十三曲目『名付け』

 ケンタウロス族たちは近づく俺を怪訝そうな顔で見つめていた。怒ってるよなぁ……とりあえず、謝っておこう。


「あの、すいま……」

人族ヒューマン、何故我らを助けた?」


 俺の言葉を遮って昨日出会ったケンタウロス族が問いかけてくる。怒鳴られるか、最悪攻撃されても仕方がないと思っていたのに、ちょっと拍子抜けしてしまった。

 ケンタウロス族は俺をジッと見つめ、答えを待っていた。何故助けた、か……単純なことだ。


「困ってる人を見過ごせないからだよ」

「見過ごせない……?」

「あぁ」


 俺が頷くとケンタウロス族は変なものを見るような目で見てくる。そんなにおかしなことを言ったつもりはないんだけどな。


「……たしかに我らだけではワーグを退けることは難しかっただろう。しかし、我らは助けを求めていなかった。領域に入るなとも言った。なのに、貴様は助けに入った。それは、何故だ?」


 そんなに疑問なのか、ケンタウロス族はまた助けに入った理由を聞いてきた。別に、大層な理由なんてない。ただ、単純にーー。


「助けたいから助けた。それだけだよ」


 それ以外に理由はなかった。

 俺がそう答えるとケンタウロス族たちは目を丸くし、数秒ほど止まっていた。そして、三人はチラッと目を合わせ、頷く。


「貴様のような男、我らは見たことがない」

「自らの利益のためではなく、ただ助けたいからという感情で他人を救おうとするその心。我らは敬意を表する」

「我らを助けたこと、感謝する」


 右拳を左胸に当て、頭を下げるケンタウロス族たち。怒られると思っていたのに、まさかお礼を言われるなんて驚きだ。


「そ、そんな、別にお礼なんて求めてないから! 頭上げて!」

「命の恩人に礼をするのは当然のこと」

「感謝してもし切れない恩義がある」

「是非、我らケンタウロス族の集落まで足を運んで頂きたい」


 態度が変わりすぎて戸惑ってしまう。

 断っても無理矢理集落まで連れて行かれそうだな。どうしたもんかな……。


「ん? ヘイ! タケルとやよいじゃねぇか!」


 悩んでいると川の反対側からウォレスが現れ、声をかけてきた。ウォレスに続いて真紅郎とサクヤも顔を出す。


「すげぇ音がしたから気になって来てみたら、お前らだったのか……って、おい! そこにいるのってもしかして、ケンタウロスか!?」


 すげぇ音って、やよいが地面に斧を振り下ろした時のか。

 ウォレスは話の途中でケンタウロス族に気付き、目を輝かせていた。テンションが上がっているウォレスは川を渡ろうとしていたから、すぐに声をかける。


「ちょ、待てウォレス! こっから先は入っちゃいけないんだ!」

「おいおい、なんでだよ! ずりぃぞユーサック!」

「こっからはケンタウロス族の領域だから、部外者は入っちゃダメ!」

「じゃあどうしてお前らは入ってんだよ!」


 俺とやよいでどうにか止めると、ウォレスはブーブーと不満げに川の前でふてくされていた。俺たちは許されてるけど、ウォレスたちはまだケンタウロス族に認められてないからなぁ。

 するとケンタウロス族の一人が口を開く。


「貴様らの仲間か? ならば入ることを許そう」

「え? いいのか?」

「構わん。命の恩人の仲間だ、我らに仇なすことはしないだろう」

「ウォレス、いいってよ!」

「マジで! ひゃっほぉ!」


 ケンタウロス族の許可も得られ、やよいがオッケーを出すとウォレスは奇声を発しながら川に飛び込んだ。そんな勢いよく飛び込まなくても……。

 ウォレスに続いて真紅郎、サクヤもケンタウロス族の領域に入る。


「うわぁ、凄いね。ケンタウロスもいるんだ、この世界」

「かっけぇ! 強そう! ファンタジー最高! フゥゥゥウ!」

「……でか」


 真紅郎はマジマジと見つめ、ウォレスはテンションが振り切り、サクヤは見上げながら呟く。みんな初めてのケンタウロス族に感動している様子だった。

 

「それでは人族ヒューマンたちよ。我らの集落まで来てくれ」

「本当にいいのか?」

「無論だ。是非、来てくれ」

「いいじゃん、タケル。せっかくだし、お邪魔しようよ」


 やよいは集落に行く気満々みたいだ。まぁ、ここで断るのもなんだし、お言葉に甘えようか。


「分かった。じゃあ、案内してくれ」

「では案内しよう。ついてこい」


 ケンタウロス族は蹄を鳴らして森に入り、そのあとを俺たちは追いかける。

 森の中はエルフ族の領域の森と少し違い、ケンタウロス族が通りやすいようにある程度の広さがある道があった。と言っても、獣道には変わりないけど。


「エルフだけじゃなくてケンタウロスにも出会えるなんて思ってもなかったね」

「あぁ! あとはドワーフとか、ホビットにも会いてぇな!」

「……ご飯」


 歩きながら真紅郎とウォレスは、まだ見ぬファンタジーっぽい種族に期待していた。それとサクヤ、ご飯はもう少し待ちなさい。

 子供のようにはしゃいでいる真紅郎たちに苦笑していると、やよいがケンタウロス族に声をかけた。


「ねぇ! そう言えばあなたたちのこと、なんて呼べばいいの?」

「我らのことか? ケンタウロス族と呼べ」

「そうじゃなくて、名前! 名前はなんて言うの?」


 やよいがそう聞くと、ケンタウロス族は首を傾げた。


「名前、とはなんだ?」

「え? 名前は、名前だけど……えっと、個人の呼ばれ方!」

「我らはケンタウロス族。それ以外に呼ばれないし、呼ぶこともない」

「てことは、名前がないんだ?」


 むぅ、と考え込むやよい。そして、何か思いついたのかポンッと手を叩いた。


「じゃあ、あたしが名前をつける!」

「え!? や、やよいが名付けるのか?」

「……何? ダメ?」


 ダメ、というか……。

 思わず俺と真紅郎、ウォレスは目を合わせる。


「その、ぼ、ボクはいいんじゃないかな?」

「……お、サクヤ。あれ、食えるんじゃないのか?」

「……食べる」


 真紅郎は目を反らし、ウォレスはその話題から逃げてサクヤと話し始めていた。こいつら、逃げやがった。

 やよいはジッと俺を見つめている。ち、ちくしょう。


「だ、ダメじゃないさ。ケンタウロス族がいいって言うなら、いいんじゃないか?」

「だよね! ねぇ! 名前をつけてもいい?」

「……よく分からんが、いいぞ」

「やった! えっとねぇ……」


 よく分かってないケンタウロス族は、名付けを許してしまっていた。

 やよいは嬉しそうに考え、そしてーー名前を決めた。


「あなたはケンさん! そしてあなたはタウさんで、あなたはロスさん!」


 ケンさん、タウさん、ロスさん……。

 なんだ、この安直な名前は。この森に入ってからやよいのネーミングセンスが爆発していた。

 名付けられたケンさん……昨日出会ったケンタウロス族は自分につけられた名前を何度が呟き、頷いた。


「ケンさん。そうか、我の名はケンさん。うむ、気に入った」

「我はタウさんだな」

「我はロスさん……いいではないか」


 いいのかよ!?

 満足げにしているケンタウロス族……ケンさんはやよいに頭を下げてた。


「感謝する。命を助けて貰っただけでなく、名前までつけて貰えた」

「この名を大事にしていく」

「我らの同士にも自慢しようではないか」


 か、感謝までしてる、マジかよ。

 やよいは得意げに胸を張り、どうだと言わんばかりに俺を見てきた。


「……まぁ、当人が納得してるならいいか」


 どうにも納得がいかずにため息を吐くと、やよいの頭から俺に移動したキュウちゃんが慰めるように尻尾で肩を叩いてくる。

 そうこうしていると、ケンさんが俺たちの方に振り返った。


「着いたぞ。ここが、我らケンタウロス族の集落だ」


 俺たちが連れてこられた集落は、中央に見上げるほど高い大樹が生えたところだった。

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