二十曲目『誇り高き槍』
暴風の中、四発の銃声が響いた。
魔族は両手に持った銃の引き金を引き、即座にホルスターに仕舞うと同時に新しい銃を二丁持ち、瞬時に発砲。あまりに速い動作で一瞬で四回銃弾を放っていた。
ライトさんに向かっていく風の刃、水の刃、鋭い石の礫、炎の球。そのどれもが通常よりも大きく、膨大な魔力を帯びていた。
ライトさんは風の刃を紙一重で避け、水の刃を槍で貫き、無数の礫を槍を体の前で回転させて防ぎ、炎の球を槍で薙ぎ払う。
だけど防ぎきれずに風の刃で頬を斬られて血を流し、礫で体中を裂かれ、炎の球の威力に吹き飛ばされたライトさんは地面に叩きつけられた。
「ーーグッ……なんて、威力だ」
槍を杖にして地面に膝を着きながら、ライトさんは魔族を睨んで呟く。
今の攻防で体力を削られたのか肩で息をして頬や体から血を流し、雨に混じってポタポタと血が滴る。
それに対して魔族はクルリと指で銃を回しながらホルスターに仕舞うと、また新しい銃を手に取って銃口を向けていた。
「どうした? ユニオンマスターとやらはその程度か?」
魔族は無傷。体力も魔力もほとんど消費していないように見えた。ライトさんをあしらい、しかもまだ本気を出してない気がする。
これが、魔族。世界を脅かす存在。ここまで実力差があるのか……ッ!
挑発されたライトさんは悔しそうにギリッと歯を食いしばりながら立ち上がり、槍を構える。
「まだまだ、私はやれるぞ?」
「無理をしない方がいい。俺とお前では実力に差がある。それぐらい、分かっているはずだ。黙って竜魔像を渡せ……無駄死にするよりいいだろう?」
魔族の言葉に、感情に呼応するようにライトさんの体から魔力が吹き出した。
ミシッと音がするほど槍を強く握り、地面を砕きながら一歩前に踏み出す。
「私は、ライト・エイブラ二世。この国の貴族であるエイブラ家の当主。貴様のような魔族に屈する訳にはいかない。貴族としての誇りがそれを許さない」
左半身になって腰を低くし、弓を引き絞るように両手で槍を構えたライトさんは真っ直ぐに魔族を見据えながら、言い放った。
「ーー命が欲しければくれてやる。だが、我が誇りに賭けて貴様の心臓に槍を突き立ててみせよう」
「……誇りのために命を捨てる、か。まったく、貴族とやらは本当に度し難い」
魔族はやれやれと呆れながら銃を構え、無機質な視線をライトさんに送る。
「命あっての物種というのに。これだから貴族は面倒だ……まぁ、いい。その大層な誇りを胸に死ぬといい」
「死ぬならば、貴様と道連れだーーッ!」
覚悟を決めた表情をしているライトさんは、地面を蹴って疾走する。
槍を携えて走るその姿は、まさに特攻。水しぶきを上げて向かってくるライトさんに、魔族はため息を吐きながら発砲した。
放たれたのは巨大な炎の槍。雨を蒸発させながら風を切って飛来する炎の槍に、ライトさんは避けることもせずに突き進んでいた。
「<我操るは龍神の尾>ーー<アクア・ウィップ!>」
走りながら詠唱したライトさんは無数の水の鞭を放ち、炎の槍に巻き付かせた。
だけど炎の槍は水の槍を一瞬で蒸発させ、水蒸気を巻き起こしながらライトさんに向かっていく。
水の鞭によって速度が落ちた炎の槍はライトさんから逸れていった。防ぐことじゃなくて、軌道を逸らすために魔法を使ったのか。
ライトさんはそのまま速度を落とすことなく、魔族に向かって水蒸気の中を走り抜ける。
「<我纏うは龍神の羽衣>ーー<アクア・ボルテックス!>」
ライトさんが魔法を行使すると、体中に水の渦を纏い始めた。
渦は体から槍に、そして穂先に集っていく。まるで水で出来たドリルのように高速で回転した水の渦を纏った槍を、ライトさんは左足を踏み出して一気に魔族に向かって突き出した。
「ーーハアァァァァァァァッ!」
気合い一閃。
螺旋を描く水を纏った槍は、真っ直ぐに魔族の胸元……心臓に向かって放たれる。
魔族は無防備のまま立ち尽くしている。このまま行けば、宣言通り魔族の心臓に槍がーーッ!
「……残念だったな」
魔族はそう呟くと、足下から自身を守るように炎のサークルがせり上がった。
これは<フレイム・サークル>か? 魔族は無詠唱で魔法を使い、しかも俺が知っている物よりも大
きく、厚い火の壁を作り出していた。
炎の壁に阻まれたライトさんの槍は纏っていた水の渦を一瞬で蒸発させられ、そのまま炎がライトさんを襲う。
「ぐ、あぁぁぁぁぁ!?」
炎にまかれたライトさんの悲鳴が響き渡る。
火だるまになったライトさんは悲痛の叫びを上げながらーーそれでも槍を手放していなかった。
「ーーな、め、る、なぁぁぁぁッ!」
「なんだと!?」
ライトさんは炎に身を焦がされながら槍を押し込み、力強く踏み込んで分厚い炎の壁を突き抜いた。
今まで無表情だった魔族が、目を丸くして驚いている。
そして、炎の壁を突破したライトさんはそのまま魔族に向かって槍を放った。
だけどーー槍は魔族の胸元ギリギリで止まってしまった。
「ーー驚いた。あぁ、驚いたぞ。まさかあの壁を突破してくるとはな。だが、残念だったな」
無詠唱で<アクア・ウィップ>を使ったんだろう。槍とライトさんにいつの間にか水の鞭が巻き付き、拘束していた。
ギチギチと締め上げてくる水の鞭に、体中に火傷を負っているライトさんはどうにか抜け出そうとしている。
そんなライトさんに、魔族は口元を歪ませた。
「非礼を詫びよう。お前の貴族の誇りを馬鹿にしたことを。誇り高きその精神、洗練された槍捌き、炎にも負けぬ鍛えられた肉体。お前は、俺が知ってる中で一番の槍使いだ」
魔族は右拳を握りしめ、構えた。
「ーーだが、俺には届かない」
そして、魔族はライトさんの腹部に向かって拳を突き出した。
「か、は……ッ!」
腹にめり込んだ拳に口から血を吐き出したライトさんはそのまま吹き飛ばされ、港にある倉庫に突っ込んでいく。
ガラガラと倉庫の残骸に埋もれたライトさんに、魔族は背を向けた。
「お前は死ぬには惜しい。その誇りに敬意を表し、命だけは取らないでやる」
ユニオンマスターで、ロイドさんのライバル……
この中で一番の実力者であるライトさんが、負けた。
受け止め難い現実に、体が震える。足が動かない。冷や汗が止まらない。
暴風雨が吹き荒れる中、魔族はチラッと俺たちに目を向けた。
「さてーーお前らは竜魔像の在処を教えてくれるのか?」
体から吹き出す膨大な魔力、そして威圧感を纏いながら魔族が問いかけてくる。
このままだと、やられる。魔族と俺たちの実力は歴然。圧倒的に不利だ。
竜魔像の在処を話せば、魔族は俺たちを見逃してくれるだろう。そうすれば、命だけは助かる。
そう……命だけは。
チラッと倉庫の残骸に飲まれたライトさんを見る。
ライトさんは、命を賭けて戦った。絶対に魔族に屈さないと、俺たちを……この街を守ろうと戦ってくれた。
その想いを、その誇りを、俺たちが無駄にする訳にはいかないーーッ!
「ーーいずれ戦わなきゃいけない相手なんだ。ここで逃げる訳にはいかない!」
気合いを入れ直し、覚悟を決めて剣を構える。
集中しろ。全神経を研ぎ澄ませ。
そうしないと、死ぬぞーーッ!
「ーーハァァァァァァッ!」
恐怖を振り切るように走り出す。同時にシャムシールを構えたアスワドが隣を走っていた。
俺たちを追うようにやよい、ウォレス、サクヤが動き出す。
全員の力を合わせないと、こいつには勝てない。
立ち向かおうとする俺たちを見た魔族は、深いため息を吐いていた。
「まったく。本当に面倒だ……」
そう言いながら、魔族は銃を構えて引き金を引く。
発砲音を合図に、俺たちと魔族の戦いが始まった。
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