす。

 正直、俺も暇なんだよなぁ。早いところ決めて欲しいんだが……と、欠伸をしているとやよいとシランが一着の服を持って更衣室に入っていった。

 そして、更衣室のカーテンが開かれる。そこにはまるで花嫁のような純白のドレスを着た二人が現れた。


「おぉ……」


 思わずその姿に目を奪われる。

 汚れのない清楚な純白のドレスはたくさんのフリルがあしなわれ、綺麗さと可愛さが両立されていた。

 シランの薄い緑がかった白髪の髪と純白のドレスがマッチしていて、儚げな雰囲気と相まってまるで女神のような神々しさを感じさせる。

 それに対してやよいの艶のある黒髪もそれはそれで純白のドレスに映え、いつもより大人な雰囲気を感じさせた。

 俺だけじゃなくて他のみんなの反応もよかった。ウォレスはヒューと口笛を吹きながら口角を上げ、真紅郎は頷いて親指を立てる。サクヤは目を輝かせながら二人を見つめていた。

 すると頬をほんのりと赤らめたやよいがドレスの裾を掴んで少し持ち上げながら口を開く。


「どう、かな……?」

「うん、似合ってるよやよい」

「……綺麗」

「そ、そう? あはは……ありがと!」


 真紅郎とサクヤに褒められて照れながらも嬉しそうに笑うやよい。

 普段見ないような姿のやよいに目を奪われながらも、俺はふとシランとやよいを見比べた。

 やよいのドレス姿は似合っている。それは間違いない。だけど、シランと並ぶと……その、格差があるな。

 シランは華奢で小柄な体格だけど、ドレスを押し上げて主張している胸は男なら誰しも目が止まってしまうほど大きい方だ。

 それに比べてやよいは……非常に、慎ましい。全然ないとは言わないけど、シランと並ぶとその差は歴然だった。

 口にはしないけどな。そんなことしたら、殺される。冗談抜きで。


「ハッハッハ! あれだ! 馬子にも衣装って奴だな!」


 そんなことを思っていると、ウォレスが笑いながらやよいをそう評した。

 瞬間、空気がズンッと重くなる。

 やよいは般若のような顔をしながら、目だけで人を殺せそうなほど鋭い視線をウォレス、そして俺に向けていた。

 まさか、俺の考えていたことを読まれた……のか? 

 明らかに俺とウォレスを睨みつけ、今にも襲ってきそうな雰囲気を醸し出している。隣にいるウォレスはガタガタと震えながら冷や汗を流していた。もちろん、俺も同じだった。無言なのがまた恐怖を煽ってくる。

 般若と化したやよいに戦々恐々としていると、シランがクスクスと楽しそうに笑っていた。


「ダメだよ、やよい。恥ずかしいからって八つ当たりしたら」

「そんなんじゃない。タケルは今、あたしとシランの胸を見比べてた。そして、あたしを弱者として見下していた。ウォレスは単純に許さない」

「もう……せっかく可愛い格好をしてるのに、台無しだよ?」


 とりあえず二人は純白のドレスをライブ衣装にする

ことを決めた。買い物が終わったあと、やよいはボソッと「……今からだし。これから成長するし」と呟いていたのは、聞かなかったことにしよう。意外と気にしてたんだな。

 買い物を終えて満足そうに前を歩く二人の背中を眺めながら家に戻る。久しぶりの外出にシランも楽しそうでよかった。

 ずっと部屋にいるか裏庭にいるかだったからな。いい気分転換になっただろう。

 すると、ふとコソコソと内緒話をしながら二人を見つめている男たちがいることに気づいた。もしかしてまたナンパか、と男たちの会話に耳を澄ましてみる。


「おい、あれって街外れに住んでる……」

「あぁ、あれだろ? 奇病持ち・・・・。なんで街にいるんだよ」

「やめて欲しいよな。感染・・したらどうするんだよ」


 男たちの会話を聞いて、俺はピタッと足を止めた。

 今、こいつらは……シランに向かってなんて言いやがった……? 

 男たちはそのままシランの陰口、というよりもはや聞こえるような声で話を続けていた。


「見た目はいいけど、奇病持ちは無理だわ」

「俺も。あの体はもったいないよなぁ……奇病持ちじゃなかったら上玉なのにな」

「やめとけやめとけ。近づいたら感染するぞ?」

「うわ、勘弁。可愛くても奇病に感染したくねぇわ」


 ニタニタと笑いながらシランを貶し続ける男たち。その話し声は俺だけじゃなくてウォレスや真紅郎、サクヤ……そして、やよいとシランの耳にも届いていた。

 シランは足取りが重くなり、暗い表情を浮かべながら顔を俯かせている。男たちに何も言わず、唇をギュッと噛みしめて耐えていた。

 

「早くこっからいなくなって欲しいな」

「そうだな。もし感染したらどうするんだよ」

「迷惑だよなぁ」


 男たちの言葉に、心の奥底から怒りが沸き起こってくる。

 すると隣にいたウォレスからゴキゴキ、と鈍い音が聞こえてきた。


「ーーKickぶっ飛 assばす


 静かに怒りを燃やしながら呟いたウォレスが、指を鳴らしていた音だった。ウォレスはギロリと男たちを睨みながら一歩踏み出す。

 いつもなら止める真紅郎は今回は何も言わずに男たちを冷ややかな目で見つめ、サクヤは無言のまま拳を握りしめていた。

 俺もウォレスと一緒に歩き出す。俺だって我慢の限界だ。あいつらにシランの何が分かる? 何も知らない人間が、ナメたこと言ってんじゃねぇぞ……ッ!

 俺とウォレスが男たちに殴りかかろうとした瞬間、俺たちよりも先にキレた奴がいた。

 それは、やよいだ。

 やよいは一気に男の一人に近づくと、思い切り腕を振り被る。


「ーーぶぅえぇ!?」


 そして、やよいは男の頬を思い切りビンタした。

 鈍い破裂したような音と共に、男の体が錐揉み回転しながら吹っ飛ぶ。男はそのまま地面を転がり、白目を剥いて気絶した。

 いきなりのことに残りの男たちは唖然としている。そんな男たちに向かって、やよいはギリッと歯を食いしばってから叫んだ。


「ーーあたしの友達をバカにすんな!」


 ビリビリと空気を震わせたやよいの一喝に、男たちは後ずさりする。やよいの気迫に圧された男たちは、気絶している男を引きずりながら蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ出した。

 情けなく逃げる男たちの背中を睨みつけながら、やよいはフンッと鼻で笑う。


「男のくせに情けない。次会ったらグーで殴ってやる」


 一発かまして少しは溜飲が下がったのか、やよいは呆気に取られているシランの手を握る。


「行こ、シラン」

「……うん」


 やよいは浮かない顔をしているシランを連れて家に向かおうとしていた。そこで俺は、やよいに声をかける。


「すまん、やよい。ちょっと用事があるから先に二人で戻っててくれ」

「……分かった」


 チラッと俺を見て、用事がなんなのか察したやよいは頷いて家に戻っていった。

 二人がいなくなったのを確認してから、今のを見ていた住人たちの視線を感じながら深く息を吐く。

 そして、俺はウォレスたちと顔を合わせた。


「ーー行くぞ」

「ハッハッハ! しゃあ! やってやるぜ!」

「今回は止めないよ。思いっきりやっちゃって」

「……全力で、ぶっとばーす」


 俺たちは男たちが逃げていった方に歩き出す。

 それから十分ぐらいして、どこかの路地裏で男たちの悲鳴が街に響き渡った。

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