二十二曲目『意外な守り手』

「<アレグロ><ブレス><フォルテ!>」


 素早さ強化、繋いで一撃強化の魔法を唱えながら魔族に向かって剣を振り下ろす。

 だけど魔族は速度が上がっているはずの俺の攻撃を軽々と避け、即座に銃口を向けると引き金を引いた。

 すぐに俺はその場から側転し、放たれた風の刃を躱す。バシャ、と水たまりを踏んで着地してすぐに魔族に向かって走り、真っ直ぐに剣で突いた。

 魔族は俺が放った突きを銃で受け流し、別の銃をホルスターから目で追えない速度で抜き放つと同時に発砲してきた。


「ーー熱ッ!?」


 咄嗟に向かってくる火の球を剣で防いでしまい、爆発して火が襲ってくる。勢いに負けて吹き飛ばされた俺は、そのまま地面を転がって火を消した。

 火を消し終わり、すぐに立ち上がって剣を構えると魔族は「ふむ」と呟いて顎を手で撫でる。


「いい反応だ。それに倒れても剣を離さず、即座に立ち上がって剣を構えるとは……なるほど、いい師に鍛えられているな」

「……ははっ、そいつはどうも。死ぬほどしごかれたんでね」


 戦いの最中だっていうのに、魔族は俺を評価してくる。それぐらい余裕ってことか。

 無理矢理笑みを浮かべて軽口で返す。その間も剣を魔族に向け、思考を回転させた。

 どうやっても俺と魔族との間には実力に差があり過ぎる。正攻法では絶対に勝てないだろう。かと言って、何か策があるかと言われれば……何もない。

 というより生半可な策を弄しても、魔族は対応してくるだろう。それほどまでにこの魔族は強く、戦い慣れている。

 実力も、経験も段違い。そんな相手に勝つ方法は仲間と協力して戦うことぐらいだったけど、今は俺ともう一人しかいない。

 魔族から目を離さずに動きを警戒しながら考えていると、魔族の背後から魔力弾が向かっているのが見えた。

 魔力弾が迫っていることが分かっていたのか魔族は振り返ることもせずに側転して躱し、魔力弾を撃った張本人ーー真紅郎に目を向ける。


「ーーほう? 形は珍しいが、俺と同じ銃を使う人間がいたとはな」

「タケルから離れろ!」


 真紅郎は叫びながら弦を三本の指で弾き、連続で十個の魔力弾を魔族に放った。コントロールノブをいじって魔力弾の軌道を変え、魔族を取り囲むように向かっていく魔力弾。

 魔族は口角を歪め、銃を構えた。


「やるな。だが、その程度なら対応可能だ」


 そう言って魔族は発砲する。そして、すぐにホルスターに仕舞って別の銃を二丁持つとまた発砲。ジャグリングのように両手の銃を上に投げ、またホルスターから二丁取り出して連続で撃つ。

 曲芸じみた連続の早撃ちで放たれた風の刃、水の刃、石の礫、火の球は向かってくる魔力弾を正確に撃ち抜き、真紅郎を襲う。

 真紅郎はそれらを走りながら避けつつ、魔力弾を放った。

 魔力弾で魔族が放った魔法は相殺出来ない。だけど、軌道を変えることは出来ていた。そのおかげで真紅郎は無傷のまま、魔族に走っていく。

 だけど、それは悪手だ。


「ーーあぁぁぁぁぁぁッ!」


 今の真紅郎は、冷静じゃない。

 魔族と疑われ、洞窟内で過去のことを思い出してしまい、しかもエイブラさんに裏切られた。

 そんな時に現れた魔族。倒さなければならない敵。真紅郎の頭の中はぐちゃぐちゃにこんがらがっているだろう。

 だから、真紅郎は魔族に突撃している。明らかに冷静じゃなく、自棄を起こしているとしか思えない。


「ーー真紅郎!」


 冷静になるよう真紅郎の名前を叫んだけど、真紅郎は俺の声を無視して魔族に吶喊していく。

 その姿は、まさに特攻。いや、暴走だ。


「……戦場で冷静を欠くとは」


 真紅郎を見て魔族は残念そうに呟く。

 走りながら放たれる魔力弾を最小限の動きで避けながら歩き、至近距離になったところでベースを掴むと真紅郎の腹に膝を打ち込んだ。


「ーーこ……ふ……ッ!」

「ーー期待して損したな。この未熟者が」 


 膝を着いた真紅郎に無機質な視線を送ると、その場で一回転して後ろ回し蹴りを真紅郎の頬に放つ。

 蹴り飛ばされた真紅郎は横っ飛びで宙を舞い、水しぶきを上げながら転がると港にある倉庫の壁に背中から激突した。


「真紅郎! てめぇ……ッ!」

「怒りで隙を見せるな」


 真紅郎がやられて頭に血が上ると、それを察した魔族はため息を吐きながら俺に銃口を向け、風の刃を放った。

 雨を切り裂いて向かってくる風の刃に反応出来ず、直撃した。


「ーーガッ!?」


 風の刃は腹部に命中し、俺は地面を転がった。

 防具服のおかげで傷はないけど、衝撃で嘔吐感がせり上がってくる。


「ぐっ……はぁ、はぁ」


 暴風が吹き付ける豪雨の中、俺は腹を抑えながら膝を着く。


「はぁ、はぁ……」


 打ち付けてくる雨とダメージにぼやける視界で、俺は周りを見渡した。

 やよいは力なく倒れ伏している。

 ウォレスは積み重なった木箱に上半身を埋めてピクリとも動かない。

 真紅郎は壁に背中を預けてうなだれている。

 アスワドやシエン、アラン、ロクもボロボロの状態で気絶している。

 ライトさんもやられ……俺を抜かした全員、戦闘不能だ。


「く、そ……ッ!」


 俺も限界に近い。

 悪態を吐いていると、カチンという金属の音が聞こえた。

 魔族はホルスターから銃を抜くと、銃口を俺に向けている。俺がもう限界だと分かっていてもいつでも撃てるように警戒し、油断することなく銃を構えていた。

 その姿に俺は、思わず乾いた笑い声を上げた。


「は、はは……ここまで強いのかよ……魔族は」


 実力が違う。圧倒的な実力差、尋常じゃない魔力量、無詠唱で魔法を行使する異常性、高い戦闘技術。

 そんな相手に、俺たちは勝たないといけないのか? そうじゃないと、元の世界に帰れないのか?


「だけ、ど……」


 俺は剣を杖にして立ち上がり、剣を居合いのように左腰に構える。

 荒くなった息をどうにか整え、魔力を剣身に纏わせていく。


「ーー負ける訳には、いかないんだよぉぉぉ!」


 叫び、自分を鼓舞しながら俺は走り出す。

 ここで負けたら、俺たちは二度と元の世界に戻れない。

 メジャーデビューする夢を諦めないといけない。

 それは絶対に、出来ない。諦める訳にはいかない。そのために俺たちは頑張って努力してきた。戦ってきた。

 

 ーーだから、ここで負ける訳にはいかないんだ。

 

 バシャバシャと水を跳ね上げながら走り、力強く柄

を握りしめた。

 俺が向かってきたのを見た魔族は動揺することなく引き金を引き、銃口から炎の槍を放つ。

 俺は向かってくる炎の槍を体勢を低くすることで避け、そのまま走り抜ける。


「ーーレイ・スラッシュ!」


 剣身から光の尾を引きながら、俺はレイ・スラッシュを放った。

 放たれた一撃に対して、魔族はホルスターから素早く銃を抜いて俺に向かって構えると、引き金を引く。

 近距離で放たれた炎の槍と、レイ・スラッシュの一撃がぶつかり合って爆発した。


「ぐ、お、あぁぁぁぁぁぁッ!」


 爆風と熱気に顔をしかめながら、それでも前に踏み出す。

 そして、レイ・スラッシュを放ち終わった剣にまた魔力を纏わせた。

 紫色の魔力を纏った剣を振り上げ、俺は叫んだ。


「ーーレイ・スラッシュ・三重奏トリオ!」


 音属性の魔力を込めたレイ・スラッシュ。俺が出来る最高の必殺技。

 渾身の力を込めて放った一撃に、魔族は口元を歪ませていた。


「ーーいい技だ」


 そう言うと魔族の足下から岩の壁がせり上がってくる。分厚く、堅そうな岩の壁に俺の一撃は防がれてしまった。

 音属性の衝撃が岩の壁に打ち込まれ、一撃目の衝撃が壁にヒビを入れる。二撃目の衝撃で壁全体にヒビが伝わり、最後の三撃目で壁を砕くことが出来た。

 だけど、それで終わり。魔族に一太刀も与えることが出来なかった。


「ち、く、しょう……ッ!」


 今の攻撃で、俺の体力は限界を迎えてしまった。

 握力を失った俺の手から、剣が地面に転がる。

 ガクッと膝から崩れ落ちた俺は、バシャンと顔から水たまりに突っ込んだ。

 魔族はホルスターに銃を仕舞い、俺を見下ろしている。


「俺の魔法が破られるとはな。それにいい気概だ。倒れる時に絶望ではなく、悔しさが表情に出ていた。経験上、そういう奴は伸びしろがある。お前、名は?」

「ーータケル、だ……ッ!」


 力の入らない体でどうにか魔族に顔を向け、睨みつけながら名乗る。

 すると魔族は楽しそうに、嬉しそうに頬を緩ませていた。


「タケル、か。覚えておこう……さて、そろそろ俺は竜魔像をーーッ!」


 ここから離れようとしている魔族は、いきなり頭を下げた。魔族の頭があったところに、一発の魔力弾が通り過ぎていく。

 体を起こした魔族は面倒くさそうにため息を吐くと、魔力弾を放った真紅郎に顔を向けた。


「に……が、さない……」


 真紅郎は足をプルプルと振るわせ、壁に背を着きながらベースを構えていた。

 青黒く腫れ上がっている頬、口から血を流したその姿は戦える状態じゃない。

 だけど、真紅郎はそれでもまだ戦おうとしていた。


「やれやれ、まだやろうと言うのか? いい加減、俺も疲れてきた」

「ボク、たちは、お前たちを……魔族を、倒さないといけないんだ……そうじゃないと、ボクたちは元の世界に、帰れない……ッ!」


 そう言って真紅郎は一歩、また一歩とおぼつかない足取りで歩き出す。


「もう、こんな世界は嫌だ……血で血を洗う戦い、命を狙われる毎日、元の世界と同じ、人を騙そうとする奴ら……こんな世界、ボクは大嫌いだ……元の世界でみんなと、音楽しながら笑い合っていた日常が、ボクにとっての幸せなんだ……」


 真紅郎は震える手でどうにかベースを構え、魔族に銃口を向ける。


「だから、ボクは……お前たちを、魔族を倒す。倒して、元の世界に……幸せな日常に、帰るんだ……ッ!」


 絞り出すように叫んだ真紅郎は魔力弾を放ち、反動で地面に倒れた。

 放たれた魔力弾は魔族に当たることなく、空へと向かってしまう。

 その姿を見た魔族は、深いため息を吐いた。


「何を言っているのか意味が分からないが……お前は俺の仲間を殺そうと言うのだな? 自分の利益のため・・・・・・・・に」


 ギリッと歯を食いしばった魔族はホルスターから銃を抜いて真紅郎に向ける。


「ーーならば、俺はお前を殺すしかない。仲間に危害を加えようとしている輩を、放っておく訳にはいかないからな」


 銃口が倒れている真紅郎に向けられている。今の真紅郎の魔族の攻撃を避けることは出来ない。

 魔族は真紅郎を殺す気だ。吹き出した魔力に殺気が混じっている。

 このままだと俺は真紅郎をーー大事な仲間を失ってしまう。


「や、めろぉぉ……ッ!」


 どうにか止めたくても、体に力が入らない。

 それでも、動け。今動かないと真紅郎が殺される。大事な仲間を失う。

 動け、動け動け動け動けーーッ!


「……む?」


 容赦なく魔族が引き金を引こうとした瞬間、魔族の動きが止まった。

 真紅郎を守るように立つ、一人の男によって止まっていた。


 その人はエイブラさんーーライト・エイブラ一世だった。

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