十五曲目『奇妙な共闘』

「ーーグッ!?」


 鞭のように薙ぎ払ってくる触腕を剣で防ぐも、その威力に吹き飛ばされた。

 どうにか空中で身を翻し、地面を滑りながら着地する。

 現状、俺やウォレス、やよいの攻撃で何回か触腕を斬り落としてるけど、すぐに再生されてじり貧状態だ。


「どうする……ッ!」


 打開策が思いつかなくて舌打ちする。

 こういう時、いつもなら真紅郎が打開策を思いついてくれるけど……今の真紅郎は過去の話をしてからぼんやりとしていて、心ここにあらずだ。

 そんな状態だと危ないから攻撃が当たらないところに避難させ、打撃だとあの触腕に効果がないからサクヤに守って貰っている。

 だから斬撃武器の俺、やよい、ウォレスで戦ってるけど……このままだといずれやられる。

 するとウネウネと動いていた触腕が大きく振りかぶられ、やよいに向かって振り下ろされた。


「ーーきゃぁぁ!?」

「ーーやよい!?」


 振り下ろされた触腕はやよいに当たることはなかったけど、その衝撃でやよいが吹き飛ばされる。

 そこを狙うようにもう一本の触腕が倒れたやよいに振り下ろされようとしていた。

 避けられない。そう悟ったやよいが斧を盾にして目を閉じている。

 地面を蹴り、やよいを守ろうとした走り出した瞬間ーー身を凍らせる冷気・・が洞窟内に吹き荒れた。

 パキパキ、と音を立てて振りかぶられた触腕が凍り付いていく。そのまま氷と共に触腕が砕け、周りに氷の破片が舞い散った。


「ーーおい、こらぁ……誰の断りを得て俺のやよいたんを襲おうとしてんだ? アァ?」


 氷の破片が舞う中、一人の男が凍った地面を踏みながら歩いてくる。

 黒いローブを身に纏っているボサボサの黒髪をしたその男は、琥珀のように黄色い瞳で触腕に向かってギロリと鋭い視線を送っていた。


「あ、アスワド……?」


 目を丸くさせたやよいがその男ーーアスワドの名前を呟く。

 するとアスワドは険しい表情から一転して、頬を緩ませてデレッとした笑みを浮かべながらやよいに手を振っていた。


「やっと見つけたぜ、やよいたぁぁん! 会いたかったぜぇぇ!」

「お前、アスワド!? どうしてここに!?」


 ヤークト商業国で出会った盗賊集団<黒豹団>のリーダー、アスワド・ナミル。

 ヤークトから出た時に俺たちを……というより、やよいを追いかけてストーカーしていたアスワドを、俺たちはレンヴィランスに来る前に撒いたはずなのに、どうしてここにいるんだ?

 アスワドは俺を見て鼻で笑いながら答えた。


「やよいたんいるところ、アスワドありだ。当然だろ?」

「いや、意味分かんねぇよ」


 どんな理屈だよ。

 やよいのことになると頭がおかしくなるアスワドは放っておいて……他の仲間がいないのに疑問を持つ。


「なぁ、仲間はどうしたんだ?」


 気になってアスワドに訪ねてみると、アスワドは呆れたようにため息を吐いた。


「それがあいつら、迷子になったみてぇでな。まったく、いつもいつも迷子になりやがって……」


 多分だけど、迷子になったのはアスワドだな。

 あいつらも苦労してるんだなぁ、と同情していると触腕が襲いかかってきた。

 俺とアスワドは同時にバックステップして触腕を避ける。


「っとと、あぶねぇなぁ。<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ、今こそ手を取りかの者に凍獄の拷問を>ーー<アイシクル・メイデン!>」


 軽やかに避けながらアスワドは詠唱し、地面に手を置く。すると触腕に向かって地面が凍り付き、そこから生えた鋭い氷柱が触腕に突き刺さった。

 氷柱に突き刺さった触腕はビタンビタンと地面を叩きながら暴れ回り、刺さっている箇所から徐々に凍り付いていく。

 どうにか氷柱から抜け出した触腕だったけど……再生が遅いことに気づいた。


「……もしかして、魔法に弱いのか?」


 俺の予想だと、あの触腕は直接攻撃には強いけど魔法による攻撃には弱い気がする。現に氷属性魔法を喰らった触腕は動きが鈍くなり、再生速度がかなり遅くなっていた。

 俺たちの魔法は、自身の強化や相手の弱体化しか出来ない。だからこの触腕相手にはかなり厳しいけど……アスワドがいれば、どうにかなるかもしれない。


「おい、アスワド。手を貸してくれ」

「あぁ? どうして俺がてめぇの手伝いをしないとい

けねぇんだよ」


 アスワドに共闘を提案したけど、にべもなく断られた。まぁ、実際は俺とアスワドは敵同士だからな。断られるとは思っていた。

 どうするかな、と思っているとやよいがアスワドに近づく。


「お願い、アスワド。あたしたちと一緒に戦って?」


 上目遣いでアスワドに懇願するやよいに、アスワドは一瞬動きを止めた。

 そして、アスワドは着ていた黒いローブを掴み、思い切り引っ張りながらローブ……魔装のアクセサリー形態としての姿から、わずかに曲がった細身の片刃刀、シャムシールに展開させて構えた。


「やよいたんのお願いとあれば、断る理由はねぇなぁ!」


 やよいの一言でやる気になったアスワドが叫ぶ。

 チラッとやよいの方を見ると、やよいは自慢げに胸を張りながら親指を立ててドヤ顔していた。


「……まぁ、いいや」


 共闘してくれるなら、手段はどうでもいいか。

 俺はアスワドの隣に立ち、剣を構える。


「多分、あの触腕は魔法に弱い。だからアスワド、お前の魔法で凍らせてくれ。そしたら、俺たちが斬り落とす」

「チッ、仕方ねぇ。今回で貸し借りはなしだからな?」


 アスワドの言う貸し借りとは、ヤークトの時に自分の仲間を俺たちに助けられたことを言ってるんだろう。

 なんだかんだで義理堅い奴だな、こいつ。

 さて、本当なら敵同士の俺とアスワドで、触腕相手にどうなるか。


「ーー行くぞ」

「ーーハンッ、出遅れるなよ?」


 俺とアスワドは同時に走り出すと、対抗するように二本の触腕が襲いかかってくる。


「<フォルテ!>」

「<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ、今こそ手を取りかの者に凍獄の鉄槌を>ーー<アイス・ナックル>」


 走りながら俺は一撃強化の魔法を、アスワドは氷属性の魔法を使って右拳に冷気を纏っていく。

 そして、向かってくる触腕に向かって俺は剣を薙ぎ払い、もう一本の触腕にアスワドは右拳を突き出した。


「ーーハァァァァァッ!」

「ーードリャアァァッ!」


 俺は触腕を斬り落とし、アスワドは触腕を殴りつけて凍らせながら弾き飛ばした。


「<ソステヌート!>」


 俺とアスワドは合図なしでクロスするようにすれ違い、俺は魔法の効果を持続する魔法を唱え、アスワドはもう一度右拳をすくい上げるように振り上げる。

 一撃強化の効果を持続させたまま、俺は凍り付いている触腕に剣を振り下ろし、アスワドは斬り落とされた触腕に向かって右アッパーを喰らわせた。

 俺の一撃で凍っていた触腕が砕け散り、アスワドの一撃で切断面が凍り付く。

 即席のコンビネーションにしては、かなり上手くいったな。


「ーーやるじゃねぇか」

「ーー当然だろ」


 鼻で笑いながら褒めてくるアスワドに、口角を上げながら答える。

 すると、俺たちを見たやよいがため息を漏らしていた。


「……あんたたち、敵同士の癖に息が合いすぎでしょ」


 呆れるようなやよいの呟きを聞きながら、俺とアスワドは残り二本の触腕に向かって走り出した。

 

  


 

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