十四曲目『ケンタウロス族の集落』

 ケンタウロス族の集落は、円形に木を切り開いた広い場所の中央に見上げるほど高く、太い幹の木が生えている場所だった。

 大樹を中心に片方の胸を隠すように布を巻いたケンタウロス族や、広場を走り回るまだ小さな子供たち、それに女性もいた。

 上半身が女性で、下半身が馬のケンタウロス族は胸元に布を巻いただけで際どい格好をしている。

 真紅郎は女性のケンタウロス族に気付くと、興味深そうに口を開いた。


「ケンタウロスって男性だけかと思ったけど、女性もいるんだね」

「む? 知らぬのか? 我ら男はケンタウロス族だが、女は<セントール族>と呼ぶのだ」

「せんとーる?」

「セントールはケンタウロスの別名だよ。たしか、ラテン語だったかな? この世界では女性のケンタウロス族のことを指すようだね」


 ケンさんが言ったセントールという聞き慣れない単語に首を傾げると、真紅郎が説明してくれた。へぇ、勉強になるな。

 するとセントール族の一人が金色の長い髪をなびかせながら俺たちに近づき、声をかけてきた。


人族ヒューマン? どうしてこんなところに……」

「我が連れてきた。彼らは我らの命の恩人、助けられた恩を返したい。長を呼んでくれ」


 ケンさんが俺たちのことを説明すると、セントール族は頷いて長を呼びに向かう。さっきも思ったけど、セントール族の服装が目に毒だ。

 下半身は馬だけど、上半身は紛れもない女性の体。豊満な胸元を隠すには一枚の布じゃギリギリだった。

 出来るだけ見ないように注意していたけど、ふと俺の方をジロッと見つめているやよいの視線に気付く。


「……変態」


 ボソッと呟いた一言が俺に突き刺さる。仕方ないじゃん、と言い訳したらもっと酷いことになりそうだし、黙って俯く。

 やよいの視線に耐えていると、ズシンと地面を揺らす音が聞こえてきた。何事かと音がした方を見てみると、大樹の影から一人のケンタウロス族が姿を現した。


「……え?」


 思わず呆気に取られる。

 そのケンタウロス族は重い足音を響かせながらこちらにゆっくりと近づいてきている。近づくにつれて、顔が徐々に上がっていく。

 そして、一人のケンタウロス族が俺たちの前で立ち止まった。


「話は聞いている。お主たちが我が同族の命を救った恩人か」


 多分、この集落の長だろう。腹に響いてくるような低い声でその人は話しかけてきた。

 ウェーブのかかった白い髪に威厳のある立派な髭。皺が多いけど老いを感じさせない精悍な顔立ちに、今でも前線で戦えそうな筋骨隆々な上半身。黒い毛並みをした馬の下半身は四肢が太く、踏まれでもしたら一撃でぺしゃんこにされてしまうだろう。

 そして、一番目を引くのはその身長。ケンさんたちで全長百九十センチぐらいなのに、長は二メートル以上もあった。


「……でっか」


 長を見上げていたウォレスが呟く。口には出さないけど、他のみんなも同じ感想なのか目を丸くさせて驚いていた。

 驚いている俺たちを尻目に、長はゆっくりと動き出した。


「我が同族を助けたことーー感謝する」


 長は緩慢な動きで頭を下げ、右胸に拳を当てて俺たちにお礼を言ってきた。長に続いてケンさんたちも頭を下げ始める。


「ちょ、あ、頭を上げて下さい!」

「それは出来ん。恩人に礼を言うのは当然のこと。同族たちの命を救ってくれた礼になるかは分からぬが、今夜は集落で過ごすといい。我が集落一同、歓迎しよう」

「そんな、大したことはしてないですし……」

「謙遜するでない。我らケンタウロス族は受けた恩は必ず返すのが習わし。遠慮するな」


 エルフ族と同じようなことを言われてしまった。

 まぁ、ここで断るのも失礼だしな。


「分かりました。ありがとうございます」

「おかしなことを。礼を言うのは我らだ」


 長はニヤリと笑みを浮かべると、集落にいるケンタウロス族とセントール族たちに顔を向けた。


「ーー今夜は宴だ! 皆の者、ここにいる我が同族の恩人たちを歓迎しようではないか!」


 集落中に響き渡る長の呼びかけに、全員一斉に「おぉぉぉぉ!」と手を挙げて答える。

 そのまま長はそれぞれに指示を出し始めた。


「セントール族は食事の準備を! ケンタウロス族は追加で獲物を狩ってくるのだ!」


 長の指示に集落にいる住人たちがテキパキと動き出す。凄く統率がとれてるな。

 セントール族が広場の中心で火を起こしたり、調理器具の準備をしているのを見て、ふとケンさんに尋ねる。


「なぁケンさん。セントール族は狩りに行かないのか?」

「ケンタウロス族の仕事は狩りと戦闘。セントール族は集落で炊事と子供の世話をするのが仕事なのだ」

「へぇ、そうなんだ」


 ケンさんとそんなことを話していると、話を聞いていた長が眉毛をピクリと動かした。


「ケンさん?」

「あ、すいません。俺の仲間が勝手に名前を付けたんです」

「名を?」


 長は顎に手を当てて何か考え事を始めた。もしかして、ダメだったか?


「……名を付けたのは、誰だ?」

「あの、あたし……です」


 名付け親のやよいがおずおずと手を挙げる。すると長は「ふむ」と呟くと大声で笑い出した。


「はっはっは! そうか、お主が名付けを。そうかそうか!」

「えっと、ダメ?」

「そんなことはない! 感謝するぞ! 命を助けて貰ったばかりか、名前まで付けてくれるとは! はっはっは!」


 何か琴線に触れたのか大笑いする長。そして、一頻り笑うとニヤリと口角を上げる。


「して、他の者にも名を付けたのか?」

「うん。ケンさんと、こっちがタウさん。で、ロスさん」

「ふむ、よい名だ。ならば……」


 満足そうに頷いた長は三人に目を向けた。


「ケンさん、お主はこれから遊撃部隊の指揮を取れ。タウさん、お主は弓矢部隊の指揮。ロスさん、お主は後衛部隊の指揮だ」


 名付けられた三人は頭を下げて「ありがたき幸せ」と口を揃えて答える。どうやら名付けられた三人は重要な役職を与えられたようだ。

 長は笑みを浮かべたままやよいに話しかける。


「お主、名はなんと申す?」

「あたし? あたしはやよい!」

「ふむ、やよいか。よい名だ。他の者はなんと申す?」

「俺はタケルです」

「オレはウォレスだ!」

「ボクは真紅郎です」

「……サクヤ」

「きゅー!」

「あ、こっちはキュウちゃんです」


 それぞれが名乗り、ついでにキュウちゃんも紹介すると、長は何度か頷く。


「タケル、ウォレス、真紅郎、サクヤ、キュウちゃんだな。その名、我が心に刻んだ。生涯忘れることはないだろう。して、やよいよ……我にも名前を付けてはくれぬか?」


 え? マジで?

 まさかの名付けを頼む長に驚いた。や、やめた方がいいと思うんだけど……。

 頼まれたやよいは腕を組んで悩み、ふと真紅郎に相談する。


「真紅郎。ケンタウロスについて何か知ってることある?」

「え? そうだね……弓を持つケンタウロスのモチーフは知恵の象徴、ケイローンが由来ってこととかかな?」

「けいろーん? んー、じゃあケロさん!」


 あ、安直ぅぅぅ!?

 そんな簡単な名前で満足するはずが……。


「ふむ、ケロさんか! いい名だ! これから我はケロさんと名乗ることにしよう!」


 満足してるぅぅぅ!? いいのかよそれで!?

 いや、もう何も言わないで受け入れよう。長はこれからケロさんだな……。

 集落の長、ケロさんは自分に付けられた名を他の人たちにも伝え始めていた。

 これでいいのか? そんな疑問を抱きながら、俺たちはケンタウロス族たちに食事を振る舞われることになった。


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